【2824】境界性パーソナリティ障害という診断は患者にデメリットが多すぎるのではないでしょうか

Q: 私は20代女性です。境界性パーソナリティ障害(境界性人格障害)という語はこの20年間で日本での認知が広まったと思います。しかし境界性パーソナリティ障害について流布されている情報は、主に虚言や操作をするなど他人に害をなすというものであり、一生治らず、患者に関わらないほうが良いとか、差別的なイメージや言説が大半ではないでしょうか。特にインターネット上で広まっている言説はそうであるように思います。

最近、双極性Ⅱ型という診断が流行っているということを何度か耳にしました。

こちらでも、以前境界性パーソナリティ障害と診断された方が双極性Ⅱ型に診断が変わったという例があったと思います。

ある患者が、気分の浮き沈みがあり、解離があり、過去に虐待経験があり、しかし虚言はしていない、金銭的な大きなやりとりも他人としていない、というとき、境界性パーソナリティ障害と双極性Ⅱ型にもあてはまる場合があると思います。
そのようなとき、境界性パーソナリティ障害と診断名がつくことは、患者にとって痛手になるのではないでしょうか?

もちろん苦痛を与えるのは境界性パーソナリティ障害の診断ではなく、境界性パーソナリティ障害への(人に迷惑をかけるという)偏見です。
しかし実益を考えた場合、そのような偏見にさらすことは、患者のメンタルヘルスに対してマイナスなのではないでしょうか。

私が特に憂慮するのは、虐待サバイバー女性で、境界性パーソナリティ障害と診断されたときのことです。
その女性に虚言癖が無くとも、実際に絶対にあった虐待の経験を語ることも、境界性パーソナリティ障害の診断のために、虚言扱いされやすくなると思います。
境界性パーソナリティ障害の女性へは特殊な偏見があり、社会的に迷惑な「悪女」のようなイメージがあると個人的に思います。
自分には責任が無く、虐待を受けた被害者であるのに、「悪女」扱いをされ、二次的被害(セカンドレイプ)を被りやすいのではないでしょうか。

双極性障害へも偏見がありますが、今現在の20代30代にとっての境界性パーソナリティ障害への偏見ほどではないように私個人は考えます。

また、精神科の医師によっても、診断名にこだわらず、治療方針が同じであるならば良いという立場もある、と本で読んだことがあります。
そうであれば、境界性パーソナリティ障害という偏見の強い診断名をつけることは避け、双極Ⅱ型障害という診断名をつけたほうが、患者本人にとってはるかにメリットになるのではないでしょうか。

境界性パーソナリティ障害の診断をすることのデメリット、境界性パーソナリティ障害と双極性Ⅱ型の重なりがあるかなどについて林先生のご意見をお聞かせ頂ければ幸いです。

林:
しかし境界性パーソナリティ障害について流布されている情報は、主に虚言や操作をするなど他人に害をなすというものであり、一生治らず、患者に関わらないほうが良いとか、差別的なイメージや言説が大半ではないでしょうか。

大半かどうかはともかく、そのような情報も多いことは事実でしょう。

最近、双極性Ⅱ型という診断が流行っているということを何度か耳にしました。
こちらでも、以前境界性パーソナリティ障害と診断された方が双極性Ⅱ型に診断が変わったという例があったと思います。

【2707】私は境界性パーソナリティ障害ではなく、双極Ⅱ型障害だったのでしょうかを指しておられるのだと思います。このようなケースは精神科Q&Aに限らず、現代の精神科で少なからずあります。
但し、【2824】の質問者の記述にもあるとおり、「最近、双極性Ⅱ型という診断が流行っている」とも言えますので、境界性パーソナリティ障害の人が双極性Ⅱ型障害と(誤って)診断されているケースも相当な数にのぼっていると思われます。

ある患者が、気分の浮き沈みがあり、解離があり、過去に虐待経験があり、しかし虚言はしていない、金銭的な大きなやりとりも他人としていない、というとき、境界性パーソナリティ障害と双極性Ⅱ型にもあてはまる場合があると思います。

それは【2824】の質問者の一面的な判断にすぎません。「境界性パーソナリティ障害と双極性Ⅱ型にもあてはまる」とは、「境界性パーソナリティ障害と双極性Ⅱ型にもあてはまるように見える」ということにすぎず、「あてはまる」と「あてはまるように見える」ことは全く別です。
とは言え、境界性パーソナリティ障害と双極性Ⅱ型の区別が難しいことが時にあることは事実です。(つまり、「境界性パーソナリティ障害にも双極性Ⅱ型にもあてはまるように見える」ことは時にあります)

そのようなとき、境界性パーソナリティ障害と診断名がつくことは、患者にとって痛手になるのではないでしょうか?

なる場合もあると思います。

もちろん苦痛を与えるのは境界性パーソナリティ障害の診断ではなく、境界性パーソナリティ障害への(人に迷惑をかけるという)偏見です。

その通りです。

しかし実益を考えた場合、そのような偏見にさらすことは、患者のメンタルヘルスに対してマイナスなのではないでしょうか。

そういう場合もあります。

私が特に憂慮するのは、虐待サバイバー女性で、境界性パーソナリティ障害と診断されたときのことです。
その女性に虚言癖が無くとも、実際に絶対にあった虐待の経験を語ることも、境界性パーソナリティ障害の診断のために、虚言扱いされやすくなると思います。
境界性パーソナリティ障害の女性へは特殊な偏見があり、社会的に迷惑な「悪女」のようなイメージがあると個人的に思います。

そういう偏見を持っている人もいます。

自分には責任が無く、虐待を受けた被害者であるのに、「悪女」扱いをされ、二次的被害(セカンドレイプ)を被りやすいのではないでしょうか。

それはわかりません。

双極性障害へも偏見がありますが、今現在の20代30代にとっての境界性パーソナリティ障害への偏見ほどではないように私個人は考えます。

おそらくそのお考えは正しいでしょう。

また、精神科の医師によっても、診断名にこだわらず、治療方針が同じであるならば良いという立場もある、と本で読んだことがあります。
そうであれば、境界性パーソナリティ障害という偏見の強い診断名をつけることは避け、双極Ⅱ型障害という診断名をつけたほうが、患者本人にとってはるかにメリットになるのではないでしょうか。

さて、ここからは難しいところです。
質問者のこの指摘について考察するためには、診断とは何のためにつけるのか ということを考えなければなりません。
あくまでも本人のため、と考えるのであれば、偏見のおそれがある病名をつけることは避けるべきでしょう。

境界性パーソナリティ障害の診断をすることのデメリットについて林先生のご意見をお聞かせ頂ければ幸いです。

デメリットがあることは事実です。したがって、診断をつけるのは「あくまでも本人のため」という立場を取るのであれば、
境界性パーソナリティ障害と双極性Ⅱ型の区別が難しいケース
については、
双極性Ⅱ型
と診断をつけるべきだということになるでしょう。それがこの【2824】の質問者の意見であると思われます。

しかし境界性パーソナリティ障害に限らず、いかなる診断名も、本人のデメリットになり得るものです。
この【2824】の質問者は、明言することを慎重に避けて文章を書いておられますが、主張としては

(1) 境界性パーソナリティ障害は偏見が大きい診断名である。
(2) 双極Ⅱ型障害は偏見が小さい診断名である。
(3) ある一人の患者に、境界性パーソナリティ障害と双極Ⅱ型障害の、両方の診断名がつく場合がある。
(4) 偏見が大きい診断名はつけるべきでない。
(5) したがって、境界性パーソナリティ障害という診断名をつけることは極力避けて、双極Ⅱ型障害という診断名をつけるべきである。

ということになるでしょう。

私はこの意見には賛成できません。

賛成できない理由は、上記(1)〜(5)のような考えに基づいて診断名をつけることは、近い将来、診断についての大混乱を招く火種になるからです。

その実例が擬態うつ病です。
擬態うつ病の中のひとつのタイプといったほうが正確でしょう。
擬態うつ病は、本当はうつ病でないのに、うつ病と称されているものを指します。
擬態うつ病の一つのタイプは、本当は病気ではないのに、うつ病という診断がつくことによる何らかのメリットを得ようとするケースがあります。【2218】夫は新型うつ病にあてはまりますが甘えに見えてなりません‏、

【1749】夫はうつ病と診断されていますが,ほんとうにそうなのか疑問に思うところもあります【1460】何かといえばうつ病をタテにとる社員は擬態うつ病でしょうかなどがこのタイプです。
擬態というのはもともと自然界に自然発生したものですが、上記のような擬態は、「目立つための擬態」で、生物学では「標識的擬態」と呼ばれています。

もう一つのタイプは、「目立たないための擬態」です。代表は保護色です。たとえば草原の緑のバッタです。たとえば雪山の白いライチョウです。生物学では「隠蔽的擬態」と呼ばれています。
【2824】の質問者の意見である、「境界性パーソナリティ障害と双極性Ⅱ型の区別が難しいケースについては、本人のメリットのため、双極性Ⅱ型と診断をつけるべきである」は、隠蔽的擬態を助長するものです。このような診断姿勢は、非常に短期的には本人のメリットになっても(つまり、【2824】の質問者のご指摘のように、偏見を避けることができても)、結果的には正しい診断が下されない人の数が膨大になり、それは適切な治療がなされない人の数が膨大になることにほかなりません(たとえば、境界性パーソナリティ障害の人に、双極性Ⅱ型障害の治療薬が投与され続けることになるでしょう。それによる境界性パーソナリティ障害の人が受けるデメリットははかり知れません)。

とは言うものの、擬態うつ病/新型うつ病(2011年初版)に、私は次のように書いています。(p.157-p.158)

隠蔽的擬態にあたる擬態うつ病は、次のようなものです。
適応障害の一部・境界性パーソナリティ障害・統合失調症
これらは、いまだに偏見が消えていない病名です。けれども、うつ病という病名にしておけば、うつ病という病名が保護色の役割をはたして、偏見の目を避けることができます。残念なことではありますが、偏見が存在する現状では、仕方ない面もあるといえるでしょう。

隠蔽的擬態を容認する形の診断には、私は賛成しません。けれども、「偏見が存在する現状では、仕方ない面もある」、これが現実というものです。「賛成か反対か」の二者択一を求められれば、私は「反対」と答えますが、いま現に生活している人々とともにある現実は、そう単純にはいかないものです。

(2014.11.5.)

05. 11月 2014 by Hayashi
カテゴリー: パーソナリティ障害, 境界性人格障害, 擬態うつ病, 精神科Q&A, 躁うつ病