【4227】自分が弟を憎悪する理由がわからない

Q: 大学院に通う24歳女性です。
こちらのサイトを少し前に知り、興味深く拝見しております。
色々な方の色々な投稿を読んでいて、自分にも気になることがあり、今回投稿させて頂きました。
私には4つ下の大学生の弟がおります。気になっているのはその弟との関係性?についてです。弟が生まれる直前(自分が4歳くらいの頃)、母が入院していてとても寂しかった記憶や、弟が生まれてまだお喋りもできない頃、弟のことをとても可愛がって抱っこしていた記憶などはあるのですが、その後何年間か、弟に関する記憶がありません。厳密には、弟がいたこと自体は覚えている(というか、記憶の中の景色としては存在している)のですが、感情的な記憶が一切ないというか、一緒に遊んだとか、喧嘩したとか、兄弟らしい?思い出の記憶が全くありません。それから思い出せるのは、私が小学5年で弟が小学1年になり、集団登校で一緒に列を作って登校するようになった頃からです。その頃には、それ以前の記憶がないの理由が分からないのですが、私は弟を死ぬ程憎むようになっていました。とにかく嫌いで、消えて欲しい、同じ家にいる事が耐えられない、そんな感情を常に持っていたことは今でも鮮明に覚えています。弟と話すのも絶対に嫌で、おはようとか、そういった挨拶もしませんでした。同じ小学校に通っていたので、学校ですれ違うこともありましたが、当たり前のように無視していました。さすがに、そんな私の態度を奇妙に思ったのか両親から何度か、もっと仲良くしなさいとか、挨拶くらいしなさいとか、注意されたのも覚えています。

私のいとこが、姉の方が私の1つ下、弟の方が私の3つ下という近い年齢の姉弟で、家も近所だったため、よく4人で遊んでいたのですが、こちらのいとこは私たち兄弟とは対照的にとても兄弟らしく喧嘩もよくするし、仲良しでした。私の親もそんな様子を見て、どうしてあなたたち(私と弟)はああいう風にできないの?などと嘆かれたこともあります。

それからしばらくはそのような状態が続き、両親もどこか慣れてしまったというか、うちの兄弟はこういう冷めた感じなのが当たり前、という感じで特に何か言われることはなくなりました。そして私が大学進学と同時に実家を離れ上京したくらいから、常に同じ家にいる訳ではないというような状況になってから、そういった弟に対する激しい感情も薄れていき、今では弟に対して何も思いません。ただ、思春期?をそのように過ごしたせいなのか、どうしても弟を弟として認識できないというか、家族、という風に思えていない感じがして、何となく気味が悪いのです。例えば、なにか不慮の事故などで明日弟が死んでしまったとしても、悲しいとか辛いとか、思えない気がします。それが両親だったら、とても耐えられそうにありませんが。

私にとってなにかショッキングな出来事があって、それが原因で弟を憎むこととなり、そのショッキングな出来事は記憶から抜けてしまったということはあり得ますでしょうか? それとも単に私が人格的におかしい人間なのでしょうか?(サイコパスなど?) ちなみに、幼少期の自分について少し特異だった点を挙げると、音に対してとにかく敏感で、テレビや風の音にも耐えられず、外出がとても困難な子供だったそうです。それについては自分でもぼんやりと覚えています。あとはお恥ずかしい話ですが、自分の履いたパンツの臭いを嗅ぐのが癖だったり、自慰行為を小学1年生くらいからしていた記憶があります。人見知りもひどく、小中高それぞれで友達と言える人は居ましたがその学校を卒業するごとに関係が薄れ、ずっと関わり続けている人はほぼいません。
あともう1点気になるのは弟に関してなのですが、実の姉からこのような言わば精神的苦痛を与えられて、それが今後の人間関係の形成や、弟が家族を持った時などに影響する可能性はありますか? 弟は友達は多い方です。与えてしまった本人がこのような質問をするのも馬鹿馬鹿しいかもしれませんが、当時本当に何故あんなに憎んでいたのか理由がわからず、どこか他人事と捉えているところがあるのです。

まとまりのない文章でお目汚し失礼致しました。先生から見て、私の過去に関して特に異常性を感じないようでしたらそれでいいのですが。

 

林:
弟が生まれる直前(自分が4歳くらいの頃)、母が入院していてとても寂しかった記憶や、弟が生まれてまだお喋りもできない頃、弟のことをとても可愛がって抱っこしていた記憶などはあるのですが、その後何年間か、弟に関する記憶がありません。

この記憶障害のパターンから最も考えられるのは解離性健忘です。

厳密には、弟がいたこと自体は覚えている(というか、記憶の中の景色としては存在している)のですが、感情的な記憶が一切ないというか、一緒に遊んだとか、喧嘩したとか、兄弟らしい?思い出の記憶が全くありません。

このように、「事実については覚えているが、感情的な記憶がない」というパターンは、解離性健忘以外にはまずありえません。【1925】昔の記憶は「心の中の写真」としか説明できません。その中には「義父と私が裸」写真もあります【1908】継父からの性的虐待が今の私の精神状態に大きく影響しているのでしょうか などにも類似の記載がありますのでご参照ください。
上の「その後何年間か、弟に関する記憶がありません」という情報の段階では「最も考えられるのは解離性健忘」とまでしか言えませんが、この情報が加わることで、解離性健忘の診断がほぼ確定します。

解離性健忘とは、ひとことで言えば、「思い出すことが耐え難いために、意識の底に封印されてしまった」というメカニズムによって生ずるものです。したがって最も典型的には、その耐え難い出来事が起きた期間の記憶が完全に失われる(消滅するのではなく、封印されて思い出せなくなっているというほうが正しいでしょう)というものですが(たとえば【1948】7年前に父から受けた虐待の記憶がよみがえった【1945】カウンセリングの過程で、幼い日の記憶が蘇った【3209】幼いころに父から虐待された記憶が蘇ったようですなど)、曖昧な記憶ならあるというものや(たとえば【1924】子ども時代の記憶が曖昧です。父に暴力を受けていたらしいのですが。【1926】母からの暴行、義父からの性的虐待、どちらも記憶が曖昧)、出来事自体は記憶にあるがその出来事についての感情の記憶がなく他人事のようであるというものや(上の【1925】、【1908】など)、出来事についての記憶はあるがその中の特定の人物だけが消えているというもの(たとえば【1938】彼の存在だけが記憶から消えた【1937】一人の人間の存在だけが記憶にない。このパターンは非常に珍しいです)もあります。

それから思い出せるのは、私が小学5年で弟が小学1年になり、集団登校で一緒に列を作って登校するようになった頃からです。その頃には、それ以前の記憶がないの理由が分からないのですが、私は弟を死ぬ程憎むようになっていました。

一定期間の記憶がない。その期間の後に、ある人物への強い憎悪が生まれた。このような場合にほぼ確実に言えるのは、質問者が推定されているように、

私にとってなにかショッキングな出来事があって、それが原因で弟を憎むこととなり、そのショッキングな出来事は記憶から抜けてしまったということはあり得ますでしょうか?

ということです。この質問への回答の形を取るとすれば、「十分にあり得ます」になりますが、むしろ「それ以外に考えられません」といった方が正しいでしょう。

このような場合に原因となったショッキングな出来事は、虐待(性的虐待を含む)であることが典型的です。しかしこの【4227】では、当時の弟さんは5歳以下ですので、質問者が弟さんから虐待を受けたとはまず考えられません。すると、「何かショッキングな出来事があったと考えられるが、その出来事が具体的に何であったかはわからない」とするのが正しいと思われますが、あえて推定を進めるとすれば、

(1) 弟さんに対する嫉妬を強化する出来事があった。
ここでいう嫉妬とは、親からの愛をめぐる嫉妬です。兄弟間には多かれ少なかれそうした嫉妬があるのが普通で、この嫉妬を指すカインコンプレックスという心理学用語もあります。

(2) 弟さんに関連して、親から虐待を受けていた。
「虐待を受けていた可能性」を解離性健忘の原因として重視し、このケースにそれを適用すれば、虐待者は親以外に考えにくく、弟さんへの憎悪と結びつけるとすれば、この(2)のような推定が成り立ちます。しかしこじつけ的な感が免れません。

(3) 質問者が弟を虐待していた。
これはやや推定のし過ぎの感があるものの、可能性としては挙げる必要があるでしょう。その虐待は(1)の嫉妬に基づくもので、しかし本人(姉である質問者)としては、自分がそのような行為をしたと認めることが耐えられず、記憶が封印されたという解釈です。
質問者は、弟さんを激しく嫌っている一方で、

実の姉からこのような言わば精神的苦痛を与えられて、それが今後の人間関係の形成や、弟が家族を持った時などに影響する可能性はありますか? 

という心配をされているのは、無意識のレベルに罪悪感が存在するという解釈も可能です。しかしこれは可能性として指摘できるということにすぎず、推定のし過ぎというべきでしょう。

(1)(2)(3)のいずれが原因だとしても、あるいはそれ以外の原因だとしても、「虐待者でない人物に対する憎悪が、解離性健忘期間の後に発生している」というこの【4227】は、解離性健忘としては非典型的です。すると、通常の解離性健忘とは異なる何か特殊な事情があったのではないかと考えられますが、メールの記載の中からそれを探るとすれば、「音に対してとにかく敏感で、テレビや風の音にも耐えられず、外出がとても困難な子供だった」など、質問者には発達障害の傾向があることが浮上します。しかし仮に質問者が発達障害ないしその傾向を持っているとして、そのこととこの解離性健忘の発生の間にはなおギャップがあり、両者の関係については「何かありそう」という推定の域を出ません。

(2021.2.5.)

05. 2月 2021 by Hayashi
カテゴリー: 発達障害, 精神科Q&A, 解離性障害