精神科Q&A

【1908】継父からの性的虐待が今の私の精神状態に大きく影響しているのでしょうか。


Q: 45歳の主婦です。うつ病と診断されており、経過と症状は次の通りです。
1.1年前に結婚。同時に20年間勤務した会社を退職し、地方都市に転居。 
2.退職前の春頃から体が普段より重く感じ始め、仕事の効率が低下。引き継ぎや引越準備の疲れと感じていた。
3.転居後も疲労が取れず、家事は完璧にこなすものの、一人での外出が億劫になり、時間があれば横になる生活が続く。好きな読書や音楽に関わる気力が失せ、無能な人間になったと感じる。夫や夫の実家(近所)とは円満に生活。 
4.8ヶ月前から求職活動を開始。が、折からの不況でなかなか職に就けず、職安に頻繁に通ったり、再就職セミナーに参加したりと努力するものの、次第に履歴書の作成が困難になる。自分を怠け者だと感じ、自責の念が深まる。 
5.4ヶ月前、夫が過去に撮影した複数の女性のヌード写真を発見。夫は元カメラマン(現在は会社員、写真はライフワークとして継続中)。撮影は私と知り合う前のもので、被写体は恋人ではなく友人。性的要素のあるものでなく、夫は単に作品として撮影し、それを残して置いただけだと言う。このことを頭では理解するものの、私自身、いつになく激しい拒否反応を示し、夫を責めてしまう。話し合いの末、夫は過去の作品に格別の未練があるわけではないから、と写真を廃棄。被写体の女性たちとも現在は疎遠ということで、私も忘れようとした。(被写体の女性たちと恋愛関係になかったことは、事実だと確認済。)
6.この頃から、その写真を頻繁に、何をしている時にも思いだしては苦しい気持ちになり、彼女たちに関連する些細な出来事からも目を背けたり、心臓が苦しくなったりする。が、夫の愛情を疑ったことはないし、夫への愛情も変わらず。過去のこととして納得しようと努力するも、不眠状態になる。
7.3ヶ月前、思い出しては苦しむ気持ちが止まず、その度に夫に申し訳ない気持ちが深まる。一方で求職活動がますます精神的に辛いものとなり、以前からの倦怠感も増大。日中起きているのが困難になり、過眠傾向になる。家事だけは、気力を振り絞って通常通りにこなす。ふとした折りに涙が止まらなくなり、幸せなはずなのに自分だけがおかしいと悩む。しかし、夫や夫の家族の前ではいつも通り、明るくふるまっていた。 
8.そしてまもなく、夫と相談の上、精神科を受診。昨年からの倦怠感や何もしたくない気持ち、自責の念と無能感が深く、消えてしまいたいと思うようになる。医師からはうつ病と強迫神経症と診断される。治るまで就労はせず、休養を取るよう指示される。処方は、ルボックス50mg/1day、レキソタン2mg×3/1day、就寝時の頓服としてマイスリー10mg。写真の件は、口にすると震えが起き、涙が出るので書面で医師に伝える。 
9.1ヶ月前、ルボックスにより写真への思い出しは激減するも、就労していないことへの焦りが顕著に強まり、処方がジェイゾロフト50mg/1dayに変更される(今後、必要に応じて段階的に増量も検討とのこと)。焦燥感と過眠傾向がやや落ち着くも、家事は以前より疎かになる。この頃から「働かざる者食うべからず」と思い、食欲もないことから、食事が最低限のものとなる。外出困難、疲労感、自責の念、無能感はそのまま。物忘れも激しい。写真関連のことに触れると、まだ若干動揺する。数日前、ふとホームから電車に飛び込みたい衝動にかられて怖くなる。 長々書きましたが、これが現在までの経緯です。 

今回質問したかったのは、私が本当にうつ病なのかどうかです。 最近、なぜ夫の写真にあれほど過敏に反応したのか、その一端がわかったように思えたのです。私は継父に幼少期から成人と同時に家を出るまで、ずっと性的虐待を受けていました。行為や状況は明確に覚えていますが、感情が伴わず、今ではまるで他人事のようです。夫の写真について、写真そのものより「密室」でヌード撮影「行為」が行われたことに、より怒りを感じていたように思います。それは、まさに継父との間に起こった「密室での行為」を連想させるものだったからでは、と思えてなりません。夫の過去の恋愛関係については、あまり気にならないからです。 子供の頃、私は継父と「仲がよい」のだと思いこんでいました。しかし継父は私を巧みに利用していたのです。それに気づいた時の絶望感と嫌悪感はとても強いものでした。亡き母も、知っていながら私を責めました。継父をとは、自らの意思で10年前から縁を切っています。

このことに思い至り、私は就労しないことで、継父の代わりに夫を罰して苦しめているのでは、と不安になっています。もしそうなら、夫に対して本当に申し訳ないことをしていることになります。忙しい仕事を真面目にこなしながらも、私の病気を理解し、温かく見守ってくれている夫に対し、私はなんて最低の人間だろうと感じます。夫は甘やかすばかりでなく、私が自責の言葉を口にすると「治療に障るよ」とたしなめてくれるような人です。一刻も早く就労して、そんな夫と安定した家庭を築かなくては、とも思います。また、夫の母もうつ病を理解し、普段と変わらず優しく接してくれています。そうされるたびに、夫の母にも申し訳なく感じます。 私はうつ病なのでしょうか。うつ病を受け入れられずに、こんな風に関連づけてしまうのでしょうか。それとも夫を振り回す、境界例などの人格障害なのでしょうか。もしもうつ病でないなら、今後どのように治療したらよいのでしょうか。 これまで友人・知人とは長く良好な関係を保って来ましたし、夫の家族にも実の娘や姉妹のように仲良くしていただいております。人を振り回したり試したりするようなことは、自覚する限りではして来なかったつもりです。夫婦関係も、全く良好です。 うつ病のことは夫と夫の母にしか話せません。他の人に心配をかけたくないのです。トラウマのことも、夫と、ごく親しい友人2名にしか話していません。以前から、自分のことは自分で解決するのが当然と思い、辛いことや困っていることも、自分で処理してきました。人に迷惑をかけることが、私には一番辛いことです。どんな精神状態にあっても、人には明るく接してしまいます。 少しでも詳しくお伝えしたく、長文となったことをお許し下さい。また、思考がうまくまとまらず、読み難い部分もあろうかと存じます。ご回答いただけましたら幸いです。


林: 幼少時の虐待体験と、大人になってからの精神的問題に関連があるかどうか、それは【1907】の回答の最後にもお書きしたとおり、慎重な判断を必要とします。とはいえ、関連が強く推定されるケースがかなりあることは事実で、極論する人は、パーソナリティ障害(特に境界性パーソナリティ障害など)は、すべて虐待の後遺症だと主張しています。

この【1908】では

私は継父に幼少期から成人と同時に家を出るまで、ずっと性的虐待を受けていました。

という過去があり、そのことと、45歳の現在、写真家である夫の撮ったヌード写真への強烈な嫌悪感を

夫の写真について、写真そのものより「密室」でヌード撮影「行為」が行われたことに、より怒りを感じていたように思います。それは、まさに継父との間に起こった「密室での行為」を連想させるものだったからでは、と思えてなりません。

と結びつけて理解しようとしておられます。確かにそのように理解すると納得できる面が少なくありません。
虐待と、大人になってからの精神状態を結びつけることについては、【1907】の回答で触れたこと以外にもたくさんの問題があります。それについては【1909】以下に順次説明していきます。この【1908】のケース、いかにも虐待と現在の状態に因果関係がありそうですが、厳密にはあるかどうかはわかりません。納得しやすい因果関係が常に正しいとは限らないからです。いかにも納得しにくい因果関係が、実は正しいということもしばしばあります。そもそも、「納得しやすさ」と「真の因果関係」には、何の関連性もないというべきでしょう。
という問題があることを承知のうえで、そして途中の考察を飛ばしてここでは結論を言いますと、この【1908】では、性的虐待とヌード写真嫌悪に因果関係ありと理解することが、回復の第一歩になると思います。【1908】の質問者にはこのことをお伝えしたいと思います。ですから、

私は就労しないことで、継父の代わりに夫を罰して苦しめているのでは、と不安になっています。もしそうなら、夫に対して本当に申し訳ないことをしていることになります。忙しい仕事を真面目にこなしながらも、私の病気を理解し、温かく見守ってくれている夫に対し、私はなんて最低の人間だろうと感じます。

そのようにお考えになる必要はありません。幼少時に大人から性的虐待を受けるケースでは、責められるべきなのは100%その大人のほうであって、幼少であった被虐待者には何の責任もありません。

子供の頃、私は継父と「仲がよい」のだと思いこんでいました。

最初はこのように思っていたというケースは、幼少時の性的虐待ではしばしばあることです。その行為の意味を理解できる年齢になる前に虐待を受けているからです。

しかし継父は私を巧みに利用していたのです。

その通りです。そしてこれもまた、幼少者に対する性的虐待ではしばしばあることです。

それに気づいた時の絶望感と嫌悪感はとても強いものでした。

お察しいたします。【1901】にも同様の色彩があります。

しかし、過去は変えられません。が、未来は変えられます。そのためには、現在の問題、すなわち、写真家である夫の撮ったヌード写真への強い拒否感と、それに伴う負の感情が、自分の力ではどうすることもできなかった過去に原因があることを理解することが第一歩です。

なお、

今回質問したかったのは、私が本当にうつ病なのかどうかです。

【1905】と同様と考えれば、うつ病ではないということになりますが、この【1908】は、むしろうつ病の可能性のほうが高いと思います。その根拠の一つは、症状の始まり方です。すなわち、

2.退職前の春頃から体が普段より重く感じ始め、仕事の効率が低下。引き継ぎや引越準備の疲れと感じていた。
3.転居後も疲労が取れず、家事は完璧にこなすものの、一人での外出が億劫になり、時間があれば横になる生活が続く。好きな読書や音楽に関わる気力が失せ、無能な人間になったと感じる。


という経過は、うつ病の始まり方としてはかなり典型的なものです。そして、うつ病の症状の一つとして強迫が現れることは時にあります。写真への強すぎるこだわりは、うつ病に伴う強迫症状と見るのが妥当でしょう。また、

ルボックスにより写真への思い出しは激減するも、

というように、抗うつ薬がよく効いたという事実も、この強迫がうつ病の一症状であることを支持するものです。

以上、この【1908】の症状形成を要約すると、
・ 一年前ころからうつ病を発症した。
・ うつ病の一症状として強迫が出た。
・ 強迫が向けられる対象の選択には、幼少期の性的虐待が影響した。
といえるでしょう。

したがってこの【1908】のケースでは、治療の中心としては、薬物療法(いま処方されているジェィゾロフトの増量を含め)を続けることが勧められます。幼少時の性的虐待と現在の精神症状には関連ありと思われますが、あまりそのことにこだわるよりも、うつ病としての定型的な治療の継続が望ましいと思います。

◇ ◇ ◇

【1901】から【1948】までの回答は一連の流れになっています。【1901】、【1902】・・・【1948】という順にお読みください。

この【1908】も、幼少時の性的虐待と、現在の精神症状(うつ病に伴う強迫)の関連性が強く推定されるケースです。
このように、大人になってからの精神症状の多くについて、幼少時の体験が原因になっているという考え方もあります。それはさかのぼればフロイトが提唱したものです。フロイトの説は現在では、科学性がない・正しいことの証明が全くない、などと批判されることのほうがむしろ多く、少なくともそのまま受け入れられることはなくなっています。けれどもケースによってはフロイトの説がかなりあてはまると思われるものもあります。そしてフロイトによれば、そうした精神症状の治療は、原因となる幼少時の出来事を発見することが第一歩とされています。


(2011.1.5.)

その後の経過(2013.4.5.)


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