【2899】学生やひきこもりに多く見られる軽度のうつ病、抑うつ状態は、過労などによる真のうつ病とは別ものなのではないでしょうか

Q: 26歳の男性です。「Dr 林のこころと脳の相談室」を最近になって知り、非常に面白く読ませていただいております。今度は先生の著作も読ませていただこうとネットで注文させていただいたところです。

さて、私の質問の要点は、私自身が学生時代に経験したような「うつ病」と世間一般でよく聞くうつ病はすこし違うのではないか、という疑問です。

私は大学生時代の20歳から23歳にかけ、2年半ほどひきこもりをしていました。最初は自分が将来どういう仕事に就きたいのか、本当にこの大学に進学してよかったのかというようなよくある悩みからはじまったように思うのですがあまりに考えすぎたのか次第に無為、そして抑うつ状態になり、目の前のコンビニ以外にほとんど外に出ない状態が半年続いたため、これはさすがにまずいと思い心療内科を受診しました。

医師からは「軽いうつですね」と言われ(このとき正式にどう診断書に書かれたのか、うつ病なのか抑うつ状態程度だったのかは分かりませんが、半年ひきこもっても「軽い」なのかと思った記憶があります)、一番最初に飲んだ薬は忘れてしまったのですが、途中からはパキシル、サインバルタ、デパスを処方されました。そしてあまり無理をしないほうがいいと言われたことと、周囲の薦めにしたがって半年間大学を休学しました。(もともと授業にはまったく出ていなかったのですが)
最初は睡眠導入以外には効果が薄かったのですが3ヶ月目ごろから気分が晴れ始め、そして愚かなことに自己判断で断薬してしまいまた調子を崩し、半年ほどひきこもったあと同じ病院は恥ずかしくて行けないと思い別の医院にかかり、前にそれなりに利いたということでパキシルを飲みました。
その後は薬の効果でそれなりに気分は晴れたのですが、やはり何かをしようという意欲が沸くところまで行かず、結局その後1年ほどぐずぐずと抑うつ状態が続き、薬をサインバルタに替えるなどしましたが同じようなものでした。
ちなみに私の抑うつ状態というのは、気分がよければ近くの川原まで散歩に行こう、あるいはパソコンでネットサーフィンをしたりしようと思えるほどで、悪ければ三日間くらい“寝たきり”で、睡眠と覚醒の間をあいまいに行ったり来たりしているような状態でした。
この後実家に帰って半年過ごしましたが、同じような状態でした。(この間は通院せず、自分で薬をネットで買っていました)

ところで実は、半年大学を休学した後、私は気合を振り絞って、また同じ寮に住んでいたうつ病に理解のある友人の助けで、期末テストだけは受けており、もともと引きこもる前にあらかたの単位を取り終えていたこと、非常に簡単に単位を取れる大学であった(授業はまったくでなくてもいい)ことからなんとか卒業単位を取り終えました。
また、ひきこもりになりうつ病と診断されたことを実家の母に告げたとき生まれて初めて泣かれたものですから、どうにかしてこれ以上心配はかけまいと枯れかけた意欲を振り絞ってとある自治体の採用試験を受け、なんとこれに受かってしまいました。(昔からうそをつくのが上手かったのが面接で奏功しました)
この2点は今から考えても奇跡的だと思うのですが、とにもかくにも私はひきこもりながらも卒業と就職に成功したわけです。

先に実家に帰って半年過ごしたと書いたのは、大学の単位をとり終え、仕事を始めるまでの期間実家に帰っていたということですが、このときの母の不安は、大学でさえ授業に出られなかったものが、社会に出て仕事ができるものだろうか、というもので、私も同様にそれを危惧していました。

ところが実際に仕事を始めてみると、たった一、二週間で(このときはまだ研修と試用の期間ですが)、2年半苛まれ続けた抑うつ状態から開放され、今まではいったいなんだったのかというほど次から次へと(主に仕事への)意欲が沸いてくる状態になり、結果今2年と8ヶ月勤めていますが、うつ状態を再発したことはありません。仕事で残業が続くことは苦ではなく、むしろやることがなく暇な休日にうつうつとした気分になることがあるほどです。
要因としては、自治体の行政職という仕事の内容や量、職場環境が他の民間企業等々に比べると格段に易しいということがあるでしょうが、とにかく私は一つ一つの仕事を(ほんの小さなこと、たとえばイベントでチャーターしたバスの運行計画を立てたり、エクセルで予算を管理したりといったような作業ですが)こなしていくことの楽しさ、適度な労働と規則正しい生活がいかに心身によいものかを知ることになりました。

自分語りが長くなってしまいましたが、ここで今私が抱いている疑問は、私のように学生時代に、あるいはひきこもりになっている人に診断される、あるいはされない潜在的な“うつ病”は、私のようにとにもかくにも強制的に何か(特に仕事)をはじめてみることで、うそのように解決するケースが少なくないのではということです。実際に同じ寮に住んでいてうつ病と診断された知人を3人も知っていますが、彼らのいずれも現在就職して以降は症状を改善させているようです。またテレビなどでも、10年間ひきこもりをしていた人がNPOの人に少々強引に軽作業の職を紹介され、仕事を始めてから見る見るうちに意欲的になっている、というようなドキュメンタリーを見たことがあります。これらのケースはいずれも「働かなさすぎ」ともいうべき無為の状態が長引いたことにより行動意欲が減退して抑うつ状態になってしまったのではと思います。

一方で世間一般によくきく、過労自殺に陥るような本格のうつ病というものは、逆に働きすぎ、あるいは職場でのプレッシャーに耐えかねて、というものが多いです。率直に私の疑問を書くならば、このような働き始めて以降のうつ病を真のうつ病とするならば、学生やひきこもりに多く見られる軽度のうつ病、抑うつ状態は本来うつ病のカテゴリーに入れてはいけないのでは、ということです。

もし私が最初に診察を受けた医師が「授業には無理して出る必要はない」などと言わず、むしろ「なにかアルバイトを始めてみては」「格闘技教室に通ってはどうか」など、ショック療法的にとにもかくにも何か行動を始めてみることを薦めていたら、最初はいやいやでも続けることで意欲的になり、もっと早く抑うつ状態から開放され、ひきこもりもやめれていたのではないかと思っています。

そしてもしそうであれば、これは真のうつ病とは原因(働きすぎが原因か、働かなさすぎが原因か)、療法(無理は禁物か否か)が異なる、軽度うつ症状、あるいは学生うつというようなものなのではないかというのが私の考えです。
病原菌が原因でも誤嚥が原因でも肺炎は肺炎ではないかと言われればそれまでなのですが、なにかこうまったく種類の違うものがうつ病として一緒くたにされ、過剰な診断を受けているような違和感があり、精神科の先生がどう考えられるか興味が沸きましたので、質問させていただいたしだいです。

 

林:
 病原菌が原因でも誤嚥が原因でも肺炎は肺炎ではないかと言われればそれまでなのですが、なにかこうまったく種類の違うものがうつ病として一緒くたにされ、過剰な診断を受けているような違和感があり、(1)

非常に洞察に富んだご指摘だと思います。

学生やひきこもりに多く見られる軽度のうつ病、抑うつ状態は、過労などによる真のうつ病とは別ものなのではないでしょうか (2)

「別もの」というのは、おおむね正しいご見解だと思います。但し、重大な誤りもあります。

 さて、私の質問の要点は、私自身が学生時代に経験したような「うつ病」と世間一般でよく聞くうつ病はすこし違うのではないか、という疑問です。 (3)

おおむね正しいご見解だと言えます。

過労自殺に陥るような本格のうつ病というものは、逆に働きすぎ、あるいは職場でのプレッシャーに耐えかねて、というものが多いです。率直に私の疑問を書くならば、このような働き始めて以降のうつ病を真のうつ病とするならば、学生やひきこもりに多く見られる軽度のうつ病、抑うつ状態は本来うつ病のカテゴリーに入れてはいけないのでは、ということです。 (4)

傾聴すべきご見解ですが、重大な誤りがあります。

(4)の誤りはただ一点、「真のうつ病とするならば」の部分です。ただ一点ですが、うつ病という病気にかかわる重大な誤りです。(4)の文章は、「逆に働きすぎ、あるいは職場でのプレッシャーに耐えかねて」発症したものを「真のうつ病」としていますが、それはうつ病ではありません。少なくとも「真の」うつ病ではありません。なぜか。働きすぎてダウンするのは、人間の正常な心理的反応だからです。職場のプレッシャーに押しつぶされるのも同様です。これらは、人間の正常な心理的反応という意味では、不当な仕打ちに対して怒ったり、良い出来事に対して喜んだりすることと本質的な違いはありません。ですから、(4)でこ【2899】の質問者が言うところの「真のうつ病」は、「真のうつ病」ではありません。「真のうつ病」とは、「病気」であり、「正常な心理的反応」とは質が異なるものです。「真のうつ病」か、そうでないか(真でないのに「うつ病」と呼ばれているものが「擬態うつ病」です)を区別するひとつの重要なポイントは、原因の有無です。これについてはたとえば【2896】はじめは適応障害、後にうつ病と診断されましたが、本当は甘えではないでしょうか、【2898】うつ病を発症して20年になるのにまだ治りません。仕事も退職しました。(これらは「真のうつ病」です)や うつ病の聖杯 などをご参照ください。

(3)の、
さて、私の質問の要点は、私自身が学生時代に経験したような「うつ病」と世間一般でよく聞くうつ病はすこし違うのではないか、という疑問です。

については、おおむね正しいご見解だと言えます。質問者はご自分の学生時代の体験について、慎重にカギ括弧をつけて「うつ病」と記しておられます。これは、ご自分の体験内容は、「うつ病」とされているけれど、真のうつ病でない、単に「うつ病」という範疇に(誤って)分類さているにすぎない、ということを含意していると読めます。その通りです、この【2899】の学生時代のご体験は、「うつ病」と呼ばれるものであっても、「真のうつ病」とは異なります。
ですからそれは、「世間一般でよく聞くうつ病はすこし違うのではないか」というご見解は正しいです。
但し、上記(4)の解説の通り、【2899】の質問者がイメージされている「真のうつ病」は、「真のうつ病」ではありません。したがって、上記(3)は、ご自分の学生時代の体験をカギ括弧つきの「うつ病」と表記されるのであれば、
世間一般でよく聞くうつ病
についても、
世間一般でよく聞く「うつ病」
とカギ括弧つきで表記するべきです。

(2) の、
学生やひきこもりに多く見られる軽度のうつ病、抑うつ状態は、過労などによる真のうつ病とは別ものなのではないでしょうか

ここには重大な誤りもあります、と先に指摘したのは、もちろん、「過労などによる真のうつ病」の部分を指しています。過労によって落ち込むのは、人間の正常な心理的反応であって、病気ではありませんから、「真のうつ病」ではありません。

(1) の、
 病原菌が原因でも誤嚥が原因でも肺炎は肺炎ではないかと言われればそれまでなのですが、なにかこうまったく種類の違うものがうつ病として一緒くたにされ、過剰な診断を受けているような違和感があり、(1)

に対して「非常に洞察に富んだご指摘だと思います」とお答えしたのは、2つの点についてです。第一は、「まったく種類の違うものがうつ病として一緒くたにされ、過剰な診断を受けている」という点で、【2899】の質問の骨子であると同時に、現代の日本のうつ病診断の根深い重大問題でもあります。
第二は「病原菌が原因でも誤嚥が原因でも肺炎は肺炎ではないかと言われればそれまで」という点で、これは何気なく書かれているようですが、上記「現代の日本のうつ病診断の根深い重大問題」のさらに深部に及ぶご指摘であると言えます。つまりこのご指摘をうつ病に適用すれば、「ストレスが原因でも脳の病気が原因でもうつ病はうつ病ではないかと言われればそれまで」と言い換えることができます。

先に私は、「働きすぎてダウンするのは、人間の正常な心理的反応。職場のプレッシャーに押しつぶされるのも同様」と記しました。これらは正常な反応ですから、うつ病ではありません。病気ではありません。もしこれらを「うつ病」と呼ぶのであれば、それは擬態うつ病です。
けれども、では擬態うつ病は治療やサポートが不要かというと、そんなことはありません。
ここが非常によく誤解されるところで、精神科Q&Aにも、「自分は(または、自分の知るあの人は)、甘えているだけの擬態うつ病でしょうか」という質問をよくいただきますが、擬態うつ病の中には確かに甘えのケースもありますが、決して甘えとはいえないケースも多々あります。
この【2899】の質問者もお書きになっているように、人は「過労自殺に陥る」ということが、あり得るのです。つまり、「正常な心理的反応」であっても、強度になれば死に至るということです。だからといってそれは【2899】の質問者がいう「本格のうつ病」ではありませんが、だからといって「正常だから治療する必要はない」とも言えないのです。
ではそういう人々はどのようにサポートすべきか。「過労自殺」はある意味極端な例ですが、自殺にまでは至らない程度の人々にはどのようにサポートすべきか。

この難題に対し、【2899】の質問者のご指摘のように「まったく種類の違うものがうつ病として一緒くたにされ、うつ病であると過剰な診断をつける」ことで対応しているのが、現代の日本の状況です。この結果、「うつ病」と診断される人が急増し、様々な歪みが発生しています。
(この問題をめぐっては、うつ病のページに紹介してある 「うつ」は病気か甘えか。第5章 裁かれるうつ病に、裁判に至った自殺例の解説を基に論じてられています。)

「Dr 林のこころと脳の相談室」を最近になって知り、非常に面白く読ませていただいております。今度は先生の著作も読ませていただこうとネットで注文させていただいたところです。

ありがとうございます。
今回の回答との関連は、私の著書では、サイコバブル社会それは「うつ病」ではありません! などにも論じてありますので、ご参照ください。

(2015.2.5.)

05. 2月 2015 by Hayashi
カテゴリー: うつ病, サイコバブル社会, 擬態うつ病, 精神科Q&A