【2900】うつ病の聖杯としての生物学的マーカーについて
Q: 30代女性、内科医です。林の奥のうつ病の聖杯を興味深く拝読いたし、精神疾患の診断の難しさを実感させていただきました。
ただ一点、よく理解できないところがあります。あるいは私が混乱しているのかもしれませんが、ご教示いただければと思います。
それは うつ病の聖杯 の54からの部分です。
この中で林先生は、リウマトイド因子を生物学的マーカーの例として挙げておられます。
一方、コラムのタイトルの「うつ病の聖杯」については、
うつ病の(未知の)生物学的マーカーを「聖杯」と呼ぶ(59)
と書かれています。
そうしますと、「うつ病の聖杯」は、「うつ病に特異的な生物学的マーカー」という意味であると読み取れますが、54で例として挙げられているリウマトイド因子は、関節リウマチ以外の膠原病でも比較的陽性率が高いですので、非特異的生物学的マーカーにあたることになるかと思います。
すると「うつ病の聖杯」は、「うつ病の非特異的な生物学的マーカー」を指しているということになるのか・・・と、どうも文意がよくわからなくなってしまいました。
単に私の理解不足で混乱しているだけかもしれないのですが、このコラムでの「うつ病の聖杯」の意味について、教えていただきたく、よろしくお願い致します。
林: 私のコラムを丁寧に読んでいただきありがとうございました。
ご指摘のとおり、うつ病の聖杯の「聖杯」とは、コラムの文脈ではうつ病に特異的な生物学的マーカーを指しています。したがいまして、非特異的な生物学的マーカーであるリウマトイド因子を持ち出すのは、厳密には適切でないということになるでしょう。にもかかわらず54でリウマトイド因子を例として出したのは、第一に、病気の生物学的マーカーとはどのようなものかを説明するためです。第二に、この説明のためには、DSMと形式が似ている診断基準を示す必要があったためです。第三に、ここで例示する病気は、ある程度広く知られている病気である必要があったためです(このサイトは一般読者を対象としているからです)。
この第一の理由からすれば、特異的な生物学的マーカーを例として出したほうが明らかに適切と言えるでしょう。けれども、特異的な生物学的マーカーが完全に確立している病気には、DSMと形式が似ている診断基準は存在せず(そのような病気では、その生物学的マーカーが診断のゴールデンスタンダードになりますから、DSMスタイルの診断基準は不要になります)。したがって、上記第二の理由から、非特異的な生物学的マーカーを例として出さざるを得なかったわけです。そしてリウマチはよく知られている病気ですから、第三の理由にもかなうことになります。
とここまで書いてみて思ったのですが、「特異的な生物学的マーカーが完全に確立している病気には、DSMと形式が似ている診断基準は存在しない」と私は単純に信じていたのですが、もしかすると内科の病気の中には、特異的な生物学的マーカーが存在しても、臨床の実務的な理由のため、DSMスタイルの診断基準が存在する病気があるのでしょうか。もしあるのであれば、ご教示いただければ幸いです。
それはそうと、精神疾患においても、うつ病に限らず、「聖杯」が発見されれば、DSMは不要になるでしょう。但し、現時点では「聖杯」が未知である以上、診断はDSMを用いるべきである、これがうつ病の聖杯の15の趣旨です。
(2015.2.5.)