【3916】過去の精神の混乱は、何らかの精神疾患だったのでしょうか
Q: 20代後半の女性です。過去の私は何らかの精神疾患だったのか、ということをお聞きしたくメールをさせていただきました。
前勤務先はいわゆるブラック企業というほど苛烈な勤務状況ではありませんでしたが、経営体制が非常に悪く、ストレスを感じていました。例えば、一年かけて丁寧にやってきた仕事を根本的に引っくり返すような決断を社長が突然下し、それによって生じた様々な弊害の解決に奔走したり、人件費を削っているためどこも人手不足で業務が回らず、担当外の業務に時間を取られたりするなどということがありました。入社三年目の秋に、心から信頼し頼りにしていた上司が社長による言いがかりで退職させられ、引継ぎもまともに行われず業務はめちゃくちゃになりました。信頼し共に頑張って来た現場の人たちもボロボロになり、見ていてとても辛かったのを覚えています。それでも担当した業務を何とか形にしようと、私も能力の限り頑張ってきましたが、情報も人員もバラバラになってしまった状態では力が及ばず、毎日無力感と絶望感にさいなまれていました。
時期は判然としませんが(おそらく入社二年目以降)、心身に些細な異変が起きました。大好きだった趣味に興味を持てなくなり、何を食べても美味しく感じなくなりました(味は感じていましたが、従来の半分程度の味覚だったように思います)。趣味に手を付けながら、あんなに大好きだったのに何も感じないなんておかしいと焦りと悲しみを覚え、やがて諦め、スマートフォンでSNSを眺めることしかできなくなりました。でもSNSを見てもストレスが溜まるだけで良い事はなかったように思えます。年末年始もSNSを見るだけで終わってしまい、凄まじい自己嫌悪に襲われアカウントを衝動的に削除しました。
入社三年目の終わり頃(今から約1年前です)、精神が一気に不調になりました。毎日死にたいと考えたり、深夜に様々な不安に襲われたりました。仕事はどうなってしまうのかということはもちろん、何故か母親が死んでしまったらどうしようという凄まじい恐怖感が連日襲ってきました(父親は離婚したのでいません)。また、これまでの仕事を思い返し、どこが駄目だったのか、どうしたら良かったのか、ということを自問自答し続けました。けれども、答えは得られず『どうしようもなかった』という結論に毎回達し、そのことがますます私を絶望的な気持にさせました。また理由らしい理由は説明できないのに、毎日自分を責めていました。何をしても考えても、自分を馬鹿にする言葉が頭に思い浮かび、息をするだけで苦しくなりました。例えば誰かの仕事を手伝っても、感謝されていることを狙っている浅ましい奴だという言葉が思い浮かんできました。
その1,2ヶ月後から業務に支障が出るようになりました。理由も分からず一時間も二時間も涙が止まらず、内線に出られなくなりました。かと思えば原因不明の強い怒りに襲われ、私物の文房具などをほぼ全て壊してしまいました。通勤中も涙が止まらず、バスから降りてしまったり仕事を休んでしまったりということが度々ありました。食欲も完全になくなり、何を食べても無味乾燥で不愉快だと感じていました。流石に自分でもおかしいとは思っていたのですが、病院に行く気にはなれませんでした。自分には何の価値もないのだから、病院に行って他の患者さんの診察を遅らせたり、貴重な社会保険料を使ってしまったりというのは非常に罪深いことに思えました。それに、病院に行くのは生きるためにすることであり、死にたいと思っている自分が行くのは矛盾しているように感じました。林先生にメールを差し上げようという発想もあったのですが、先生のお時間を例え数分、数秒でも頂戴する罪悪感に耐え切れず、メールは下書きで削除してしまいました。また、お金を使うことにも抵抗が芽生え、自分のためには何も買わなくなりました。自分には物を持つほどの価値もない、それだったら死んだあとの家族のために一円でも多く残した方が良いと考えていました。
そして布団から出ることが怖くて仕事を休みました。布団から出る=時間が進む=恐ろしいことが起きるという感覚があったためです。布団にいる間はずっと泣いていました。何が悲しいのかはやっぱり分かりませんでした。3時間ほど経って布団から出て、荷造り用の紐をトイレのドアノブに引っ掻けて首吊りを試みました。しかし玄関の方から足音が聞こえ、もしや母が仕事を早退してきたのかと思い慌てて中断しました。結局勘違いでしたが、首吊りすらまともに出来ない自分に虚無感と失望を覚え再挑戦はしませんでした。しばらくトイレの前でぼーっとしていました。
上司に休職させて欲しいと願いましたが断られ、仕事は無理矢理形にした後に退職しました。どうしたら業務はまともに行ったのか、何がこんなに悲しいのか、何故怒りを抑えられないのか(怒りを抑えられなかった経験は、人生のうちであの期間だけです)、何故なにもかも怖くなったのか、何も分からないままに終わりました。世の中には激務でも頑張っている人はいるのに、周りは良い人ばかりで誰も私を責めなかったのに、担当した仕事は大好きだったはずなのに、頑張れなかった自分だけが残りました。
それからは半年前くらいまでまでぼんやり過ごしていました。退職してから3ヶ月過ぎた頃昨に趣味を楽しむ気持ちが復活し、そのさらに3ヶ月後くらいに味覚が若干回復したのを感じ、まもなく味覚はほぼ完全回復し、食べる楽しみを久々に思い出しました。一方で再開した就職活動が上手く行かず、『自分は無価値だ』『死にたい』という気持ちだけは頻繁に激しくぶり返します。二、三カ月前に首吊り用の縄も購入しました。まだ使ってはいませんが、近いうちに使う予定です。ただこの『死にたい』は転職活動から逃げたいと言う甘えから来ているものなので、自分の中で深刻には捉えていません。実行に移したとしても、動機が重要でないからどうでもいいというか……上手く書けないのですが、意味や価値のある『死にたい』ではないということです。
最後に、私の性格と家族周りのことを記載しておきます。
私は幼い頃から真面目・冷静と言われていました。実際はそんな立派な性格ではなく、覇気がなく感情表現が苦手なことを周りが婉曲的にそう表現していただけです。小学生の頃から漠然と死にたい、自分には価値がないと考えていました(実行レベルにまで悪化したのは前職のときだけです)。自分に自信を持ちたいと考え、学業成績で賞を頂いたり、寄付をしたり、進んで誰かに親切にしたりしましたが効果はありませんでした。例え誰かが私を褒めてくれても、私自身がいつも私を馬鹿にし責めていました。優しいと言われれば優しくないときの自分を思い出し、目の前の人を騙している気持ちになります。賢いと言われると、表面だけ繕って周りを感心させようとしている自分に呆れます。事実なので仕方のないことです。ただ、そういう思考パターンに陥った原因は分かりません。
前述の通り、父は離婚して家を出たのでおりません。母は女手一つで私を育ててくれました。どんなにつらい仕事でも私のために我慢し、お酒を呑んで愚痴を言うのが唯一のストレス解消法でした。養われることしか出来ない私は、せめてもの支えとして愚痴を二時間でも三時間でも聞いていました。母も時々『長生きしたくない』『とっとと死にたい』という主旨のことを匂わすように話すので、私の希死念慮は遺伝なのかなと最近では思います。愚痴は多かったものの、私には甘く優しい母でした。
長くなりましたが、私の心身の経過は以上です。まだ死にたいとはいえ、食事も趣味も楽しめるようになったので現在は健康の範囲です。長く休んだおかげで頭が冷静になり、前職のときの混乱はなんだったのかとよく考えます。私は何らかの精神疾患だったのでしょうか。それとも自然治癒したのだから、ただの一時的な不調だったのでしょうか。ただの素朴な疑問で申し訳ありませんが、お答えいただければ幸いです。
林: この質問文をさっと一読すると、
前勤務先はいわゆるブラック企業というほど苛烈な勤務状況ではありませんでしたが、経営体制が非常に悪く、ストレスを感じていました。
という職場のストレスから始まり、
心から信頼し頼りにしていた上司が社長による言いがかりで退職させられ、引継ぎもまともに行われず業務はめちゃくちゃになりました。
という出来事がストレスをさらに強め、
その結果ご本人に、
心身に些細な異変が起きました。大好きだった趣味に興味を持てなくなり、何を食べても美味しく感じなくなりました
という異変が起こり、
さらに、
毎日死にたいと考えたり、深夜に様々な不安に襲われたりました。
というように悪化し、
業務に支障が出るようになりました。
という形で顕在化し、
ついには、
荷造り用の紐をトイレのドアノブに引っ掻けて首吊りを試みました。
という自殺企図が行われるまでに悪化し、
そして、
上司に休職させて欲しいと願いましたが断られ、仕事は無理矢理形にした後に退職しました。
という経過であり、さっと一読した段階では、「職場のストレスでうつ病になった」と要約できるようにも見えます。
けれどもこの要約は誤りで、この【3916】の質問者は内因性うつ病 (いわゆる 真のうつ病)でしょう。すなわち、職場のストレスは発症の誘因(きっかけ)であっても、原因ではないということです。(うつ病の聖杯 もご参照ください)
そのように判断できる理由は、一つは発症の経過、一つは症状そのものです。
発症の経過については、メールを注意深く読めば、職場の大きなストレスと、不調の始まりの時間的関係ははっきりしないことがわかります。少なくとも文面上は、大きなストレスが来る前にすでに不調が始まっています。
症状については、すべてに対する興味の喪失(アンヘドニア といいます)、あまりに強い抑うつ気分と自責感、そして強い、かつ、持続的な希死念慮などは、内因性うつ病の特徴です。
この【3916】の質問の中心は、過去のご自身の状態が精神疾患であったかどうかというもので、その質問が生まれたひとつの大きな要因は、現在は当時の状態からは脱したと感じておられることです。けれども質問者のその認識は間違っています。現在の状態についての質問者の認識は、次の一行に集約できます。
まだ死にたいとはいえ、食事も趣味も楽しめるようになったので現在は健康の範囲です。
健康の範囲。それが質問者の認識ですが、 まだ死にたい の具体的内容が、
一方で再開した就職活動が上手く行かず、『自分は無価値だ』『死にたい』という気持ちだけは頻繁に激しくぶり返します。二、三カ月前に首吊り用の縄も購入しました。まだ使ってはいませんが、近いうちに使う予定です。
このようなものである以上、この「まだ死にたい」を軽いものと認めることはできません。
この『死にたい』は転職活動から逃げたいと言う甘えから来ているものなので
違います。それはうつ病の症状としての病的な希死念慮であり、甘えとは全く違うものです。
先に指摘した通り、質問者は内因性うつ病です。そしてまだまだ寛解にはほど遠い状態です。この状態は適切な治療を受ければ治ります。精神科を受診して治療を受けてください。
(2019.11.5.)