【3051】10年前に双極性障害と診断された夫が、妄想を言うようになった

Q: 私も夫も40代です。夫は約10年前に双極性障害と診断され、投薬通院を続けながら会社勤めをしています。
発症時の鬱と躁エピソードは典型的なものでしたが、その後は、仕事を長期で休むような大きな波はなく現在に至っています。

その夫が、最近、妄想を言うようになりました。
『会社が自分を監視している』『友人が知らないはずのことを知っている』
『盗聴されているに違いない』と言ったり、携帯電話やパソコンの調子が悪いと『遠隔操作されている』などと言うのです。
先日は真面目な顔をして家の中に盗聴器がないか調べていました。

さきほど大きな波はなく、と書きましたが、妄想は過去にもありました。
約5年前、軽躁のときに『自分が優秀なので将来の会社役員候補にあがっており、ふさわしいかどうか24時間監視されている』と言っていたのです。
これは、会社に相談し、当時のストレスの原因を取り除いてもらったところ、1か月ほどでおさまりました。

約2年前は、どちらかと言えば躁気味な時期に、自分が乗った電車が3日連続で人身事故があったらしく、そのことを『誰かが嫌がらせをしている』と言ったり、スマートフォンが思うように操作できなかったことを『遠隔操作されている』と言ったりしていました。
これは特に何もしないまま、自然になくなりました。

これら過去のことをふまえて、主治医ははじめは『調子が悪くなると妄想が出るようですね』と言っていましたが、盗聴器を探すところまできたので、新たに抗精神病薬を処方し、治療することになりました。
その際、統合失調症の患者向けのパンフレットで今の状態の説明をしてくださりました。

今回お聞きしたいのは、
双極性障害の症状に、統合失調症のような症状(妄想)はよくあることなのか、夫は統合失調症も発症したのか、もしそうなら過去の妄想は投薬せずにおさまったのか、 ということです。

なお、抗精神病薬(ロナセン)を飲みだして1週間ほどたちますが、妄想はずいぶん落ち着きました。

 

林:

双極性障害の症状に、統合失調症のような症状(妄想)はよくあることなのか、

よくあるかどうかは別として、双極性障害でも妄想が出ることはあります。【0822】躁状態の不思議な体験【1483】躁うつ病と診断されている母は統合失調症ではないでしょうか などがその実例です。

そして双極性障害(躁うつ病)の妄想の中には、【1483】のように「双極性障害(躁うつ病)の一症状としての妄想」といえるものもあれば、そうでないものもあります。
この【3052】の妄想、すなわち、

『会社が自分を監視している』『友人が知らないはずのことを知っている』
『盗聴されているに違いない』と言ったり、携帯電話やパソコンの調子が悪いと『遠隔操作されている』などと言うのです。

これは「統合失調症らしい妄想」であると言えますので、質問者が

夫は統合失調症も発症したのか

と考えるのは理解できるところです。
けれどもたとえ妄想の内容が統合失調症らしいものであっても、全体として双極性障害(躁うつ病)に病像が一致していれば、その妄想は双極性障害(躁うつ病)の一症状であって、統合失調症ではないとするのが現代の精神医学の主流の考え方です。

そして、

もしそうなら過去の妄想は投薬せずにおさまったのか

このご質問については、ここでいう過去の妄想とは

約5年前、軽躁のときに『自分が優秀なので将来の会社役員候補にあがっており、ふさわしいかどうか24時間監視されている』と言っていたのです。

これを指していますが、ご質問への端的な答は「はい」です。現に投薬せずにおさまった以上、「はい」以外の答はあり得ません。
その意味では「意味のない質問」と言えますが、質問者の真意は、「過去にも妄想らしき症状があったけれど、それは投薬なしでおさまった。するとあれは妄想ではなかったのではないか。そして今回の症状も、妄想に似ているけれど、過去の妄想らしき症状と同じで、妄想ではなかったのではないか。だとすれば投薬なしでもおさまるのではないか」ということだと思われますので、それについてお答えしますと、

・過去の「妄想らしき症状」は、妄想です。
・妄想かそうでないかは、症状だけで決まるものですので、それが投薬によっておさまったか、投薬なしでおさまったかは、妄想か妄想でないかという判断には影響しません。
・但しこの【3051】の過去の「妄想らしき症状」は、正常な心理として理解できるものか、それとも双極性障害(躁うつ病)の症状だったとみるべきか(これも本当はこの二つに明確に分けることは困難なのですが、一応明確に分けられるものとして話を進めます)という問いが残ります。 ・「会社に相談し、当時のストレスの原因を取り除いてもらったところ、1か月ほどでおさまりました。」という経緯からは、「正常な心理として理解できる」と考えたくなるところです。
・けれども、このころ、同時に双極性障害(躁うつ病)の薬物療法を受けておられたと思われますので、双極性障害(躁うつ病)の改善にともなって症状が消失したという解釈も可能で、この場合は「双極性障害(躁うつ病)の症状だった」と考えるべきでしょう。(仮に薬物療法を受けておられなかったとしても、躁の病相が一ヶ月で自然軽快したということも十分に考えられます)

 

以上が症状消失の経過からの考察ですが、症状そのものに目を向けますと、

軽躁のときに『自分が優秀なので将来の会社役員候補にあがっており、ふさわしいかどうか24時間監視されている』

という内容は、「自分が優秀なので将来の会社役員候補にあがっており」については双極性障害(躁うつ病)の症状としての誇大観念で、「ふさわしいかどうか24時間監視されている」は人がそういう観念を持った場合の正常な心理的反応の範囲と考えることもできます。
・このように考えることはできますが、「自分が優秀なので将来の会社役員候補にあがっており」と「ふさわしいかどうか24時間監視されている」を分割して考えることが人間の心理の理解として適切な方法かどうかは難しいところです。
・論理的に考えようとすれば、このように物事を分けていかなければなりませんが、そもそもの
「妄想らしき症状」は、正常な心理として理解できるものか、それとも双極性障害(躁うつ病)の症状だったとみるべきか
という問いについても、先にお書きしたように、
これも本当はこの二つに明確に分けることは困難
と言えます。
・けれども、「人間の心理を分割して考える」こと自体を否定しますと、適切な対応法や治療法を決めることは、論理的には不可能ということになります。

 

このような問題が山積する中で、現実の精神医療は動いています。

したがって、この【3051】で

主治医ははじめは『調子が悪くなると妄想が出るようですね』と言っていましたが、

と主治医の先生が話されたのは、ここまでの解説のような事情をすべてお考えになったうえで、このように話されたのだと思います。診察室での医師から患者(や家族)への説明とはそういうものです。今回の回答のような内容を説明するのは、外来診療の時間内では不可能ですし、仮に可能だったとしてもこのような説明をお聞きになっても混乱されるだけでしょう。

そして主治医の先生が

盗聴器を探すところまできたので、新たに抗精神病薬を処方し、治療することになりました。

という方針を取られたことも適切だと思います。すなわちこの時点までは、この妄想に抗精神病薬による治療が必要かどうか、慎重に観察しておられたということでしょう。
結果として、

なお、抗精神病薬(ロナセン)を飲みだして1週間ほどたちますが、妄想はずいぶん落ち着きました。

このように速やかによくなられたことが、方針が適切であったことの何よりの証拠でしょう。

(2015.9.5.)

その後の経過 (2015.11.5.)

05. 9月 2015 by Hayashi
カテゴリー: 精神科Q&A, 統合失調症, 躁うつ病