【3025】双極性2型か、それとも抗うつ薬の副作用か
Q: 40代男性です。
X年夏に不眠をきっかけに心療内科を受診しました。
不眠の理由として思い当たるものは、10年以上交際していた相手との別れ、給与の遅配による失職、再度の交際の失敗などです。
最初はデパスとレスタスを処方されていました。
徐々に不安が増し不眠も改善せず周囲に死にたいと言うようになり、X+1年1月にパキシルとマイスリーを処方されました。
その後、マイスリーがハルシオンに変わる、パキシルが30mg/日に増えるなどしながら、徐々に安定してきて、X+1年8月からアルバイトを始めました。
X+2年1月に仕事中に気持ちが切れ集中できなくなりスルピリドを処方されました。しかしながら仕事が続けられず辞める際に揉める形で退職しました。
X+4年5月に転居し7月に転院しました。薬は以前の処方を引き継いでもらいました。この時点での処方は
・デパス0.5mg×3
・スルピリド50mg×2
・パキシルCR12.5mg×1
・パキシルCR25mg×1
・レスリン25mg×1
です。
X+4年8月より仕事を再開しましたが同年10月に就業先の経営難で退職し、すぐに別会社でアルバイトを始めましたが、X+5年4月に上司と揉める形で退職しました。この時点での処方は
・デパス0.5mg×3
・スルピリド50mg×2
・パキシルCR12.5mg×1
・パキシルCR25mg×1
・アンデプレ25mg×1
・ロンラックス21
・サイレース1mg×1
です。
このころ(X+5年4月)は怒りやすくなっていて感情の抑えが効かなくなっていたと思います。
X+5年12月に知人の勧めで転医しました。
直前の処方は
・デパス0.5mg×3
・セニラン5mg×3
・スルピリド50mg×2
・パキシルCR25mg×2
・トラゾドン塩酸塩25mg×1
・ロンラックス21
・エバミール1mg×1
・メンドン7.5mg×1
でした。
転医(X+5年12月)と同時に双極性2型の診断が出て薬が変更になりました。
・ドグマチール50mg×1
・パキシル10mg×3
・リーマス100×3
・レキソタン2mg×1
・レスリン25mg×1
X+6年1月から3月頃までは寒いのに発汗が多かったり体の震えが止まらないなど自律神経の異常がありましたが徐々に落ち着きました。
X+6年4月頃から死にたいという言葉が頭の中でめぐるようになり、追加の薬を処方されました。セロクエル25mg×1を試しましたが効果を感じられないと話したところジプレキサ2.5mg半錠×2の処方を受けました。
X+6年6月現在の処方は
・リーマス100×3
・ジプレキサ2.5mg半錠×2
・レキソタン2mg×3
・レスリン25mg×1
です。
長期間服薬を続けていて不安になっています。
X+4年からX+5年にかけて怒りっぽくなっていたのはパキシルの作用でしょうか。
私はうつ病だったのでしょうか。
途中で双極2型に変わったのでしょうか。
林: 診断は双極2型障害でしょう。実際にこのケースがそのように診断されたのは、最初に精神的症状が出たX年夏から5年が過ぎたX+5年12月ですが、このように、ある程度経過してから診断が確定することは、特に双極性障害ではよくあることです。
私はうつ病だったのでしょうか。
途中で双極2型に変わったのでしょうか。
というご質問ですが、当初はうつ状態として治療がなされていて(その時点でうつ病と診断されていたかどうかはわかりません)、周期的に躁状態(2型ですので、「軽躁状態」と呼ぶべきという考え方もあります)が出現することが確認された時点で、双極2型障害と診断が確定した、というのが事実に即した説明ということになります。
経過を振り返ってみますと、
X年夏に不眠をきっかけに心療内科を受診しました。
これが精神症状の初発ですね。症状が不眠だけだったとすれば、この時点で正確に診断を下すことは困難だったでしょう。但し、不眠は多くの精神疾患の初発症状であることは事実ですので、担当医は不眠以外の病気の可能性を念頭において診療にあたっていたと思われます。
不眠の理由として思い当たるものは、10年以上交際していた相手との別れ、給与の遅配による失職、再度の交際の失敗などです。
どんな精神症状であっても、このように、特に初発のときには心理的なストレスが原因であると推定されるものです。
しかし、経過をみていくうちに、そうしたストレスはきっかけにすぎず、内因性の精神疾患(内因性うつ病や双極性障害や統合失調症)であることが明らかになるのはよくあることです。【2861】高圧的な上司の影響でダウンした私は擬態うつ病だったのでしょうか、うつ病の聖杯 などをご参照ください。
この【3025】のケースも、以下のようにまさにその経過をたどっています。
徐々に不安が増し不眠も改善せず周囲に死にたいと言うようになり、X+1年1月にパキシルとマイスリーを処方されました。
この時点でうつ状態が明らかとなっています。「徐々に不安が増し」の背景が書かれていないので不明ですが、その不安に見合った原因がなければ、この時点で診断は内因性の気分障害(うつ病 または 双極性障害)の疑いが濃厚となっていたと思います。また、不安に見合った原因がある場合でも、症状に基づいて(「不眠」「死にたいと言うようになり」と簡潔な文章にしてしまうともはやわかりませんが、実際にその時に診察すれば、それらの症状が内因性らしいかどうかはわかることがしばしばあります)、やはり内因性の気分障害の疑いが濃厚となっていたかもしれません。
X+2年1月に仕事中に気持ちが切れ集中できなくなりスルピリドを処方されました。しかしながら仕事が続けられず辞める際に揉める形で退職しました。
これも、背景情報が不明ですので(つまり、職場に何らかの原因があって「気持ちが切れ集中できなく」なったのか。また、「揉める形で退職しました」も職場に何らかの問題があったか、などが不明です)、判定困難ですが、ここまでの経過、そして後の経過も総合すれば、双極性障害のニュアンスのある気分の不安定さがこの時点で現れていたと推定することができます。
このころ(X+5年4月)は怒りやすくなっていて感情の抑えが効かなくなっていたと思います。
躁状態の兆しでしょう。
X+5年12月に知人の勧めで転医しました。
転医は適切だったと思います。この時点の処方を見ますと、医師は双極性障害の可能性に気づいていなかったように思えるからです。すなわち、抗うつ薬中心の処方であり、これですと【3025】のケースのような双極性障害には不適切です。
転医(X+5年12月)と同時に双極性2型の診断が出て薬が変更になりました。
ここでリチウムが処方されており、双極性障害の適切な治療が開始されています。
X+6年4月頃から死にたいという言葉が頭の中でめぐるようになり、追加の薬を処方されました。セロクエル25mg×1を試しましたが効果を感じられないと話したところジプレキサ2.5mg半錠×2の処方を受けました。
とのことですが、追加の薬を処方される前の処方が記されていませんので、コメントは困難です。X+5年12月には抗うつ薬のバキシルが処方されており、それがX+6年6月の処方では消滅していますので、この半年のどこかの時点で中止されたと思われますが、その中止の時点と、「X+6年4月頃から死にたいという言葉が頭の中でめぐるようになり」の時期の時間的関係を知りたいところです。現代では双極性障害では抗うつ薬の処方は望ましくないというのが精神医学の優勢な見解となっていますが、実際の臨床では、うつ状態が一定以上に重い場合には処方されることがしばしばあり、それはそれで適切な処方と思われます。この【3025】のケース、X+6年4月以後には抗うつ薬の処方はレスリン25mgのみとなっていますが、仮にX+6年4月以後もうつ状態が持続していれば、さらに抗うつ薬の追加も考えられるところです。実際にはX+6年4月以後の症状が不明ですし、(長期間服薬を続けていて不安になっています と書かれていますが、これは双極性障害のうつ状態による不安の可能性が十分にあります。内因性のうつや不安であっても、本人や周囲の人は、それは内因性ではなく、心理的な原因があるに違いないと考えることが非常に多いからです。つまり、「長期間服薬を続けていて不安になっています」というのは本人の解釈にすぎず、実際は現在がうつ状態で、その不安はうつ状態の症状であることが十分にあり得るということです)。
X+4年からX+5年にかけて怒りっぽくなっていたのはパキシルの作用でしょうか。
わかりません。その判断は非常に難しいです。診断が双極性障害である場合、「抗うつ薬服用中に、躁状態が出現した」という事実があっても、それを抗うつ薬の副作用とみるべきか、抗うつ薬とは無関係に病気の自然経過として躁転したかの判断は容易ではありません。厳密には不可能というべきでしょう。
(2015.8.5.)