【4908】うつ病が長引いています。双極性障害の薬で治療すべきでしょうか。
Q: 50代女性です。20代の頃からうつ病で薬物療法を受けています。
少し前に林先生のサイトに出会い、以来、自分の病状について理解するために参考にさせていただいています。
お伺いしたいのは、双極性障害についてですが、【4116】抗うつ薬を使っても状況が好転しないなら、双極性障害の可能性を考えて気分安定薬を使ってみるという試みはないのでしょうか の質問で「抗うつ病を使っても状況が好転しないなら、双極性障害の可能性を考えて気分安定剤を使ってみるという試み」は「治療戦略として当然すぎるほど当然」と先生はお答えになっていますが、実際に難治性のうつ病の方に双極性障害の治療を試した場合の弊害はどのようなものでしょうか? 抗うつ剤を使っても状況が好転しないというケースでも、単に適切な治療が行われていないことによる場合もあると思うのですが、その場合に、抗うつ病薬の効果がないからといって双極性障害の治療をしてしまうということもありうると思うのですが、その場合はうつ病が悪化して気づくことになるのでしょうか。 双極性障害ではない人が気分安定薬を使った場合に起こりうる弊害はどの ようなものがあるでしょうか。
また、双極性2型障害では躁状態が軽度で抑うつ状態が主症状に見えるようですが、この軽躁状態と、うつ病における病状の波とはどのように区別されるのでしょうか。
私は抗うつ剤も効果がありしばらく安定した生活を送れていましたが、仕事上のストレスで病状が悪化し退職、2年ほど休養をとった後再就職し3年ほどになります。負担の少ない働き方を選んだこともあり、仕事を休むこともなく生活できてはいるのですが、興味や関心、意欲の低下などうつ病が悪化する以前の状態にまではなかなか回復せず現在に至っていいます。そのようななか双極性障害Ⅱ型の可能性について考えるようになりました。以下に私の経過と現在の状態について記しますのでよろしければ先生のご意見をお答えいただけると幸いです。文章をまとめるのが苦手でわかりにくいと思いますがお許しください。
20代前半、就職したがなかなか仕事が覚えられず、またミスも多く仕事に行くのが辛く不眠、不安感・焦燥感強く精神科を受診。20年以上も前のことなのでこの頃の処方内容や通院経過などの記憶は曖昧ですが、睡眠薬、抗不安薬を処方されるが症状はなかなか改善せず。そんな中処方された抗うつ剤が効果あり、自分に自信が持てるようになり数年は精神的にも安定。その後退職、転居し通院は自己判断で終了。
30歳 転居・転職し再び精神的に不安定に。不安、焦燥感、気分の落ちこみあり心療内科のクリニックを受診。以前の経過と抗うつ剤の効果があったことをお話しし、パキシル10mg処方となる。パキシルが劇的に効いて、服薬して10日ほどして突然目の前がパーッと明るくなったような爽快感、どんよりとした灰色の人生が突如輝きを得たような経験をし、それは今でも強烈に覚えています。主治医からはパキシルは副作用も少なくずっと飲んでいても問題ないというようなことを言われ、飲み続けることを勧められ、調子が良かったので飲み忘れたり、短期間中断することもあったものの、完全に服薬を中止して再び以前の憂鬱な自分に戻ることへの不安もあり、基本的には服薬を継続できていました。この10年間は自信に溢れ、楽しくて何より自分を好きでいられて交友関係も広がり充実した生活を送れていたと思います。
40歳 再び転職。最初の2年ほどは楽しく働けていましたが、人間関係の難しさもあり再び精神的に落ち込むようになり、パキシル20mgへ増量。結局精神的に限界になり転職のため退職。
45歳 転職先は新規に立ち上げた職場で毎日充実した日々を送る。パキシルは10mg服用を継続。仕事は楽しくやりがいもあったものの、新規立ち上げの職場のため経営の方針や上司の対立など色々と問題も多く、そうしている中でうつ病が悪化し転職して2年程で退職。
退職後1年以上はまさに地獄で、薬は退職後ジェイゾロフトに変更になりジェイゾロフト75mgを服用していましたが、単なる気分の沈みや不安というだけでなく、自責感や怒りあらゆるネガティブな感情に襲われ一時も心が休まる時がなく、外出するのも怖く、部屋でも頭を抱えで怒鳴り散らしたりする有様で、このまま人格が崩壊してしまうのではないかという恐怖と戦っているような感じでした。回復の兆しも見えず焦りもあり、このままではダメだと散歩などしても意識が朦朧としているようなフワフワした感じでこのまま廃人になるのではないかとも思えました。なかなか症状が改善せず、実はうつ病ではなく自分の性格の問題とか他に問題があるのではないかと希望して、光トポグラフィー検査を受けさせていただいたのですが、結果 は大うつ病性障害パターン(一部のchでは課題開始後に速やかな血流反応を認めますが、課題中盤には上昇反応が維持できず下降し、課題終了時には基線に戻ってしまう。これは健常者と比べて著しく異なり何らかの脳機能障害の存在が示唆される。結果として反応の総和は小さく、重心は中盤に位置して、判定アルゴリズムのグループ1圏内に入り、これはunipolarに多く見られるパターンです。また側頭部の賦活変化も同様に低調で、社会的・職業的機能に支障をきたしている可能性を窺わせます。)ということでした。1年半ほどそんな状態が続き少しずつは落ち着きを取り戻したものの仕事をできる状態まではなかなか回復せず、ジェイゾロフト100mgに増やしてもらったところ、だいぶ上場も改善し退職してから2年後にパートタイムの仕事ですが就職ことができました。
今の仕事につい3年以上が経ちましたが、パートということもあり、業務も負担も少ないので働き続けることができています。就職した当初は気持ちも高揚している感じで毎日が楽しくて仕方がないという感じでしたが、気がつくと再び気持ちが晴れない、なんとなく憂鬱な日々が続いていて、就職後ジェイゾロフト100mgからレクサプロ20mgへ変更になっていたのですが、現在はさらにアモキサン25mgが追加され、レクサプロ20mg+アモキサン25mg服用しています。アモキサンが追加されて当初は気持ちは上向いたのですが長くは続かず3週間ほどして再び下降して現在に至ります。
今現在、思うように回復しない中で、20代で初めて抗うつ剤の効果を実感して以来の調子の良い時と悪い時の波が、もしかしたら躁状態と抑うつ状態の波なのではないかという気がしてきたのです。調子が良くなる時を軽躁状態とするなら、そうなるときは自分でも「あっ、上がってくる」というのが明らかに自覚でき、抑鬱状態になるときは「上がってくる」ときにくらべればはっきりせず、気がついたら「落ちていた」ということが多いのですがそれでも「落ちてくるな」と自覚できることもあります。以前は気分のムラが多いとか、理由もないのに自分でどうしようもなく急に不機嫌になってしまうのは我儘だからと自分でも思っていて、調子の良い時の自分がうつ状態から回復した本来の自分の姿だと思っていたのですがそう信じたいだけ なのかも知れないとも思います。調子の良い時は爽快感があり、全てがキラキラと輝いて見えて、神様が自分に味方してくれているという確信に近い感覚があって、自分が受け入れられていると思えるので誰とでも気安く話すことができ、おしゃべりがとならなくなることもしばしばです。結果、飲みに行く機会も増え、楽しくなりすぎてハメを外して周りに迷惑をかけてしまうことも多かったのですが、調子のいい時はそれでもみんな許してくれるとポジティブに考えてしまって同じ失敗を繰り返すことも何度もありました。一方で調子が悪くなると周りの人が自分のことをどう思っているかに敏感になり、人の悪意を受けやすくなり人との関係を避けるようになったり、自己嫌悪に陥りやすく、結果、周りとの関係を断ち切るため、逃げるように仕事をやめたり引っ越したりするのを繰り返してきたように思います。最後にうつ病が悪化した時は新しい職場で仕事も充実し、今までになくエネルギーに満ち溢れている感覚があり、自分を一廉の人物だと思い、職場が回っているのは自分の働きがあるからだというような尊大な気持ちがあった分、その後のうつ状態は酷く、自分への自信や尊大な振る舞いの反動が全て自分へのブーメランになって襲ってきたように思います。ただ躁状態の波は数日単位のこともあれば月単位のこともあり、30代の時のように10年ほど比較的長い期間調子が良い状態が続いている中でも、思い返してみると数日単位や月単位の浮き沈みはあって、しかし総じて言えば楽しく前向きに暮らせていた期間という感じです。友人など人との関係も希薄なので私の気分の波や精神状態について客観的に誰かから指摘を受けたことはありません。
ただ、光トポグラフィーの結果ではうつ病性のパターンという結果が出ており、主治医の先生にも双極性障害の可能性について尋ねたときにも、否定はされているのでやはり双極性障害の可能性は低いのでしょうが、双極性障害2型という可能性はあるでしょうか。やはりうつ病も発病してから長くなると完全な回復は難しくなってくるのでしょうか。
長文を最後までお読みくださってありがとうございます。
Q: あなたは双極性障害の可能性が濃厚だと思います。双極性障害の治療(=リチウム、ラモトリギンなどの「気分安定薬 mood stabilizer」による治療を指します)によって回復し、今まで繰り返してきた気分の波が(特に苦悩されているうつ状態が)軽くなり、場合によっては消失することも期待できます。
以下、この結論に至った理由を、メール内の記述に対応する形でご説明します。
【4116】抗うつ薬を使っても状況が好転しないなら、双極性障害の可能性を考えて気分安定薬を使ってみるという試みはないのでしょうか の質問で「抗うつ病を使っても状況が好転しないなら、双極性障害の可能性を考えて気分安定剤を使ってみるという試み」は「治療戦略として当然すぎるほど当然」と先生はお答えになっています
その通りです。これをこの【4908】にあてはめれば、気分安定薬を使ってみるのは当然すぎるほど当然です。
実際に難治性のうつ病の方に双極性障害の治療を試した場合の弊害はどのようなものでしょうか?
上の通り、気分安定薬を使ってみるのは当然すぎるほど当然ですが、このとき、上のような疑問が発生するのもまた当然すぎるほど当然です。しかしこの疑問に対する端的な回答は、「その弊害は無視しうるレベルである」というものです。すなわち、どんな薬でも副作用がありうるわけですから、気分安定薬にも副作用がありえます。しかしその副作用は、うつ病の方が飲んだ場合に、双極性障害の方が飲んだ場合に比べて特に強いとか、他の何らかの副作用が出やすいということはありません。そのような、可能性にすぎない副作用を危惧して気分安定薬を使わないことによるデメリットより、使ったことによるメリット、すなわちその方が(たとえばこの【4908】の質問者が)実は双極性障害であって、気分安定薬により改善するという可能性の持つメリットの方がはるかに大きいです。
抗うつ剤を使っても状況が好転しないというケースでも、単に適切な治療が行われていないことによる場合もあると思うのですが、その場合に、抗うつ病薬の効果がないからといって双極性障害の治療をしてしまうということもありうると思うのですが、その場合はうつ病が悪化して気づくことになるのでしょうか。
うつ病は気分安定薬の使用によって悪化しません。
逆に、抗うつ薬の中の、特に三環系抗うつ薬は、双極性障害に使用した場合、躁転の危険性を高め、また、ラピッドサイクラーに移行する危険性を高めますから、双極性障害を悪化させる可能性があると言えます。
私は抗うつ剤も効果がありしばらく安定した生活を送れていましたが、仕事上のストレスで病状が悪化し退職、2年ほど休養をとった後再就職し3年ほどになります。負担の少ない働き方を選んだこともあり、仕事を休むこともなく生活できてはいるのですが、興味や関心、意欲の低下などうつ病が悪化する以前の状態にまではなかなか回復せず現在に至っていいます。そのようななか双極性障害Ⅱ型の可能性について考えるようになりました。
そのようにお考えになるのは合理的かつ妥当です。もっとも、これは患者さんご本人ではなく、主治医が先に考えなければならない事項でありますが。
メールにはこれまでの経過を具体的にご報告いただいており、記載されている内容はどれも診断上貴重な情報ですが、以下にはご質問に特に関連した部分だけを抜粋してご説明します。
30歳
パキシルが劇的に効いて、服薬して10日ほどして突然目の前がパーッと明るくなったような爽快感、どんよりとした灰色の人生が突如輝きを得たような経験をし、それは今でも強烈に覚えています。
この体験は、うつ病に抗うつ薬が著効したときの体験に一致していますが、他方、ここまで鮮烈に精神状態が変化するのは典型的ではなく、この時点で双極性障害の可能性ありと考えるべきです。
調子の良い時は爽快感があり、全てがキラキラと輝いて見えて、神様が自分に味方してくれているという確信に近い感覚があって、自分が受け入れられていると思えるので誰とでも気安く話すことができ、おしゃべりがとならなくなることもしばしばです。結果、飲みに行く機会も増え、楽しくなりすぎてハメを外して周りに迷惑をかけてしまうことも多かったのですが、調子のいい時はそれでもみんな許してくれるとポジティブに考えてしまって同じ失敗を繰り返すことも何度もありました。
これは躁状態、少なくとも軽躁状態です。
もっとも、元々かなり明るい性格であるとか、たとえそうではなくても、それまでのうつ状態があまりにつらかったために、改善したときにはこのようにとても明るい気持ちになるのは自然で、躁状態とは言えない、という解釈もあり得ますので、これが病的かどうか(=双極性障害の躁状態かどうか)は慎重に判断する必要がありますが、この【4908】では、総合的にみて、双極性障害の躁状態か軽躁状態であることはまず間違いないでしょう。
ただ、光トポグラフィーの結果ではうつ病性のパターンという結果が出ており、
光トポグラフィはまだまだ研究段階の検査で、この検査でうつ病と双極性障害を明確に鑑別することはできません。
主治医の先生にも双極性障害の可能性について尋ねたときにも、否定はされている
主治医の誤診だと思います。
また、双極性2型障害では躁状態が軽度で抑うつ状態が主症状に見えるようですが、この軽躁状態と、うつ病における病状の波とはどのように区別されるのでしょうか。
その区別はとても難しい場合があります。しかしこの【4908】のケースは「とても難しい場合」にはあてはまらないと思います。あなたは双極性障害だと思います。双極性障害の治療を受けてください。これまでの長年にわたる苦悩が解消されることが十分に期待できると思います。
(2024.12.5.)