【3870】大阪の警察官襲撃事件について感じたこと

Q:  40代女性です。 以前うつ病を患ったのをきっかけにこのサイトを知り、毎月興味深く拝見しております。

大阪の警察官襲撃・拳銃強奪事件(2019.6.16.)についての報道、またこの件についてネットで様々な意見が飛び交っている状況について自分なりに思うところがあり、思わずメールをお送りした次第です。
まず初めに申し上げておきたいのですが、あくまでも私には犯人をかばおうという気持ちは毛頭ございません。何の罪もない警察官に瀕死の重傷を負わせたことはとても許されることではないですし、ちゃんと罪は償ってもらわなければいけないと思っております。

この事件について全ての記事を読んでいるわけではないのですが、被疑者には精神疾患があり(←おそらく統合失調症)、障がい者雇用枠で働いていることについて把握しております。
世間がこの事件についてどのように考えているのかを知りたく、Yahoo! ニュースのコメントを色々と見ているのですが、以下の意見が突出しているように思います。

(1)「精神疾患の患者がこんな計画的な犯行(←事前に偽の通報をして交番の警備を手薄にする)を行えるはずがない」「犯人は精神疾患を装って罪の軽減を図っている」
(2)「父親が在阪テレビ局の役員というエリートの家庭」「父親は子育てにあまり関わっていなかったのではないか」「こんな犯罪を犯すような人間になったのは、育て方が悪かったのではないか」

私は医療従事者でもないですし専門家でもないですが、林先生のサイトを読み続けていますので上記の意見は全くの見当違いであることは理解しています。
統合失調症はあくまでも脳の病気ですし、(2) の意見について犯人のご家族だけではなく同じような身内を抱えている方々がこのような言葉を聞いたときにどう思うか、と考えるとなんだか悲しくなってしまいました。

そして(1)の意見についてですが、あらゆる精神疾患患者は犯罪を犯しても無罪になるかのように勘違いされている人が多いんですね。事件についてまでは報じられても、それがどのような判決になったかまでは報じられることが少ないので、勘違いする人が多いのでしょうか。
統合失調症になったからといって著しく知的水準が落ちるわけではないでしょうから、犯行の手順を一般の人と同じように計画して遂行することは十分可能だと思っています。ただ犯行に至る動機が精神疾患の思考障害による影響でしょうから、そこに関してどの程度まで本人の意思があったかは問われると思いますが…。
しかしながら世間一般には、精神疾患=正気の状態ではない、と考えている人が多いのだ、ということを今回の件で改めて思い知りました。
多くの人が精神疾患についてこんなにも無知で偏見を持っているのか、みんな詳しく知ろうと思っていないのか?と正直愕然としたのが本音です。(とはいえ、私の知識も林先生のサイトからの情報だけなので、あまり大きな口は叩けませんが…)

こういったネットの無責任な知ったかぶりな意見を読んでいると、「知った風な口きくなよ」「林先生のサイトを見てみなよ」と歯がゆくなりました。
統合失調症ひとつとっても100人に1人が罹る一般的な病気なのに、なんでこんなに世間に浸透していないんだろう、もう少しだけでも一人一人の理解が深まれば、患者さんだって暮らしやすいだろうに、と思うのです。

それと、今回の犯人は障碍者手帳を持った上で、きちんと障碍者枠で働いており、自分の体調の悪化を自身で感じ取っていたからこそ事前に「仕事を休ませて欲しい」と申し出ていたのに、何でこんなことになっちゃったんだろうと、すごく悲しくやるせない思いなのです。
母親が同居していたみたいですが、薬の管理は出来ていたのかということも気になりますし、とはいえ親なんていずれ先に死んでしまうんだからいつまでも頼るわけにはいかないし、そうなったらこのような精神疾患患者に対して行政はどこまで助けてくれるんだろう?とか色んなことを考えてしまいました。

質問でもなく主張でもなく、ただただ感情垂れ流しだけのメールになってしまい本当に申し訳ございません。ただ、このようなニュースを聞いて色々と考えてしまった人が居たということでご理解ください。
そして、上記のメールの内容で間違っているところがあれば、訂正して頂けると幸いです。

 

林:
この件についてネットで様々な意見が飛び交っている状況について自分なりに思うところがあり

質問者が指摘されるこのネットの意見内容を、私は読んでいませんので、ご質問の(1)(2)について、ネットの意見とは無関係に、さらにはご指摘の事件とも無関係にお答えしたいと思います。

(1)「精神疾患の患者がこんな計画的な犯行(←事前に偽の通報をして交番の警備を手薄にする)を行えるはずがない」「犯人は精神疾患を装って罪の軽減を図っている」

ご指摘の通り、これは精神疾患についての非常によくある誤解から生まれる、非常によくある的外れの非難です。

あらゆる精神疾患患者は犯罪を犯しても無罪になるかのように勘違いされている人が多いんですね。

確かにそういう人が多いようで、あまりにひどい誤解であると言わざるを得ません。

事件についてまでは報じられても、それがどのような判決になったかまでは報じられることが少ないので、勘違いする人が多いのでしょうか。

それも一つの大きな要因だと思います。大事件の場合、判決については報じられることが「少ない」とは言えませんが、事件発生の時に比べて扱いは極端に小さく、人々の関心も非常に低いことが多いのが現実でしょう。

統合失調症になったからといって著しく知的水準が落ちるわけではないでしょうから、犯行の手順を一般の人と同じように計画して遂行することは十分可能だと思っています。

ご指摘の通りです。但し、もちろん 犯行の手順を一般の人と同じように計画して遂行すること が不可能なレベルにまで機能が低下してしまうケースもありますが。

ただ犯行に至る動機が精神疾患の思考障害による影響でしょうから、そこに関してどの程度まで本人の意思があったかは問われると思いますが…。

それがこの種の事件で最も重大なポイントの一つです。動機が妄想などの症状に基づく場合、ではその犯行はどこまで本人の責任であると言えるのか。これは、精神の病の症状が重症のとき(症状に支配されるほどまでに重症のとき)の彼/彼女が、真の彼/彼女と言えるのか、言えないのか、という問題に直結します。(この問題については【3868】などをご参照ください)

(2)「父親が在阪テレビ局の役員というエリートの家庭」「父親は子育てにあまり関わっていなかったのではないか」「こんな犯罪を犯すような人間になったのは、育て方が悪かったのではないか」

これも(1)と同様、非常によくある誤解で、そして、質問者がご指摘されている通り、ご家族の方々に対する中傷と言うべき、不条理な非難です。

統合失調症はあくまでも脳の病気ですし、(2) の意見について犯人のご家族だけではなく同じような身内を抱えている方々がこのような言葉を聞いたときにどう思うか、と考えるとなんだか悲しくなってしまいました。

まさにその通りで、このような事態を改善するためには、精神疾患についての事実が広く公表されることが必須であると思います。

ご指摘の(1)についても(2)についても、背景には報道の大きな影響があると思います。(1)については、事件発生の時のみに非常に大きく扱われ、そしてその後、「責任能力が問題になっている」ということが多くの場合に報道され、それから数ヶ月、時には一年以上が過ぎてからの判決は、大事件であっても事件発生当時に比べれば報道での扱いは小さく、大事件でなければ報道すらされませんから、結局多くの人の記憶に残るのは、「ひどい事件が起きて、犯人は精神疾患ということで責任を追及されないかもしれないらしい」という程度にとどまります。そうなれば(1)のような意見が多くなるのは自然でしょう。

もっとも、「報道の大きな影響がある」というのは、報道を批判しているものではありません。報道は人々の興味関心がある内容を取捨選択してなされるものですから、判決に関心のある人が少なければ、それを報道しないのは報道機関として当然と言えるでしょう。

(2)に関する報道の影響については話は別です。動機や心理を理解しにくい大事件が起こると、家庭や学校や職場の環境などをもとに、その犯行が心因(環境のこころへの影響として理解しようと思えば理解できる、心理的因果関係)によってなされたという方向の解釈や見解ばかりが報道されているという事実は否めません。なるほど報道とは「人々の興味関心がある内容を取捨選択してなされるもの」であるとはいえ、複数ある「事実」の中から人々の興味関心にあわせて取捨選択するのはやむを得ないとしても、複数ある「解釈や意見」の中から、人々に納得しやすい、あるいは、時には、受けがいいということを基準に取捨選択するというのは、事実の歪曲に近いものであると言えるでしょう。精神疾患についての事実を理解していれば、心因による解釈がいかに的外れであるかは(少なくとも、的外れであるケースが相当数存在することは)自明であり(「いじめによる自殺」とされている事件も、少なくともその一部は、心因による解釈は誤りでしょう)、にもかかわらず心因による解釈ばかりを前面に出すことは、【3870】の質問者の、

(2) の意見について犯人のご家族だけではなく同じような身内を抱えている方々がこのような言葉を聞いたときにどう思うか、

というご感想の通り、多くの深刻な問題を発生させています。

(2019.8.5.)

05. 8月 2019 by Hayashi
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