【3806】なぜ林先生は過剰診断という概念を公開されるのですか

Q:  30代女性です。 2年ほど前にADHDと診断され、現在コンサータ18g+27g、セルトラリン50?、エビリファイ3mgを服用しています。

ADHDと診断される前、別の医院にかかっており双極性障害ということでリーマス等飲んでいましたが、診察の中で「これはADHDかもしれない」とのことで発達障害を診療可能な医院に転院した経緯があります。

私は【2909】の質問者の方と似ていて、初診で問診ののち確定診断されました。
ストラテラを試したがあまり効かず、コンサータに切り替えました。
そして【2909】と同様、診断はされたものの自分がADHDと名乗っていいのか、非常に迷いと不安があります。

但し、今の医院は薬物治療のみでなくミーティングなどによる治療も並行し、「薬物治療はサブ、メインは行動を工夫していくこと」という指導を主にされており、私としては信用しています。
また薬の服用に関しても、私の場合副作用がほぼ一切と言っていいほど出ず、主に心身の多動が抑えられ落ち着きが出るといったメリットだけがある状態です。

しかし、林先生のコラムADHDの薬、それは治療か商売かに見られるような

>この【2909】のケース、コンサータ(既述の通り、コンサータはリタリンと同じメチルフェニデートである)を飲むことは勧められない。このケースは仮にADHDだとしても軽度であるし、そもそもADHDかどうかわからない。仮にADHDの診断基準を表面上は満たすとしても、そのような「ADHD」を「病気」とするのは、まさに医学化、それも正当性の見えない医学化であり、そのような「ADHD」に薬を処方するのは商売の色が濃い行為であると言わざるを得ない。【2909】のケースがコンサータを飲めば、副作用のリスクは、薬のメリットをはるかに上回るであろう。だから【2909】のケースがコンサータを飲むことには全く賛成できない。

など拝読すると、私にとって何というか「図星」という感じがしてしまい、「私も軽度だと思う、私は本当は薬を飲まずに自力で努力しなければならないのではないのか」という思いにかられます。

インターネット上の発達障碍者への評判など見ていてもそうです。

ここでは「私は本当にADHDか」と聴きたいわけではないので症状の羅列はしませんが、 「私は過剰診断してくれる医師を見つけて安心しているだけではないのか」という思いがぬぐえません。

私がうかがいたいのは、林先生が一般人も容易に閲覧できる形態でこうしたコラムを公開している意図です。
正直言って、私は混乱しています。
「程度の差こそあれADHDの傾向はあることはかわりないのだから、余計なことは考えず推奨される対策を心がければいい」
と思う自分と
「ADHDを名乗って言い訳したいだけなんじゃないのか、医者の商売にまんまと乗せられて調子に乗っているだけなじゃないのか」と思う自分がいます。

「見なければいい、主治医の言う事を信じればいい」が最適解とは思いますが、
「であればなぜ見なければ・信じなければいいものを公開されるのか」と問わせていただきたい。

私は授業中には座っていられましたが、座っていることに強いストレスがありました。でも、ストレスがあるだけで座っていられました。
大人になっても普通にしているだけで強いストレスがあります。
でも、がんばれば普通にしていられます。
それは、経度と言う事だと思います。ただ「苦しくない」ということではないはずです。
そうした人が「少しだけ薬を飲んでがんばる」という選択肢はあってもいいと思います。
精神科医の方が薬の処方に対して「商売」という言葉を使うのは、「もしかしたら私は甘えているんじゃないか」という人間に、あまりにも説得力が強すぎます。

だから、公開の意図を知りたいです。
誰に向けて、どういう思いで発信されたものなのか。
素人が生意気をいって申し訳ありません。
でも、当事者(たぶんですが)は、切実です。

 

林: 事実を伝える。それが1997年このサイト開設以来の変わらぬ意図です。

(2019.3.5.)

05. 3月 2019 by Hayashi
カテゴリー: ADHD, サイトの方針, 精神科Q&A