【4321】 大阪女子大生殺人事件の犯人は統合失調症に間違いないと思うのですが

Q: 私は21歳の女子大生です。大学入学してからは一人暮らしをしています。質問は2021年4月に大阪で起きた、女子大生が階下の男性に殺害された事件の犯人についてです。私もこの被害者の方と同年代で、しかも一人暮らしをしていますので、人ごととは思えず、この事件のニュースをよく見ていたのですが、ニュースによれば、殺人の動機は「見張られている」「嫌がらせをされている」などの被害妄想で、「音に敏感」でもあり、しかも妄想は今回の被害者の方に対するものだけではなく、以前にはこの犯人からのいわれのない苦情に身の危険を感じてこのアパートから転居した方もいらっしゃったようです。
私は高校生の頃から精神科Q&Aを毎月読んでいるのですが、この犯人の人の言動は統合失調症そのもので、統合失調症に間違いないと思うのですが、林先生はどう思われますか。また、なぜ報道では統合失調症の可能性にまったく触れられていないのでしょうか。
それから、被害妄想のために他人に危害を加えることがあるというのは理解できるのですが、犯人はこの事件の直後に焼身自殺をしているというのがよくわかりません。人を殺してしまったことの後悔や自暴自棄で自殺したというのならわかる気もしますが、この人は前もって灯油を準備していたとのこと、すると殺人後に自殺することを計画していたようなのですが、これはどのような心理によるものなのでしょうか。

 

林: 報道されている情報からの判断にはもちろん限界がありますが、質問者がご指摘されている通り、この事件の容疑者が統合失調症に罹患していた可能性はかなり高いと思います。「可能性」としか言えませんが、そもそもこのように本人が自殺してしまった場合は、真実は不明と言わざるを得ず、それでも考えうる可能性の中では、

統合失調症に罹患→被害妄想→妄想の対象者を攻撃

というのがこの事件について最も考えられる解釈です。この【4321】の質問者のように、精神科Q&Aで多くの実例に接していれば、このことは自然にご理解いただけると思います。

なぜ報道では統合失調症の可能性にまったく触れられていないのでしょうか。

統合失調症の可能性が全く報道されていないかどうか、私は確認していませんが、少なくともメジャーな報道の内容からは、統合失調症の影響でこの事件が起こされたという可能性が最も高いことは見て取れません。
すると質問者のおっしゃるように、事実上は 報道では統合失調症の可能性にまったく触れられていない と言うことが可能でしょう。
報道機関が統合失調症の可能性に気づいていないということはまずないと思います。
それなのに報道しないのは、統合失調症に対する偏見が生まれる・強まることを避けるためであると考えられます。
「統合失調症の人が、統合失調症の症状の影響で、人を傷つけた」と報道されれば、「統合失調症は怖い」という印象が生まれることは否めません。そのことから直ちに「すべての統合失調症は危険である」という結論を導くことが不合理であるのは、冷静かつ論理的に考えれば当然ですが、短絡的にそのような結論に飛躍する人が一定数出てくることは容易に想像できます。すると、この容疑者が統合失調症であることが確実に診断されているならまだしも、推定の段階で統合失調症という具体的な病名を出すことは不適切であるという考え方も十分に納得できるものということになります。

けれどもそのようにして事実を隠蔽し続ければ、何度でも同じ事件が発生します。
もちろん事実が公開されたからといって、同じ事件の発生がすべて防止できるようになるわけではありません。この事件の容疑者が統合失調症であることが確定され、それを人々が知るところとなったからといって、直ちに有効な予防策が立てられるわけではありません。事実を知った人は、「殺されないためには統合失調症の人には近づかないようにしよう」と考えてしまうことも十分に考えられます。それはすなわち強い偏見を惹起することにほかならず、すると話は戻って、統合失調症の可能性など報道しない方が望ましいという考え方も一理あるということになるでしょう。
このような堂々巡りは、日本社会で何十年も繰り返され続けています。そしてこの2021年4月に大阪で起きたような事件が何回も繰り返されています。
この状況を解消できる可能性があるとすれば、それは統合失調症の事実を、良い事実も悪い事実も含め、すべて開示し、多くの人に知っていただく以外にないと私は考えています。

将来の同じような事件の発生予防の方法は、理想的には、統合失調症の初期の段階からすべての方が精神科で治療を受けることです。しかしこれは仮に可能だとしても、それが普通になるレベルまで統合失調症という病気の事実が人々に知れ渡るまでにはまだまだ長い年月がかかるでしょう。
すると、より短期的な予防策としては、他人を攻撃するおそれのあるレベルまで病状が悪化した人への介入ということになります。端的に言えば強制治療です。このとき、強制治療というものがどこまで正当化できるか、どのような条件を満たした場合に強制治療もやむなしと認めるかは、非常に難しい問題で、この条件を定めるためには人々のコンセンサスが必要で、そのためには出発点として、結局は上で述べた通り、統合失調症の事実を、良い事実も悪い事実も含め、すべて開示し、多くの人に知っていただく以外にないと私は考えています。

たとえば【0396】一人暮らしの隣人に被害妄想の矛先を向けられ恐怖でいっぱいです【1857】隣人の異常な言動に対し何とかしたいのですが、逆恨みされると怖いので誰も何もできません‏などのケースに対して、強制治療は容認できるでしょうか、できないでしょうか。
現行の精神保健福祉法では、「自傷他害のおそれ」があれば、措置入院の適応になり得ますので、法律を文言通りに解釈すれば、「できる」ことになりますが、現実にはこの「おそれ」の有無をどう判断するかという問題があります。日本の中でも地域によって違いはありますが、上の【0396】や【1857】のレベルでは、なかなか「おそれあり」とは判断されないのが現実です。(ここでいう「おそれ」とは、「本人の意に反して強制入院させる必要があるほど切迫しているおそれ」という意味です) 恐怖に震えながら生活されている【0396】や【1857】の質問者ご自身からすれば、法律があるのに実際には行使されないことには矛盾と失望を感じられることでしょう。強制治療の対象が狭すぎて不合理だと感じられたことでしょう。
しかし逆に、強制治療の対象が広まれば、実際には他害のおそれはそれほどないのに強制入院させられるという恐ろしい社会が生まれることになります。「おそれ」の範囲を決めることは容易でないのです。
【0396】の回答で私は質問者に、転居することをお勧めしました。この【4321】の大阪の事件の容疑者をめぐっても、被害妄想の矛先を向けられ恐怖してこの事件前に転居した方がいらしたことが報道されています。被害者となられた女子大生の方も、この被害を避けるためには転居する以外なかったように思います。残念ながらそれが現実です。
このような事態を解消するためには、この回答中で三度目の同じ記載になりますが、統合失調症の事実を、良い事実も悪い事実も含め、すべて開示し、多くの人に知っていただく以外にない、それが出発点であると私は考えています。

それからもう一つのご質問、

殺人後に自殺することを計画していたようなのですが、これはどのような心理によるものなのでしょうか。

これについては、統合失調症の被害妄想という体験は、統合失調症の当事者にとっては、自殺を考えるほど苦しい場合がある、という事実の指摘が答えということになります。これは「どのような心理によるものなのでしょうか」という問いの答えにはなっていないかと思いますが、確実に答えられるのはここまでだということです。【2004】監視されている。盗聴されている。みんなが私に関する情報を共有しあっている。もご参照ください。【2004】の質問者(統合失調症に罹患していると強く推定できる質問者)は、周囲の人からの嫌がらせ(実際は被害妄想)に苦悩し、憤怒し、「その人たちへの復讐のために自殺したろかな」と思うことがあるとおっしゃっています。この心理をあれこれと解釈することは不可能ではありませんが、それらは無理な推定であって、「統合失調症の被害妄想という体験は、統合失調症の当事者にとっては、自殺を考えるほど苦しい場合がある」ということの確認にとどめるのが、現在の精神医学の知見の範囲からは適切であると私は考えています。

(2021.6.5.)

05. 6月 2021 by Hayashi
カテゴリー: 精神科Q&A, 統合失調症, 自殺 タグ: , , , |