【4320】 精神科患者が起こす迷惑行為に対する事例集はどうして出回っていないのですか
Q: 私は40代男性です。同年代の妻は周産期うつ病と診断された後、統合失調症と診断されて5年が経過しました。妻は現在、服薬治療によりある程度回復しておりますが、わがまま、注意するとキレるといった状態で、家族は大変困惑しております。家族会に参加したり、色々な本を読んだりしましたが疑問に思っていることがあります。統合失調症は昔からある病気で、現在のように優れた薬がなかった時代から、患者の言動に周囲の者は苦慮し、患者家族は様々な工夫や対策を取り、また医師も様々なアドバイスをされており、多くの対応策が存在するはずです。ところが、こういった対応策は家族会レベルでの情報共有にとどまっており、書籍として広く広まってはおりません。私が知る限りでは、『精神障がい者家族相談事例集』しかありません。もう一つは林先生の精神科Q&Aしかありません。患者が周囲の者を困惑させるときのあらゆる事例と対応をまとめた書籍がどうして存在しないのでしょうか? 「医師の指示通りに薬を飲まないときは・・・」、「患者が家庭内で刃物を振り回す際は・・・」、といった具体的な事例に対する対応策が書かれている書籍を見たことがありません。ケースバイケースなので一概に対応策は述べられないというご意見もありますが、日本全国の精神病患者が起こした問題行動とその対応策を調査集計すれば、標準的な対処マニュアルは作れると思っております。このようなマニュアルが存在すれば、患者の言動で苦慮している多くの家族の救いになると感じています。いっそのこと自分自身で情報収集して事例集を出版しようかとも思っております。事例集が出回っていないことについて、ご意見を頂ければ幸いです。
林: 差別と偏見を助長するおそれがあると考えられるからだと思います。
日本全国の精神病患者が起こした問題行動とその対応策を調査集計すれば、標準的な対処マニュアルは作れると思っております。このようなマニュアルが存在すれば、患者の言動で苦慮している多くの家族の救いになると感じています。
このご意見は一面ではその通りだと思います。しかし、
精神科患者が起こす迷惑行為に対する事例集
そのようなものが出版されれば、「精神科患者は迷惑行為を起こすものである」という印象を持ち、そこから短絡的に「精神科患者は迷惑」と結論する人が多数発生するでしょう。
そのように結論する人の思考は一部の事例を直ちに全部の事例に一般化するという思考で、論理的には明らかな誤りですが、現実にはこの思考がしばしば発生することは避けられません。
また、
患者の言動で苦慮している多くの家族の救いになる
これを私が「その通りだと思います」というのは、冒頭の回答文の通り、「一面では」という条件つきです。
なぜなら、そのような事例集が広まり、精神科患者への偏見が強まれば、精神科患者のご家族の苦悩はさらに深いものになることも十分に考えられるからです。そうしますと、そのような事例集は、現実に精神科患者の言動に苦慮されている方々だけがお読みになるのであれば「救いになる」と言えますが、世間に広まることが「救いになる」とは言えないでしょう。
したがって、「精神科患者が起こす迷惑行為」というものが存在することは事実であっても、それだけを記載した事例集というものの出版はおそらくネガティブな影響の方が大きく、「精神科患者が起こす迷惑行為」は、「精神科患者についてのすべて」の中のあくまでも一部の情報として示すのでなければ適切とは言えないでしょう。
これに関連して、この【4320】のご質問文の中に、
(「精神科患者が起こす迷惑行為に対する事例集」として) 私が知る限りでは、・・・ 林先生の精神科Q&Aしかありません。
という記載がありますが、これだけを読んだ一部の方は、「林の精神科Q&Aは精神科患者の迷惑行為事例集である」と認識するかもしれません。そして精神科Q&Aは偏見と差別を助長するけしからんものであると憤慨するかもしれません。
実際に精神科Q&Aをお読みになれば、「精神科患者の迷惑行為事例集」ではないことは明白ですが、「精神科患者の迷惑行為事例」も記されていることは事実で、それが精神科Q&Aの中のごく一部であることを認識したうえでそれでも、そのような事例をわざわざ公表することはけしからんと批判する人も存在します。
その批判は一理あるとまでは言えます。迷惑行為の実例を見たことによって、精神科患者を嫌うようになる=差別偏見を持つ人が発生すること自体は避けられないからです。そのような思考は誤りであると正論を言ったところで、精神科Q&Aを読んで「精神科患者を嫌うようになる=差別偏見を持つ人が発生する」という事実は動きません。また、興味本位で「精神科患者の迷惑行為」を読み、【2522】のように精神科患者を嘲笑の対象にする人も一定数存在するでしょう。
しかしそうしたネガティブな面は否定できないとしても、事実を隠蔽することのネガティブの方がはるかに大きいと私は考えます。それは、良い事実も悪い事実も含め、すべて事実を回答するという精神科Q&Aの基本方針と重なっています。
(2021.6.5.)