【4152】双極性障害の薬の選択について

Q: 40代女性です。
私が常々不思議に思っておりましことなのですが、同じ病名にも関わらず、どの患者さんにどの薬を飲んでもらうかというのはどのようにして決められているのでしょうか。単純に第三者からの視点(現れている困りごと)と、自己申告の病状からだけなのでしょうか??

私は9年前に双極性障害と診断受けてから治療、のちに転居し、転居先で何事もなく精神科の閉鎖病棟にて勤務しておりました。滅多にはいないのですが、同じ病名の患者さんにお会いしたこともあります。 気の毒なくらいたくさんの種類の薬を併せて飲んでおられ、私の処方とあまりに違うことに驚いたのが今回の質問のきっかけです。 私は今の今までリーマスのみ、時にデパケンを追加する処方で済んでいます。 単純に私とリーマスの相性が良かっただけなのかもしれませんが、通院していて話をする様になった方々も、ここまでシンプルな服薬はあまり聞かないのでなぜだろう?とモヤモヤしております。

 

林: 双極性障害に限らず、また、精神疾患に限らず、有効な治療薬が複数あるということはよくあります。そのような場合には、医師の経験によって薬が選択されますが、公式の治療ガイドラインが存在する病気では、経験とガイドラインを総合したうえで薬が選択するのが正しい治療法であるということになります。双極性障害では、日本うつ病学会が作成した治療ガイドラインが存在します。

治療ガイドラインは多数の研究データに基づいて作成されたもので、したがって科学的根拠があるといえますが、いかなる研究にも方法のレベルでの限界がありますし、すべての薬が同じ方法で研究されているわけではありませんから、それぞれの薬についての研究結果を単純に比較することはできません。また、たとえば双極性障害でいえば、昔から使われていてすでに臨床では有効性が確立しているリーマスのような薬については、今さら研究を行うことがあまりなく、したがって有効性を証明する研究データは少なく、それに対して新しく出てきた薬については多数の研究が行われますからデータが多くなるという事情があります。他にも多数の問題があり、しかしそうは言ってもないものねだりをしても意味がありませんので、こうした様々な限界を考慮したうえで作成されたものが公式のガイドラインということになります。

さらに、それよりもっと根本的で重要な問題として、ガイドラインの内容が正しいとしても、つまり、「この病気にはこの薬が効く」という記載が正しいとしても、それは統計的に正しいということにすぎません。すなわち、その病気の人を多数集めて検討すれば、その薬が効く確率が非常に高いということにすぎません。ということは、その病気の人のある一人については、その薬は効かない可能性も十分にあり、逆にその病気には効かないとされている薬が効く可能性も十分にあるということです。さらに言えば、薬には必ず副作用があり、薬の正しい選択は効果と副作用のバランスによって決まり、副作用の現れ方にも個人差がありますから、効果だけでなく副作用の現れ方も、薬を選択する際の重要なポイントになります。

そして、具体的な症状によっても適切な薬は異なる場合があります。
たとえば双極性障害の場合でいえば、躁とうつを比べたとき、躁の方が重大な問題であるケースもあれば、うつの方が重大な問題であるケースもあります。しかも、どちらを重大な問題であるとみるかは、医師の側と患者の側で異なることがあり、家族の視点からはさらに異なることもあります。また、ケースによって幻覚や妄想を伴うこともあり伴わないこともあります。こうした症状の違いには対応する脳内メカニズムの違いが存在するはずですから、有効な薬がそれぞれによって違うことは当然に考えられます。そしてこのような違いがあってもこれらがすべて「双極性障害」という病名でまとめられているわけですから、双極性障害の薬を一つに定めることはむしろ「できない」と考える方が正しいと言えるでしょう。これは問題で、そもそも双極性障害とひとまとめにする分類が正しいのかという、現代の精神疾患の分類そのものにかかわる問題に繋がります。

このように、まだまだ未解決の問題は多々ありますから、「双極性障害であれば、この薬」と定めることはできないのは当然で、公式の治療ガイドラインはそうしたことを十分に考慮したうえで、あくまでも目安として作成されているものです。ですからこの回答の冒頭に記したように、ガイドラインの記載と医師の経験を総合して薬を選択するのが現実的には正しいということになり、同じ双極性障害という診断名でも、処方内容がそれぞれ異なる結果を生んでいます。これがこの【4152】の「同じ病名にも関わらず、どの患者さんにどの薬を飲んでもらうかというのはどのようにして決められているのでしょうか。」という質問への回答です。

【4152】の質問者はさらに次のように問いかけておられます。

単純に第三者からの視点(現れている困りごと)と、自己申告の病状からだけなのでしょうか??

この質問文の「単純に」「だけ」という言葉は多義的ですが、とりあえずこの「単純に」「だけ」を除外しますと、回答はイエスです。
すなわち処方は、

第三者からの視点(現れている困りごと) ・・・ 客観的所見

自己申告の病状 ・・・ 主観的所見

によって決定されるものです。
このように治療法が主観的所見と客観的所見から決まるのは当然で、どんな病気であってもこれは同じです。
但しここで、「客観的所見」として、医療の対象となる多くの疾患では(精神科以外の疾患では)、検査所見が重要で、検査所見は「現れている困りごと」よりはるかに重視されることもしばしばありますが、精神科では検査所見はないか、あったとしても重要度が相対的に低いことが多いのが普通という点が大きく異なります。

なお、治療薬の種類は少なければ少ないほど望ましいというのが当然の原則ですから、

私は今の今までリーマスのみ、時にデパケンを追加する処方で済んでいます。

この【4152】の質問者の処方は原則に一致した理想に近いものであると言えます。(デパケンの追加の適否は別として、「リーマスのみ」が「原則に一致した理想」です)
そうしますと逆に、

.
同じ病名の患者さんにお会いしたこともあります。 気の毒なくらいたくさんの種類の薬を併せて飲んでおられ、

この「たくさんの種類の薬を併せて飲んでおられ」は望ましくないということになりますが、だからといってその処方が不適切であると言えるかどうかは別の話です。
もしその処方が最初からのものであれば、すなわち、初診あるいはそれに近い時点からたくさんの種類が処方されていたのであれば、不適切であるとかなり確実に言うことができます。しかし長い治療期間を経てたくさんの種類の薬になった場合は一概に言えません。処方の原則やガイドライン通りの治療では効果が不十分なケースは多々あり、たくさんの種類の薬によって初めて効果が得られることも少なくないからです。その場合、効果が得られて症状が安定すれば薬を減らすのが理想ではありますが、現実にはそうはいかないことも多々あるものです。

(2020.10.5.)

05. 10月 2020 by Hayashi
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