【3519】虚言と防衛機制

Q: 22歳の女性です。『虚言癖、嘘つきは病気か』を拝読した者です。
虚言の実例をここまで大量に、客観的に分析されたものは初めてで、非常に興味深く拝読いたしました。
精神世界の奥深さを面白く感じると同時に、症例もバックグラウンドもキーワードもあまりにも多様で、読めば読むほど虚言癖とは何なのかわからなくなってしまうようでした。

この本の中で一点、気になることがあり、質問させてくださいませ。

○「メリットの欠如」の虚言は、一種の防衛機制と考えられませんか?

ケース例を見ていると、虚言を生み出している素因の多くはパーソナリティ障害であり、虚言癖は単体の病気ではなく合併した「症状」として発露していると感じました。
嘘という自覚の有無にかかわらず、きちんとした目的があっての「道具的な嘘/手段としての虚言」に思えます。
※虚実の混合というキーワードもありましたが、そのような「自覚のない虚言」は、解離による現実感の喪失の作用であり、また性質が違うように感じました。

(例)
反社会性パーソナリティ障害:倫理観の欠如
自己愛性:自己正当化
演技性:自己誇大

しかしながら、「メリットの欠如」の虚言は異質であるように感じたのです。
それがCase14です。
他のケースの虚言はパーソナリティ障害の合併症状であるのに対し、このケースが虚言癖が単独で発症している純粋な「虚言癖」ではと思ったのです。
Case14では、細かな嘘を衝動的かつ無意識に繰り返しています。
この、「無意識の反応」という部分は、防衛機制のメカニズムに当てはまると感じたのです。

そして「メリットがない虚言」とは、自分の利を求めるのではなく、「相手が求める・その場に適した返答をしてしまう」という反応ではないでしょうか。

例えば、「バイト先を見つけた」という虚言は、ご主人の口調から「早く働き先を見つけろ」という非難のメッセージを読み取ってしまい、それに対しての咄嗟の反応であるとか。
日常的な小さな虚言は、その場でもっとも求められる答えを無意識下で選択してしまっているとか。

私たちは嘘をつく時、メリットとデメリットを天秤にかけて意識的に選択をしていると思うのですが、
突然の危機に咄嗟に身を竦めるように、選択機能が抜け落ちてしまった状態が虚言癖なのではないか、と感じました。

長くなってしまいましたが、伺いたいのは以下の点です。

(1) 虚言癖が防衛機制であることは考えられますか?

(2) そうであれば、虚言癖の治療には、カウンセリングが重要になってくるのでしょうか?

素人考えで恐縮ですが、ご教示頂けますと幸いです。

 

林: 『虚言癖、嘘つきは病気か』を丁寧にお読みいただきありがとうございました。同書のまえがきに記したように、「虚言は精神医学の死角にある」のが現状で、まずこの現状を広く知っていただくことがあの本の執筆動機の一つでした。ですからお読みいただいて感じられたとは思いますが、極力実例の客観的記述に徹する形を取り、虚言を生み出す論理や仮説についてはほとんど記していません。まだそこまでの基礎データがないと私は考えているからです。

ですから、この【3519】の質問者のように、精読のうえ考えていただけることは著者として大変ありがたいことです。ご質問の件については次の通りです。

(1) 虚言癖が防衛機制であることは考えられますか?

考えられると思います。但し、実際のところ、およそすべての心理現象は、防衛機制で説明できてしまいます。そこがフロイトの偉大なところで、かつ欠点でもあると言えます。
【2304】統合失調症と解離性障害の質問者である精神科医のメールには
「防衛」などという時代錯誤的な概念
という表現があり、この精神科の先生はこの表現を逆説的な意味で言っておられるのだと思いますが、防衛機制という概念は現代の精神科ではあまり使われなくなっているのは厳然たる事実です。それは、重要な概念でありながら、実用という段階になるとあまり有用でない(理論としては有用でも、治療効果に結びつかない)ことが大きな理由です。

(2) そうであれば、虚言癖の治療には、カウンセリングが重要になってくるのでしょうか?

これについてもその通りだと思います。但し、「カウンセリングが重要」というのは、ほとんどすべての精神疾患について言えることです。そもそも精神科の治療は生物学的治療(薬、電気けいれん療法など)と精神療法(カウンセリング、認知行動療法など。カウンセリングという言葉は認知行動療法を含むこともあります)の二つに大別でき、虚言に効く薬は今のところないので、治療となければカウンセリングが重要なのは当然で、すると防衛機制という概念を持ち出すまでもなく重要ということになるでしょう。

いずれにせよ、『虚言癖、嘘つきは病気か』を丁寧にお読みいただき、また貴重なご意見をいただきありがとうございました。

(2017.9.5.)

05. 9月 2017 by Hayashi
カテゴリー: 精神科Q&A, 虚言