精神科Q&A
【2304】統合失調症と解離性障害の鑑別について
Q: 私は30代男性、今時,精神分析的心理療法を専攻している,時代遅れの中堅精神科医です。先生のサイト,毎月楽しみに拝読しております。情報の扱い方のみならず,純粋に医学的な知識という点でも,大変に勉強になります。ところで,以前から統合失調症による精神病症状と,解離症状との異同・鑑別が先生のサイトでも度々取り上げられております。誤診例が多いのは事実であり,先生のご指摘にも基本的には賛同しておりますが,一点,気になる点があります。それは,明らかな解離症状を呈するケースにおいても,背景となる精神病性不安に対する防衛として,解離症状がみられることがあるという臨床的事実です。こうしたケースでは,解離症状に対する精神療法は奏効しがたく,背景となる統合失調症に対する的確な薬物療法を行うことで,解離症状も自然と消退していきます。しかしながら,操作的診断基準の不適切な理解/利用のためと思いますが,解離症状がある=統合失調症ではない,という誤った理解により,こうしたケースがなかなか診断されない場合があるようです。一部の精神科医による,善意からなるセカンドオピニオンなどで,「解離性障害なのに統合失調症と誤診されている」ケースの過剰な喧伝がなされていることも,関係しているかも知れません。EBMの時代に「防衛」などという時代錯誤な概念を持ち出すのも憚れますが,この統合失調症と解離症状の問題について,先生は如何お考えでしょうか。今後もますますのご活躍を楽しみにしております。
林: 貴重なご指摘をいただきありがとうございました。
(以下の回答は、精神科の先生に対しては失礼にあたる内容も含まれていますが、精神科Q&Aの回答は、質問者へのものより読者へのものという性質を持っているとご理解ください)
ポイントとなるご指摘、すなわち、
明らかな解離症状を呈するケースにおいても,背景となる精神病性不安に対する防衛として,解離症状がみられることがある
これはまさにおっしゃる通りで、全く異論はありません。それに続く適切な治療方針についても同様で、全く異論はありません。
そして、
こうしたケースがなかなか診断されない場合がある
のは、
操作的診断基準の不適切な理解/利用のため
という理由はもちろんありますが、統合失調症のようないわゆる内因性の疾患であると診断した瞬間に、力動的(精神分析的)な観点がすべて否定されるような一部の(「多くの」と言いたいところですが、「多く」かどうか厳密にはわかりませんので「一部の」としました)精神科医の間の風潮に起因するところが大きいと思います。
Schizophrenie (精神分裂病 = 統合失調症) という病名の元祖であるブロイラー Bleuler を繙きますと、彼はフロイトやユングをしばしば引用しており、統合失調症の二次症状の成り立ちの解釈には精神分析を大いに援用しているとみることができます。ブロイラーに従えば、統合失調症の症状のうち「一次症状」といえるものはごく一部にすぎず、大部分の症状は二次症状ですから(下記引用書籍(1)のp.392)、彼は統合失調症の症状の多くを精神分析的な観点から理解しようとしていたことが読み取れます。また、ブロイラーの「精神病の症状論におけるフロイト的機制」という論文(下記引用書籍(2)のpp25-47)には、器質性精神病の症状も精神分析的に解釈できるという論が展開されています。これに従えば、アルツハイマー型認知症と思われる【2303】の質問者の解釈、すなわち、「母は小学生のころ、父親を病気で亡くし、その後親戚の家へ養女にきました。そんな生い立ちが歳を取って病気になった今「母親がどこかへ行って帰ってこない」という妄想につながるのかなあとも考えます。」は正鵠を射ていると言うことができます。しかし現代の精神科臨床では、このような解釈はほとんど顧みられず、アルツハイマーと診断がついた以上は、妄想はアルツハイマーのBPSDであり、それ以上の解釈は不要、さらにいえば不適や無稽とみなされるのが常になっているように思います。この【2304】の質問者である精神科医の先生のご指摘もこれと類似の色彩を持つもので、「統合失調症と診断された以上は、それ以上の解釈は不要」「解離性障害と診断された以上は、それ以上の解釈は不要」というような風潮に警告を発しておられるものと読むことができるでしょう。なお、下記引用書籍(2)のpp91-105の「道化症候群」は、この【2304】の質問者の指摘である、「統合失調症患者の呈した解離症状」と重なる部分がかなりあります。
【2304】の質問者は、「今時,精神分析的心理療法を専攻している,時代遅れの中堅精神科医」「EBMの時代に「防衛」などという時代錯誤な概念」と言っておられますが(これらはもちろん冗談であると思いますが)、精神症状の捉え方(精神疾患の症状論・症候学)という面においては、一時代前の精神分析学や精神病理学がピークであり、現代では症状論・症候学はむしろ退化してきていると私は考えています。実はごく最近も、「統合失調症の精神病理学が専門」と称する、それなりに名の通った精神科医が、ある患者の症状を評して、「この症状は願望充足的色彩があるから、統合失調症の妄想ではない」と断言しているのを見て仰天したことがありました。ブロイラーも読まずして「統合失調症の精神病理学が専門」と堂々と名乗れるのが現代だとすれば、精神病理学も退化していると言わざるを得ないでしょう。(ブロイラーによる精神病の症状解釈に、私が全面的に賛同しているという意味ではありません。解釈はともかく、ブロイラーの観察、すなわち、統合失調症であっても、器質性精神病であっても、その症状には力動的な色彩があるという観察には間違いはないと考えているということです)
【2304】の質問者である精神科医の先生の、研究面・臨床面での、益々のご活躍を願っております。
引用書籍
(1) 早発性痴呆または精神分裂病群 E.ブロイラー著 飯田・下坂・保崎・安永訳 医学書院 東京 1974.
(2) 精神分裂病の概念 --- 精神医学論文集 E.ブロイラー著 人見一彦監訳 学樹書院 東京 1998.
(2012.9.5.)