【2826】脳腫瘍の父の盗癖と虚言

Q: 私は50代女性です。
【2766】遂行機能障害と脳腫瘍の摘出、精神症状の間に関係はありますか を読み、関連があるのかも….と思いメールしております。

実家の父は、数ヶ月前、橋から身を投げて自殺しました。77歳でした。父は元々は中学校の教師をしていましたが、退職してからふさぎがちになり、それでも予備校の講師のアルバイトを始めてからはまた元気に働いていましたが、4年ほど前に4cm大の脳腫瘍(浸潤なし)の摘出手術を受けてから、言葉が出辛くなりました。ここ2年ほどの間に、高血圧、胃がんの手術、長年の喫煙による肺気腫でこのままいくと酸素ボンベが必要になるからたばこをやめるように言われ、常時大量飲酒の人でしたが、それも控えるように言われ、急にイラッと大声を出したり、だんだん鬱っぽくなっていったようです。母と、私の弟が、実家にいるので、全て彼らから聞いた話です。

それとは別に、10年ほど前から、母が「ものがなくなる」と言い出し、しばらく経って、どうやら父の仕業だと気づいたようです。母の洋服だったり、アクセサリー、鍋、孫の写真、持病の薬など、なくなるのはすべて母のものでした。忘れた頃に、庭に泥だらけで見つかる、ということもあったようです。でも、父がやったという証拠はないし、父は「絶対やっていない」と言い続けていました。若い頃から諍いばかりの父と母で、母もとても論理的とは言えず感情的な人でしたから、ものがなくなるたびに半狂乱になっていましたが、証拠もとらえてないのに父の仕業だと言い張る母と、「絶対やってない」と言い張る父の間で、なすすべがありませんでした。防犯カメラやネットカメラの設置も考えましたが、弟はたいして気にも留めてない様子なので、一緒に暮らしてない私がそこまで指示していいものかと遠慮もあり、カメラの設置にはいたりませんでした。

父が亡くなる一週間ほど前に、父が私に電話をかけてきて「マフラーがなくなったといって母がまた怒って大泣きしている。病院代も小遣いもくれない。俺はさわってもないのに、いつもいつも疑われてもう限界だ。死にたいからお金を貸してくれ」と訴えてきました。嘘をついているようには思えない口ぶりだったので「本当にお父さんはやっていないの?」と聞いたら「やってない、マフラーなんか知らない、(母の)薬もさわってもない!」と本当に辛そうに言うのです。嘘のようには聞こえませんでした。しかし母に確かめると「買い物に出るたびに、糖尿病の薬が、ひとつふたつなくなっていたり、場所が変わっていたりする。毎日毎日『今日は何されるのか』と思うと外にも出られない」と言うのです。現実的に考えて、やっぱり父がやっているんだろうという気はしました。

お聞きしたいのはここからなのですが、自分がやっていることをすっかり忘れていたり(解離や健忘)という可能性が、父にはあったのでしょうか? ものがなくなる現象は、脳腫瘍の手術の前からありました。父が亡くなる直前は、母の薬がいじられている、ということが多かったようです。
亡くなる直前の電話で「俺は(母に)見放されてるからな」と父は言ってました。父の母に対する過去の行い(お金を家に入れない、軽い暴力、泥酔による粗相、絶えない女遊び、飲酒運転)など思えば、「当たり前じゃん、何を言ってるんだ、この人は」と思い「とりあえず、一回でいいから、お母さんにこれまでのことを謝ってよ、でないと状況は変わらないよ、甘ったれたこと言わないでよ」と、私もイラッとして電話で叱咤してしまい、その1週間後に父は自殺しました。「寝る時に目を閉じるのが怖い」「俺はどうしたらいいんだろう」「死にたい」などの言葉が頻発していたようなので、鬱病か何かしらの精神疾患レベルだったことは間違いないと思うのですが、母のものを盗る、という行為は、本当に本人は「自分はやってない」と思っていながら出来るものなのでしょうか??無意識の「(俺を)かまってくれ」的な母に対する訴えだったのかな、とも思うのですが、あの辛そうな「疑われることが(辛くて)限界」という訴えが嘘に聞こえなかったので、そこだけを今でもなぜなのか理解できないでいます。
また母は父のことをよく「(あの人は)嘘つきだから」と言ってました。たとえば父が虚言症だったとして、自分で嘘をついてると全く思ってない、なんてことがあり得るのでしょうか?

 

林: ご質問の趣旨は、
「脳腫瘍、または脳腫瘍の手術が原因で、盗癖や虚言癖が現れることがありますか」
ということであると読み取れます。
それに対する答えは イエス です。

但しこの【2826】のケースにそれがあてはまるかどうかはわかりません。
最大かつ根本的な問題は、この【2826】のケース(父親)に、本当に窃盗や虚言があったかどうかということです。
質問者は「あった」というお考えのようです。
その根拠を見てみましょう。

10年ほど前から、母が「ものがなくなる」と言い出し、しばらく経って、どうやら父の仕業だと気づいたようです。母の洋服だったり、アクセサリー、鍋、孫の写真、持病の薬など、なくなるのはすべて母のものでした。忘れた頃に、庭に泥だらけで見つかる、ということもあったようです。でも、父がやったという証拠はないし、父は「絶対やっていない」と言い続けていました。若い頃から諍いばかりの父と母で、母もとても論理的とは言えず感情的な人でしたから、ものがなくなるたびに半狂乱になっていましたが、証拠もとらえてないのに父の仕業だと言い張る母と、「絶対やってない」と言い張る父の間で、なすすべがありませんでした

この記載からは、お父様がお母様の物を盗んだかどうかは不明です。
可能性としては、
・お父様がお母様の物を盗んだ
・他の誰かがお母様の物を盗んだ
・そもそも誰もお母様の物を盗んでいない (お母様の虚言または妄想)
のいずれもが考えられ、これらのうちのどれが事実であるかを判断できるだけの情報が欠けています。

 父が亡くなる一週間ほど前に、父が私に電話をかけてきて「マフラーがなくなったといって母がまた怒って大泣きしている。病院代も小遣いもくれない。俺はさわってもないのに、いつもいつも疑われてもう限界だ。死にたいからお金を貸してくれ」と訴えてきました。嘘をついているようには思えない口ぶりだったので「本当にお父さんはやっていないの?」と聞いたら「やってない、マフラーなんか知らない、(母の)薬もさわってもない!」と本当に辛そうに言うのです。嘘のようには聞こえませんでした。

この記載からも事実は不明です。「嘘のようには聞こえませんでした」ということが、嘘でないと判断する根拠には全くならないのは言うまでもありません。(病的な虚言者の虚言は、到底嘘をついているようには思えないことがしばしばあることは、虚言癖、嘘つきは病気かの数々の実例をご参照ください)  しかしだからといって、お父様の言葉が嘘であると判断する根拠もどこにもありません。

しかし母に確かめると「買い物に出るたびに、糖尿病の薬が、ひとつふたつなくなっていたり、場所が変わっていたりする。毎日毎日『今日は何されるのか』と思うと外にも出られない」と言うのです。現実的に考えて、やっぱり父がやっているんだろうという気はしました。

質問者の推論は全く非論理的です。一体どこが「現実的に考えて」と言えるのでしょうか。すなわち、ここまでの記載から、お父様に窃盗や虚言があったと判断できる根拠は全くありません。

亡くなる直前の電話で「俺は(母に)見放されてるからな」と父は言ってました。父の母に対する過去の行い(お金を家に入れない、軽い暴力、泥酔による粗相、絶えない女遊び、飲酒運転)など思えば、

このような過去があることを考慮すれば、お父様に盗癖・虚言癖があったと質問者が考えたくなる気持ちはわかります。気持ちはわかりますが、論理としては根拠がありません。つまりお父様に対する不当な非難である可能性は消えないということです。

「当たり前じゃん、何を言ってるんだ、この人は」と思い「とりあえず、一回でいいから、お母さんにこれまでのことを謝ってよ、でないと状況は変わらないよ、甘ったれたこと言わないでよ」と、私もイラッとして電話で叱咤してしまい、その1週間後に父は自殺しました。

お父様は、ご家族からの不当な非難に耐えかねて自ら命を断たれたのかもしれません。もちろんそうでないかもしれません。

「寝る時に目を閉じるのが怖い」「俺はどうしたらいいんだろう」「死にたい」などの言葉が頻発していたようなので、鬱病か何かしらの精神疾患レベルだったことは間違いないと思うのですが、

そうかもしれません。そうでないかもしれません。

母のものを盗る、という行為は、本当に本人は「自分はやってない」と思っていながら出来るものなのでしょうか??

母のものを盗る」が事実であったかどうかは不明ですが、仮に事実であった場合、本当に「自分はやっていない」と思っているようにしか見えない(「と思っているようにしか見えない」とまでしか言えません。最後は本人の主観ですので、他の人には決してわからないことです)ことは十分にあり得ることです。これについても 虚言癖、嘘つきは病気か にいくつもの実例があります。

無意識の「(俺を)かまってくれ」的な母に対する訴えだったのかな、とも思うのですが、あの辛そうな「疑われることが(辛くて)限界」という訴えが嘘に聞こえなかったので、そこだけを今でもなぜなのか理解できないでいます。

嘘だったかもしれないし、嘘でなかったかもしれません。「嘘に聞こえなかった」は、何の根拠にもなりません。嘘か嘘でないか、どちらであるか証明できない以上、どちらかに決め付けるべきではありません。

 また母は父のことをよく「(あの人は)嘘つきだから」と言ってました。

ではお父様は嘘つきだったかもしれません。しかし嘘つきはお母様の方かもしれません。嘘つきの人は、他人のことを嘘つきだと言うものです。虚言については、常にこうした難しさがあります。つまり、何が真実であるか、証明するとなると現実的にはかなり困難だということです。質問者が表現しておられるように、「現実的に考えて、これが事実である」と推定することはできますが、あくまで推定にすぎません。到底ありそうにない事のほうが実は事実だったということは少なからずあります。

たとえば父が虚言症だったとして、自分で嘘をついてると全く思ってない、なんてことがあり得るのでしょうか?

先の回答の通りです。最後は本人の主観ですので、他の人には永遠にわからないことです。そして、実は本人さえも、自分の言っていることが本当かどうか、また、自分は意識して嘘をついているのか、それとも無意識なのかということも、わからなくなっていることがあるものです。虚言はある意味神秘的ともいえる、人間の精神機能の根幹にかかわる症状なのです。

(2014.11.5.)

その後の経過(2015.1.5.)

05. 11月 2014 by Hayashi
カテゴリー: 精神科Q&A, 自殺, 虚言 タグ: , |