【4977】水戸の通り魔事件(2025.7.28.)について
Q: 2025年7月28日に茨城県水戸市で、異様な外見の男性が6人の通行人の方を包丁で次々に襲った事件がありましたが、報道によりますとこの犯人は、以前から、「監視されている」「誹謗中傷されている」「つきまとわれている」などという妄想を持っており、警察に相談したこともあるといいます。この犯人は典型的な統合失調症だと思うのですが、報道では統合失調症には触れられていないのは、日本のテレビや新聞は統合失調症についての知識がほとんどないということなのでしょうか。それとも、犯人の年齢(48歳)からすると、統合失調症の可能性は低いということなのでしょうか。また、犯人は、「私を止めにきた人を切りつけた」と言っているようですが、監視したりする人を攻撃するというのなら妄想による行動だと理解できますが、「止めにきた人」ということと妄想の関係はどう理解したらいいのでしょうか。監視したりする人への攻撃を止めにきた人がいるという妄想があったということでしょうか。それから、この犯人は逮捕されたあとどうなるのでしょうか。いくら病気だといっても人を傷つけたことについて責任能力がないわけはないですから無罪にはならないと思いますが、かといって、刑罰を科しても反省するはずがないので意味がないようにも思うのですが。色々と質問ばかりですみません。精神障害者の犯罪について真実を回答してくださるのは林先生だけではないかと思っていますのでお許しください。
林:
この犯人は典型的な統合失調症だと思うのですが、
この容疑者が統合失調症に典型的な妄想を持っている人であることは確かです。但し妄想性障害など、他の病気でも同様の妄想はありますので、統合失調症であると確定することはできません。もっとも、有病率からいえば(つまり、その病気の人の数からいえば。統合失調症は100人に一人という高い有病率の病気ですから、膨大な数の患者さんが存在します)、確率的には、統合失調症の可能性が最も高いと言えるでしょう。
報道では統合失調症には触れられていないのは、日本のテレビや新聞は統合失調症についての知識がほとんどないということなのでしょうか。
テレビや新聞など報道機関の方々が、この容疑者が統合失調症の可能性が高いという認識を持たないはずはないと思います。ただそれを報道として明言していないだけでしょう。その背景には、もしそれを明言すれば、統合失調症への差別や偏見が増すおそれがあるという事実があります。【4320】精神科患者が起こす迷惑行為に対する事例集はどうして出回っていないのですかもご参照ください。
それとも、犯人の年齢(48歳)からすると、統合失調症の可能性は低いということなのでしょうか。
統合失調症は20歳前後で発症することが多いですが、もっと上の年齢で発症することもありますから、48歳という年齢は統合失調症を否定する根拠にはなりません。また、発症は20代で、精神科を受診して薬を処方されて安定していたのに薬を飲むのをやめてしまい再発した可能性もありますし、発症してから治療を受けていないままにいたけれどこの年齢になるまで激しい症状が出るまでには至らなかった可能性もあります。
また、犯人は、「私を止めにきた人を切りつけた」と言っているようですが、監視したりする人を攻撃するというのなら妄想による行動だと理解できますが、「止めにきた人」ということと妄想の関係はどう理解したらいいのでしょうか。監視したりする人への攻撃を止めにきた人がいるという妄想があったということでしょうか。
「私を止めにきた人を切りつけた」と言っている というのは、警察での取調べでそう述べたと報道されたものだと思われますが、取調べについての記録や報道は、本人の言葉通りではないのが普通ですので、彼が正確にはどういう言い回しで言ったのかが不明です。したがって「私を止めにきた人を切りつけた」というような曖昧な表現の報道からは、妄想との関係を推定することは困難です。
それから、この犯人は逮捕されたあとどうなるのでしょうか。いくら病気だといっても人を傷つけたことについて責任能力がないわけはないですから無罪にはならないと思いますが、かといって、刑罰を科しても反省するはずがないので意味がないようにも思うのですが。
質問者は「責任」と「責任能力」を混同しておられると思います。精神障害による犯行の場合、心神喪失で無罪になることが、非常に稀ですがあることはあり、それは「責任能力」がないと裁判所が判断することによります。「責任能力」は法律用語で、日常用語の「責任」とは異なります。
この容疑者はこの後、検察官の判断によって精神鑑定が行われることになるでしょう。その結果を受けて、検察官が、責任能力ありと判断すれば起訴され、裁判になります。罪名はおそらく殺人未遂(及び銃砲刀剣類等取締法違反)ですから、裁判員裁判になります。その公判前に、裁判官が必要と認めれば、さらに精神鑑定が行われます。その後に公判(裁判官と裁判員による裁判)が行われることになります。報道の情報だけからは事件の詳細が不明ですので結果の予想は困難ですが、心神喪失(無罪)にはなりにくいでしょう。しかし心神耗弱とされ刑が減刑される可能性はあると思います。
(2025.8.5.)