【4891】双極性障害か境界性パーソナリティ障害か
Q: 20代の女性です。双極性障害か境界性パーソナリティ障害か、悩んでいます。
16歳の頃から軽い抑うつや希死念慮、思い詰めたときにリストカットをしてしまう等の症状が現れ始め、20歳で心療内科を受診しました。当初は「気分変調症」と診断されましたが、通院を始めて1年が経った頃、家から出るのが困難なほどの抑うつや、5日間連続で3時間程度しか眠れない状態、そして衝動的に屋上から飛び降りたくなるような感情が同時に現れ、診断名が「双極性障害」に変わりました。主治医はこれらの症状を躁状態と考えたようですが、同様の症状が出たのはこの時だけです。また、双極性障害は気分の変化が数ヶ月単位で起こることが多いとされていますが、私の場合は数日や数時間単位で変動することが多く、この点が気になります。薬の効き目が弱くなってきた頃などに強い抑うつ症状が現れることは認識できており、鬱状態に関する病識はあります。しかし、そのような時でも高揚感や不眠等、躁状態と思われる症状が現れたことはほとんどないため、本当に自分は双極性障害なのか疑問を持っています。
通院開始から1年半が経った最近、衝動性が高まってリストカットや過量服薬がやめられなくなったり、想いを寄せている相手への見捨てられ不安が急激に強まった結果、「私が死んだらどう思う?」と質問攻めにしてしまったり、同様の相手に見捨てられそうになった時に怒りの感情をコントロールできずに自分を痛めつけることで発散してしまう等の症状が現れ、主治医から境界性パーソナリティ障害を言われました。他にも境界性パーソナリティ障害を疑う出来事として、友人に対して同様の不安を感じて自殺を示唆するようなメッセージを送りつけて関係性を壊してしまったこともあります。信頼していた相手が味方ではなくなったと感じると、激しい怒りと絶望感で、自身を激しく痛めつけてしまいます。
境界性パーソナリティ障害について調べたところ、衝動性の高まりや細かな気分の変動、激しい見捨てられ不安等、自分に当てはまることが多く、私は双極性障害ではなく境界性パーソナリティ障害なのではないかと感じています。境界性パーソナリティ障害はうつ病を併発することが多いという情報も耳にしたことがあるため、もし自身が境界性パーソナリティ障害なのであれば通院前から持続していた抑うつにも納得がいきます。
文面からの推測は難しいと思いますが、林先生の見解をお聞きしたいです。
林: この【4891】は、やや大袈裟に言えば、現代の精神医学の診断体系の死角にあるケースであると言えます。「双極性障害か境界性パーソナリティ障害か」というご質問ですが、パーソナリティ障害は、基本的にその人の人生を通して常に現れる特性を指すものですので、この【4891】はそれには一致しません。【4891】には確かに境界性パーソナリティ障害によく一致する症状が見られていますが、人生を通してではなくある時期に限定したものですので、その時の症状がいかに一致していても、パーソナリティ障害という診断にはあたりません。他方、双極性障害は、質問者自身がお書きになっている通り、「気分の変化が数ヶ月単位で起こることが多い」ですから(診断基準上は持続は最短でも2週間)、「私の場合は数日や数時間単位で変動することが多く」ということは、双極性障害ではありません。
但し、パーソナリティ障害については、特性が常に顕在化するとは限らず、普段は一見落ち着いていても、潜在的なレベルでは常に特性が存在しているという場合もあります。そうであれば、ある限定的な時期とはいえ、境界性パーソナリティ障害によく一致した症状が現れているということは、パーソナリティ障害という診断が適切ということもありえます。もっとも、「潜在的なレベル」まで診断根拠にしてしまうと、逆にどんなに落ち着いていて何の問題がなくても、潜在的には特性が存在しているという解釈によって、どんな人でも精神障害と診断できてしまうことになって不合理であるとも言えます。
また、双極性障害については、たとえ「私の場合は数日や数時間単位で変動することが多く」ても、一度でも2週間以上の躁状態またはうつ状態があれば、診断基準上は双極性障害と診断できることになりますので、「数日や数時間単位で変動することが多」いことを理由に双極性障害の診断を否定することはできないとも言えます。
そうしますと【4891】は、「境界性パーソナリティ障害と診断できないが、境界性パーソナリティ障害と診断できるかもしれない。双極性障害と診断できないが、双極性障害と診断できるかもしれない」ということになり、これでは何の答えにもなっていないことになりますが、この混乱は、一部はメールからの限られた情報に基づく診断であることによる限界も関係しているものの、それよりむしろ、現代の精神医学の公式の診断体系の限界を反映していると言えます。すなわち、現代の精神医学の公式の診断体系(特にDSM)では、ある程度典型的なケース以外は、特定の診断名をつけることができないことになっているのです(「特定の」とは、言い換えれば、よく知られている診断名ということです。「よく知られている診断名」とは、「境界性パーソナリティ障害」や「双極性障害」などを指します)。
それでも精密に症状を検討すれば、DSMに基づいて、【4891】に、境界性パーソナリティ障害または双極性障害の診断をつけることは可能かもしれませんが、実はそれは臨床的にはほとんど意味がありません。臨床的には、DSMによる公式の診断よりはるかに重要なことは、【4891】に適切な治療は何かということです。この点、よく誤解されているのですが、公式の診断基準に基づく診断名と、最適な治療は全く一致しません。なぜなら公式の診断基準に基づく診断名は、病気の原因な成り立ちなどを無視した暫定的なものだからです。したがってやや極論的な言い方をすれば、「【4891】のようなケースでは、診断が境界性パーソナリティ障害か双極性障害かということは全く重要でない」ということになります。
その観点からこの【4891】のメールの内容を見ますと、治療に関係する重要な事実して、
薬の効き目が弱くなってきた頃などに強い抑うつ症状が現れる
という点があり(そのほかには治療に関係する記載はありませんので、メール上は、これが最も重要ということになります)、したがって言えることは、【4891】には薬物療法が必要であるということです。そういたしますと、診断名が何であれ、薬物療法を受け続けることが強く勧められます。
(2025.11.5.)