【4846】必ず春頃~初夏にかけては一日中臥床しているほど動けなくなります

Q: 医療相談ではなく事実を回答いただけるものとの基本方針に特に縋っての質問です。

私は30代男性です。8年前の4月よりベッドから起きられなくなる、通勤時に倒れる、職場のトイレで嘔吐するなどして精神科を受診し適応障害の診断を受けました。当時の上長が大声をあげる方であり、幼少より自分が相手でなくとも大声を聞くと貧血を起こす、嘔吐するなどの性質を持っていたため、適応障害であることに疑いは持ちませんでした。

一度休職し、5ヶ月ほどSSRIなどを用いて治療を受け、試し出勤などを行い無事復職しました。当時の上長も異動しており、職場の雰囲気は和やかなものでした。私も週一回通院しつつ服薬を続け、安心して労働していたのです
が、4月~6月頃には予兆なく調子を崩し再度休職しました。

上長が常と違うとはっきりわかるほど年度末に無理に働き過ぎたり、周囲のフォローに回ったりしており、その結果4月以降に燃え尽きているのではないかという疑義が産業医、主治医双方から寄せられ、私もその自覚があったため、感情の波に気を配るようになりました。

また、薬物療法も抗うつ薬から気分安定薬を視野にいれるようになりました。適応障害からうつ病に診断がかわりましたが、うつ病と双極性障害(II型)の両方をにらんでの治療となりました。

さらに、主治医のすすめで心理検査を受けることになり、ASDの疑いがあることも判明いたしました。うつ病で診断がおりているが双極性障害の疑いもあること、またASDの疑いがあることも視野に、試し出勤などを行いスムーズに職場復帰が行われ、また私の仕事にも気を配っていただきました。

日々の運動や食事にも気を配り、生活リズムを保つことを気にかけました。

残業はなしとすること、法や内規で明晰化されたシステマティックな処理に従事させることなど業務内容に気を配っていただくとともに、気分が昂ぶっているように見える場合、上長がリラックスしてくるよう促してくださることもよくあり、たいへん助かりました。

自分では単に調子が良いとしか思えず昂ぶりを自覚できず、しかし上長に指摘いただき一息ついていると、確かに「あがって」いたと事後的に気づくことができ、クールダウンできるのは本当にありがたかったです。

職場の方々は皆優しく居心地がよく、仕事の内容も充実して成果をあげられ、勤務時間的にも残業がなく仕事もたまらず無理がないため、人間関係、仕事内容ともに最高のものと喜んで働いておりました。

年度末も上長が気分の高まりやオーバーワークを気にかけてくださることもあり、無理することはなく淡々と仕事を行い、しかし春の年度明けには起床できなくなりまた休職いたしました。

初めて休職して以来、様々な治療を試しましたが、どのような薬を飲んでいるかにかかわらず、必ず春頃~初夏にかけては一日中臥床しているほど動けず(倒れた初期の段階では一日中ベッドから起きられないため何も食べない、一週間~二週間入浴できない、などは普通です)、夏の終わりから冬にかけてあっさりと復調します。

そのため、復調後は職場での試し出勤だけでなく外部機関でのリワークプログラムなどを援用した場合も必ず何の問題もなくクリアして職場復帰してしまいます。

問題なく復職し、問題なく就労した後、また私は春に休職にいたりました。
通常数ヶ月~1年程度休むところ、より長めに休職期間をとっていただいたのですが、やはり夏の終わりから冬にかけては活力が増し、生活リズムや運動量は崩すことなく維持できました。なんの困難もありませんでした。

しかし、服薬し健康的に生活しているにもかかわらず、かつ休職中で心身を休めているにもかかわらず、春が来ると臥床し全く動けなくなりました。これが今年、現在のことです。

意識していない職場ストレスで春に調子を崩しているかもしれないとも思っていたので、ただのんびりと休んでいるだけの状態から、春に全く動けなくなることは衝撃的でした。

どれだけ普通に生活をしていても、様々な薬を試しても、労働していてもいなくても、春がくるとベッドから起き上がれない状態になってしまいます。

軽躁は意識できないこともありますので、休職中は生活リズム記録をつけて春前に暴飲暴食や徹夜などが発生しないか見張っていたのですが、そうしたくなる欲求はあったもののおさえきれ、少し自信がついたところで起き上がれなくなったのでショックでした。

主治医、産業医ともに経過には波があるものであり、深刻に気にするものではないと仰っていただけています。事実、治療の経過とはそのように進行するものであり、短・中期間で劇的に回復するものではないと承知しております。

また、職場環境や仕事量の調整、そして私自身の気質・生活リズムの把握や、低空飛行であっても気分の波を働ける状態に将来的には落ち着けようとする努力は少しずつ改善されていっていると思います。

しかしながら、その改善は長期的にあらわれてくるもので、現状は同じ時期に同じ程度、同じ期間調子は崩れます。

また、同じ時期に同じ程度調子が劇的に回復します。

周囲の環境や私の病気との付き合い方、そして病状の把握による治療方針の適正化など、治療に向けての努力はよい方向に進んでいると思うのですが、休職-復職のサイクルに短期・中期的には何ら変わりはありません。働けている時期が長くなったり短くなったりもせず、一定の期間に一定の状況が必ず発生します。

職場はこれ以上ないほどの(法が言うところの)合理的配慮を私にはらってくださっていると思います。要求すればこれ以上の配慮も行ってくれるでしょう。

しかし、私はそろそろ10年近く組織の重荷となっており、治療プロセスの改善でなく、休職-復職というサイクルの改善が見えてこなければ組織として無限にコストを支払うこともできず、かなり状況が厳しいと、組織の方は申し訳なさそうに告げてくださいました。もっともなことだと思います。

主治医・産業医は波を伴いながら長期的な回復を目指すよう応援してくださり、むしろ気が逸ることがよくないと諭してくださり、この認識のもと治療を受けることは患者として正しい姿勢と思っています。

しかしながら、社会人として現状では単純に使い物にならないことも事実です。休職中でリラックスしていたにもかかわらず、突然起き上がれなくなることを経験してしまったので、少なくとも将来直近1~3年程度は職種によらず私は春になると倒れるでしょう。人材として使いにくいことこの上ありません。

長期の休職を経験したこともあり、一切の収入が入らなくなったこともあり、一度家族の支援を受けました。短期・中期的には現況を繰り返すならば再度同じ状況に陥るでしょう。

しかし親にはもう私を支援する財力はありません。これは親が既に退職してしまっており、本人に申し訳なさそうに明言されているところです。これ以上なく親にはよくしていただきました。

親に支援していただいた金銭をせめて返したいと思っているのですが、それすらできていないどころか、また不甲斐ないところをみせてしまいそうです。親にも医師にもそういうことを気にするとよくないと諭されているので、なるべく考えないようにはしています。

自立支援医療などの公的支援は当然受けていますが、それでも労働なくして活するだけの財力は私にはなく、一切の覚悟を決めて完全な公的支援を受けながら治療に専念する必要もあるかもしれないと考えているところです。

主治医・産業医はまだ労働を諦めることは勇み足だと仰っているのですが、組織は疲弊しきっています。例年通りならおそらく私は今年の夏の終わりには復調し、組織が要求するどのような課題もクリアし問題なく復職でき、そして来年の春過ぎに起きられなくなり休職するでしょう。

私という患者についての知見は蓄積され、長期的には快方に向かい、そして一生病と向き合うとしても付き合い方を学び、乗りこなせるようになっていくものと信じて治療に向き合っています。しかし、私の就労・実生活については1~3年レベルの短期的な視野が必要です。

生活を労働で安定させるためには、組織にとって私が労働者として所定の勤務を適切に果たせることを示す必要があります。どの組織に就くにしてもそれはそうでしょう。一年のうち数ヶ月しか働けないのでは組織も困り、私がこなせるような季節指定の労働では私も生活ができないところです。

であれば思い切って長期的にものを見て労働から離れ公的な保護のもと治療に専念すべきではないかとも思うのですが、これは先述のとおり主治医・産業医ともに労働を諦めるにはまだ早いとのお考えです。

しかしながら、短期・中期的に私が具体的にどのような社会生活を送り生き抜けばよいのか判然とせず、今後1~5年程度の私の休職-復職のサイクルがどうなる見込みかについても主治医・産業医ともに言葉を濁されます。

これも当然のことと思っています。治療方針としてそうなのかもしれませんし、エビデンスベースドで考えるならば不確かなことは言えないと思いますので、むしろ変に断言されないことは誠実であると考え、医師を信頼しております。

ただ医師は「短期・中期的に休職-復職のサイクルがどうなるかはわからない」といった事実に関する回答は必ず避け、「短期・中期的なことはそもそも考えず、波を受け入れながら良くなったり悪くなったりを繰り返しながら段々乗りこなせるようにしましょう。長期的に見ましょう」という長期的な治療の方針を諭してくださいます。

治療の方針としてそれで間違いなく、余計な事を汲々と考えるとかえって治療に悪影響ではないかとも考えています。しかし、直近の数年をなんとか稼いで生きなければ単純に物を食べられずに死んでしまうので長期的な治療を受け続けることもできません。

生きるためには働くか家族に養われるか(その財力が家族にないことは先述のとおりです)公的な支援のもとに置かれるか、とにかくいずれかを選んで生存を確保しなければなりません。

ですが、医療的には長期的な展望しか示していただけないのが現状です。先述のとおり、これも致し方ないものと思っております。特に抑うつ的であったり、軽躁的であったりする場合、人生における重大な判断を軽々に行うおそれがあります。誤った短慮のための餌をわざわざぶら下げることが適切であるとも思えません。私が自身の軽躁を意識できないように、私は自身の軽々な判断を意識できないでしょう。

以上のことは理解しているのですが、医師の見解を受け入れる場合、私は早計な判断を下さないかわりに、現状を維持し厚顔無恥にも休職-復職を何年も繰り返し、組織に寄生し続けることになるでしょう。

管理職でもない労働者が組織の都合など考える必要はないと主治医は仰ってくださっており、それはもっともだとは思うのですが尊敬する同僚や上長に負担を強い続けることは痛苦です。

今の仕事は人の役に立ちたいと思ってはじめたもので、自己目的に状況が逆行しているという認識があります。もっとも、これも長期的な回復を考えるならば勇み足、尚早に過ぎる思考でしょう。

おそらく主治医に相談すれば責任を負える程度に快復してから責任を負えばよいと仰ると思います。

以上の前提の元、長期的にはきっとよくなると信じているものの、短期・中期的な自身の生活上の戦略を決定するための精神医学的な経過についての事実の知識を欠いていることが私の不安となっています。

そのため、「ざっくりとした私の病状の経過の予測」や「そのような予測を本質問から導出することはできない」や「できるできないに関わらず質問者に予測を提出することはふさわしくない」などお示しいただけるとたいへんありがたいです。

「質問者は強迫的かつ悲観的に微視的な浅慮に囚われているに過ぎない」と切って捨てていただいても構いません。そうである自覚もあります。主治医・産業医ともにとにかく長期的に見るようにと仰っているのですから、専門的な知識を何ら持たず、病に罹患している私が変に近い将来ばかり見て短慮を起こしている蓋然性は極めて高いように思います。愚かな視野狭窄と一刀両断いただければそれはそれでとても安心できるかと思っているところです。

しっかりと病を治すためには生活を送らねばならず、そのしるべとして事実に関する知識がほしいのです。その知識は単純な経過の予測でも、それができないことでも、標準的な治療方針としてそれを患者に示すことが適切でないという合意でも、この質問文のような思考そのものを止めた方が良いという切り捨てでも、どれでも構いません。

現状短期・中期的に私が持っている精神医学的な知識がなにもなく、仮に「何も情報は与えられない」ということであっても、そのことがひとつのしるべとしてとてもありがたいです。

いずれにせよ、回答いただけたにせよ、いただけなかったにせよ、それを金科玉条にして短慮に走ったり、軽々な判断を下したりせず、主治医や産業、組織や家族、行政など冷静であったり専門的な知識を持つ方々の広いアドバイスを受けながら少しずつ直近の数年を生き抜くよういたします。

そのための材料として、一つ知識をいただければ非常に幸いです。

 

林:
(1) 質問者は、ご自身の状態をかなり客観的かつ正確に把握しておられると思います。

(2) その状態とは、端的には、いわゆる季節性うつ病 (seasonal depression)です。現代の診断基準に準拠すれば双極II型障害かもしれませんが、臨床的かつ現実的には、季節性うつ病であるという視点が最も正鵠を射ているでしょう。ご質問タイトルの「必ず春頃~初夏にかけては一日中臥床しているほど動けなくなります」という描写が最も正確な要約になると思います。

(3) この質問メールは「春頃〜初夏」に書かれたものですので、現状と、それから過去についても未来についても、実際以上に悲観されている可能性はあります。上の(1)に「かなり客観的かつ正確に把握しておられる」とお書きしましたが、この点はある程度割引する必要はあると思いますが、「かなり客観的かつ正確」とまでは言えるでしょう。

(4)
「ざっくりとした私の病状の経過の予測」

このご質問に回答するためには、これまで受けて来られた治療の具体的な内容がまず必要です。すなわち、これまでの経過だけから見れば、今後もこれまでと同じように、毎年春頃から初夏にかけてほぼ完全に非生産的な状態になると予測することになりますが、それはこれまでの経過だけから見た場合の予測で、治療についての情報があれば話は別になるか、少なくとも別になる可能性はあります。ということはつまり、治療についての情報がなければ今後の経過は予測できないということになります。

(5)
メールには

様々な薬を試しても、

という記載がありますが、これだけでは治療についての情報とは言えません。具体的にどのような薬をどれだけの量、どれだけの期間試したのか。そうした情報が必須です。

(6) また、精神科の治療は薬だけではありません。特にうつ病に関していえば(ここでいううつ病にはseasonal depressionや双極II型障害を含みます)、薬が十分な効果をもたらさないケースでは、ECT(電気けいれん療法)やTMS(磁気刺激)といった治療法もあります。質問者はこうした治療は試みられたのでしょうか。ECTには維持ECTと呼ばれる方法、すなわち、寛解状態を維持するために、一定期間ごとに行うという方法もあります。この【4846】では、たとえば、毎年春頃、悪化する前の時期にECTを行うという方法も考えられるでしょう。

(7) 以上の通りですので、これまでの治療についての具体的な情報がなければ、今後の経過についての予測は不可能です。

(2025.6.5.)

その後の経過 (2024.7.5.)

05. 6月 2024 by Hayashi
カテゴリー: うつ病, 精神科Q&A, 躁うつ病, 電気けいれん療法