【4781】統合失調症の前駆症状と診断された息子への対応について
Q: 16歳の息子のことでご質問いたします。私は40代の母親です。
息子は、高1の4月頃「すごく心配になってしまうことがある。」と精神科の受診を希望しました。1件目のAクリニックは、話を聞いただけで継続受診の必要はないとされたようです。
7月頃にもう一度精神科を受診したいとの事で、高校生の診察に力を入れているとホームページに書いてあったBクリニックを受診しました。
心配の内容が親に知られたくないようなことで(後から分かりましたが、アダルトサイトをクリックしてしまったことで、個人情報がネットにさらされるのではないかということのようです。)、最初は一人で受診したいといい、一人で受診をさせていました。
11月頃に、親が呼ばれ、強迫観念の治療をしていたけれど、デプロメール 25㎎/1日ではなかなか強迫観念が消えないので、統合失調症の薬であるレキサルティ1.0mgを付加したいとのことでした。
強迫観念の治療に統合失調症の薬を少量付加する増強療法があることと、強迫観念がしつこいから統合失調症の前駆症状も視野に入れているとのことでした。
この時点では、統合失調症ではないと思いますけどねということでした。
11月中旬頃から、強迫観念は収まったものの、過敏性腸症候群の症状が出てきて(下痢型でなく便秘型)、心気症も強迫の一種ということで、デプロメールが75mg レキサルティが1.5mgになりました。過敏性腸症候群は良くならず、レキサルティの副作用なのか異常な眠気が出て、学校にはなんとか通うものの、帰宅後15時頃から翌朝まで倒れるように寝てしまい、夕飯も食べられないようになりました。
11月下旬に、テスト勉強をしていたところ、得意なはずの科目が全然覚えられず、どうしようどうしよう頭がぼーっとして何も入ってこない、テストで悪い点を取ってしまうととても慌てた様子になりました。翌日予約を早めて受診をすると、統合失調症になりかけていますね、レキサルティのおかげで激しい陽性症状を抑えられている状態です。もうテスト勉強も一切やめさせて、テストは受けさせないで、全日制高校も止めて、通信制高校にすぐ転校して、障害者手帳を取って、就労支援で大手企業に入るとコスパがいいですよ。障害者手帳で医療費も安くなりますと突然言われました。息子さんの目指したい進路(大学)と自分の能力の差がありすぎるんでしょうね~とのことでした。
息子の通っている学校は、中堅の公立で、大半の生徒さんは大学に行きます(必ずしも難関大学ではありません。)。息子は毎日登校し、テスト前しか勉強はしないものの、上から3分の1程度のところにいました。2学期の中間テストでは、学年トップの教科もありました。なお、中3の夏休みまでは、難関高校向けのコースにいて塾にも期待されていたのですが、9月から塾の課題が倍量になり、ここまで頑張って難関校に入ってまた頑張る道は自分には合わないということで、そのコースから他に移り、学力に余裕のある高校で指定校推薦を取りたいと今の高校に入りました。2番目のBクリニックの医師は、それも認知機能の低下で勉強ができなくなっていたんでしょうね、とのことです。
テスト勉強が辛いなら、テスト勉強をせずにただ受けるだけというのはどうですか?と聞くと、「お母さん、そんなことをさせたら気が狂いますよ。」 と5回ほど言われ,、次のような処方になりました。また、前駆症状で障害者手帳は取れないのでは?と聞くと、一回でも陽性症状が出れば問題なくとれるから大丈夫ですと言われました。陽性症状が出て、脳がダメージを受けて、症状が悪化するのを防ぐために前駆期から介入しているのに、「大丈夫」の意味が違うのではないかと悲しくなりましたが、突然、障害者手帳、通信制高校への転校などと言われたので混乱しており、ただ聞いておりました。
レキサルティ2.0
デプロメール75
ヒベルナ75
クエチアピン37.5
医師がそのように断言するため、私も息子も怖くなり(息子は医師の言うことに真面目に従います。)、学校と相談をし、期末テストは受けませんでした。その後、その医師の指示で単科精神科のC病院に転院をしたところ、初診では、統合失調症の前駆症状というのはいろんな可能性の一つとしてはあるが、強迫の傾向の方が強い印象です。ただ強迫観念と言えるかどうかわかりませんし、それも今はなく、強迫行動もないので、診断名は今日はつけられません。
0か100か思考のような思考の癖やストレスマネジメントをカウンセリングなどで学ぶのが良いかもしれません、テストも受けないという極端なことではなく、行って名前だけ書いてくるくらいでも良かったかもしれないですね、と言われました。転院時は処方は変えないということで、眠気と頭がぼーっとする感じはずっと続いていました。
その後、デプロメールを2日間飲ませるのを忘れていて(上記のようにとても早い時間から寝てしまうので、就寝前の薬は親が管理をしていたのですが、父親が間違えました。)、不安感が増してしまったりしたので、予約外で受診しました。新しい医師も、予約外で受診するような状況になったことや不安の内容を見て、統合失調症の前駆症状が気になるということで、次のような処方になりました。
アリピプラゾール 12
デプロメール75
ヒベルナ75
クエチアピン37.5
この処方になった次の日から、眠気はなくなり、就寝時間も21時~7時と多めではありますが普通に近づきました。また予約外で受診した時のような不安な様子もありません。冬休みに入り、家ではのんびりし、友達と会うなど楽しく過ごしています。
頭が久しぶりにクリアになったので、期末テストを受けなかったこと、11月の中旬くらいから頭がぼーっとしており、起きているのが精一杯だったので授業に身が入らなかったことから、「勉強がすごく遅れてしまった。どこから手を付けてよいのかわからない。指定校推薦も取れなくなってしまった。」「統合失調症で認知機能が低下するなら人生終わりではないか?いや、きちんと服薬して良い状態を保てば大丈夫なのか?」という現実的な心配をしたり、自分を奮い立たせたりしています。
学校の先生とは診察の経過を共有しており、すぐに頑張ろうとするとストレスが大きすぎるからゆるゆるやった方が良さそうですねと理解を得ています。息子は、診断やこれからのことで悩む時間が増えていますが、母親から見ると、それは当然だと思いますし、病気の症状としての不安というのとは違うように思っています。
統合失調症の前駆症状というのは、徐々に症状が現れていく方が予後が悪いということと、前駆症状を認めたときの介入方法が投薬治療やカウンセリング、環境調整(息子の場合は勉強の負担の少ない通信制高校に移ることなど?)などいろいろあるのではないかと思っています。医師は教えてくださらないのですが、本や林先生のホームページを拝見してこのように理解しています。
この先、2番目のBクリニックの医師が言うように、認知機能が低下していくなら、全日制高校は辛そうだと思う反面、息子は、全日制高校にいたいと言うし、クリニックの先生に就労支援のパンフレットをもらったけどそういうのは全然考えていないと言っています。もう高校生ですし、親が「安全な道」をお膳立てするのではなく、通院をしながら、息子の選択に任せ、様子を見ながら通信制高校に転校するなどを考えたいと思っています。2番目のクリニックの医師は認知機能が低下している子にそんな選択は無理と言っていました。
2番目のBクリニックの医師の自信に満ち溢れた助言が気になり、この選択に自信が持てないでいます。
精神科の医師は、このように断定的に助言をするものなのでしょうか。障害者手帳を取る事をコスパが良いという発想も違和感があります。
単科精神科病院の医師は、デプロメールを飲ませ忘れたときの状況を見て(不安で居ても立っても居られない感じになりました。)、統合失調症の前駆症状が心配になったようで、前駆症状の治療を続けるとのことです。その前までは抗精神薬は徐々に減らしていきましょうとおっしゃっていたので、デプロメールが欠けたことで悪化=デプロメールが重要な役割を果たしていたと素人的には思ってしまって、抗精神薬を減らす方向性が強まるのかなと期待していたところ、反対になってしまって非常にがっかりしたのですが、そこは素人が判断するところではないので受け入れています(このように私が「薬増やすのですね・・・」とつぶやいてしまったことで、単科精神科病院の医師は、気分を害してしまい、その後、質問しても怒りの反応が返ってくるようになってしまい、反省しています。)。
精神科に一回かかって投薬を受けると、勝手に薬を減らすことはできず、長期的に脳にどのような影響があるか分からない薬を服用させなければならないので、親としては辛いところです。
前駆症状とは何なのか?というところも、あまり文献に載っておらず、説明もなく、個々の精神科の先生の状況の把握、評価に基づく判断だと思いますので、本当に前駆症状なのか?という気持ちが奥底にあり、より一層辛いところなのかもしれません。
一方で、本当に前駆症状なら早く見つけてくださって、治療的介入が早くて良かったというところだと思います。
取り留めがなくなりましたが、統合失調症の前駆症状と言われている息子に、ストレスが増えるかもしれない方向であったとしても、自分で決めさせてよいでしょうか(もちろん相談に乗り、フォローもし、医学的な状況も整えます。)、また、前駆症状の治療も、統合失調症本体の治療と同様、一生続くのでしょうか。
今の主治医は、上記のとおりご気分を害してしまい、質問をすると怒るようになってしまったので、信頼関係は徐々に回復をしていくつもりですが、時間がかかりそうなので、林先生にご質問をさせていただきました。
林:
統合失調症の前駆症状と診断された
このような場合、大前提として次の2点をしっかりと認識しておく必要があります:
(1) 統合失調症の前駆症状であることを確実に診断することは現代の医学では不可能である。
(2) 統合失調症の経過を確実に予想することは現代の医学では不可能である。
したがって、この二つの大前提に照らせば、この【4781】のケースについてのBクリニックの医師の以下の説明は不適切であることは明らかです:
統合失調症になりかけていますね、レキサルティのおかげで激しい陽性症状を抑えられている状態です。もうテスト勉強も一切やめさせて、テストは受けさせないで、全日制高校も止めて、通信制高校にすぐ転校して、障害者手帳を取って、就労支援で大手企業に入るとコスパがいいですよ。
この説明が不適切であることは上の(1)(2)から明白だと思います。統合失調症の前駆症状であることは誰も確実には診断できないことに加え、仮に診断できたとしても経過は確実に予測できないのですから、この【4781】のケースの今の段階において、将来の生き方を決めることなどできるはずがありません。
但し(3)(4)として次の点にも留意する必要があります:
(3) 統合失調症の前駆症状であることがかなり確実に診断できる場合がある。
(4) 統合失調症の経過がかなり確実に予想できる場合がある。
つまり、診断も経過予測も厳密には不可能であっても、ある程度までなら確実に言える場合があるということです。この点については後ほど追加説明しますので、今はまず上の(1)(2)の大前提を意識して読み進めてください。
< Aクリニックの医師の判断について >
息子は、高1の4月頃「すごく心配になってしまうことがある。」と精神科の受診を希望しました。1件目のAクリニックは、話を聞いただけで継続受診の必要はないとされたようです。
Aクリニックの医師が息子さんが統合失調症の前駆状態にあるかもしれないと考えたか否かは不明ですが、仮に考えたとしても、その可能性はかなり低いと判断されたのでしょう。この判断の正否については評価困難です。(仮にその後に統合失調症を発症したとしても、Aクリニック受診の時点で前駆症状の疑いありといえるまでの症状があったか否かはもはや不明だからです。このとき、ほんの少しでも疑いがあれば経過観察のために通院を続けるよう指示すべきだったという指摘は適切とは言えません。なぜなら、高校1年の少年に対して、ほんの少しだけ統合失調症の前駆症状の疑いがあるというだけで精神科通院を続けていただくのは現代の日本で適切とは言えないからです)
< Bクリニックの医師の判断について >
11月頃に、親が呼ばれ、強迫観念の治療をしていたけれど、デプロメール 25㎎/1日ではなかなか強迫観念が消えないので、統合失調症の薬であるレキサルティ1.0mgを付加したいとのことでした。
強迫観念の治療に統合失調症の薬を少量付加する増強療法があることと、強迫観念がしつこいから統合失調症の前駆症状も視野に入れているとのことでした。
この時点では、統合失調症ではないと思いますけどねということでした。
ここまでは標準的かつ適切な説明と治療であったと言えます。但し最後の「統合失調症ではないと思いますけどね」は、その医師の真意であったかどうかはわかりません。また、その医師の説明はむしろ統合失調症の可能性を示唆するものであったところ、質問者が「統合失調症ではない」と解釈した可能性もあるでしょう。
11月下旬に、テスト勉強をしていたところ、得意なはずの科目が全然覚えられず、どうしようどうしよう頭がぼーっとして何も入ってこない、テストで悪い点を取ってしまうととても慌てた様子になりました。翌日予約を早めて受診をすると、統合失調症になりかけていますね、レキサルティのおかげで激しい陽性症状を抑えられている状態です。
11月下旬ということは、「統合失調症の前駆症状も視野に入れている」「統合失調症ではないと思います」から1ヶ月もたたないうちに「統合失調症の前駆期である」「激しい陽性症状が出ていないのはレキサルティの効果である」とBクリニックの医師は確定的に判断されたことになり、この経過はかなり違和感のあるところです。冒頭に記した大前提(1)の通り、「統合失調症の前駆症状であることを確実に診断することは現代の医学では不可能」だからです。もし陽性症状が顕在化すれば、統合失調症の診断は確定的で、するとそこから遡って、その前の状態は前駆期であったとは言えますが、このケースでは陽性症状が顕在化はしていないわけですから、前駆症状であったと言うことはできないはずです。
そもそも前駆期という用語は、実際に発症してから遡って使うことしかできない性質を持つ用語です。「統合失調症を発症していないが、前駆期かもしれない」というとき(まさにこの【4781】がそれにあたります)の正式な用語はARMS (「アームス」と読みます。At Risk Mental Stateの略語です)で、この用語は、「将来、統合失調症を発症するリスクがある」という意味で、それ以上でもそれ以下でもありません。ARMSについては【2007】統合失調症らしい症状が私にはあるのですが、悪化のおそれがないのなら病院には行きたくありません 、【4524】ただの自意識過剰か統合失調症の初期症状か などをご参照ください。
それでも、Bクリニックの医師が特別な名医で、統合失調症の前駆期であることを非常に高い確率で見抜くことができたという可能性が残ることは残ります。先に(3)として記した通り、統合失調症の前駆症状であることがかなり確実に診断できる場合はあり、その「かなり確実に診断」できるレベルは、医師の技量によってかなり異なるからです。
しかしBクリニックの医師がそのような名医である可能性は低いでしょう。なぜなら先に(2)として記した通り、統合失調症の経過を確実に予想することは現代の医学では不可能ですから、
もうテスト勉強も一切やめさせて、テストは受けさせないで、全日制高校も止めて、通信制高校にすぐ転校して、障害者手帳を取って、就労支援で大手企業に入るとコスパがいいですよ。
という説明はあまりに軽薄と言わざるを得ず、このような軽薄な説明をする医師が名医であるとは考えにくいからです。
(「ARMSの段階で、それが統合失調症の前駆症状であることをかなり確実に見抜ける名医」は存在し得ても、「前駆期の段階で、その後の長期にわたる経過をかなり確実に見抜ける名医」が存在することはあり得ません)
< C病院の医師の判断について >
初診では、統合失調症の前駆症状というのはいろんな可能性の一つとしてはあるが、強迫の傾向の方が強い印象です。ただ強迫観念と言えるかどうかわかりませんし、それも今はなく、強迫行動もないので、診断名は今日はつけられません。
「統合失調症の前駆症状というのはいろんな可能性の一つとしてはある」は最も適切な説明です。「診断名は今日はつけられません」もこの場合に最も適切な慎重な姿勢だと思います。「強迫の傾向の方が強い印象」か否かはメールからは判断できません。どちらの傾向が強いかはともかく、統合失調症の前駆症状の可能性と、統合失調症ではなく強迫性障害(強迫症)の可能性の両方があると認識すべきでしょう。
その後、
息子は、診断やこれからのことで悩む時間が増えていますが、母親から見ると、それは当然だと思いますし、病気の症状としての不安というのとは違うように思っています。
とのことですが、それは母親としての甘い考えでしょう。不安などの症状は、ご家族からは、「この状況なら当然」という判断に傾くのが常です。それは病気の症状であることを否認したいという心理から発生していることが大部分です。
統合失調症の前駆症状というのは、徐々に症状が現れていく方が予後が悪いということと、前駆症状を認めたときの介入方法が投薬治療やカウンセリング、環境調整(息子の場合は勉強の負担の少ない通信制高校に移ることなど?)などいろいろあるのではないかと思っています。
その通りですが、息子さんの場合、統合失調症の前駆期かどうかはまだわからないという前提でこれからのことを考えるべきです。
もう高校生ですし、親が「安全な道」をお膳立てするのではなく、通院をしながら、息子の選択に任せ、様子を見ながら通信制高校に転校するなどを考えたいと思っています。2番目のBクリニックの医師は認知機能が低下している子にそんな選択は無理と言っていました。
2番目のBクリニックの医師の自信に満ち溢れた助言が気になり、この選択に自信が持てないでいます。
Bクリニックの医師の判断は、前述の通りの理由で、信用できません。
前駆症状とは何なのか?というところも、あまり文献に載っておらず、説明もなく、個々の精神科の先生の状況の把握、評価に基づく判断だと思いますので、本当に前駆症状なのか?という気持ちが奥底にあり、より一層辛いところなのかもしれません。
そのお気持ちはよく理解できるところです。この回答冒頭の大前提(1)(2)をいま一度ご確認ください。 「本当に前駆症状なのか?」、それは誰にもわからないというのが事実です。
一方で、本当に前駆症状なら早く見つけてくださって、治療的介入が早くて良かったというところだと思います。
そのご判断は正しいかどうかわかりません。必要のない治療介入がなされている可能性がまだ否定できないからです。
取り留めがなくなりましたが、統合失調症の前駆症状と言われている息子に、ストレスが増えるかもしれない方向であったとしても、自分で決めさせてよいでしょうか(もちろん相談に乗り、フォローもし、医学的な状況も整えます。)
そのご方針を否定する理由は見当たりません。十分にフォローしつつ、ご自身の意思を最大限に尊重されるのがよいと思います。
また、前駆症状の治療も、統合失調症本体の治療と同様、一生続くのでしょうか。
息子さんの症状が前駆症状か否かはわかりません。ということは息子さんが統合失調症か否かわからないということです。したがって、治療は続ける必要があるかもしれないし、ないかもしれません。それでも確実に言えることは、いま治療を中断するのは適切でないということです。今後も症状は変動することが予想されますが、変動に一喜一憂せずに(薬の増減についても一喜一憂せずに)、忍耐強く、冷静に、そして慎重に、治療を続けてください。
(2024.1.5.)