精神科Q&A
【2007】統合失調症らしい症状が私にはあるのですが、悪化のおそれがないのなら病院には行きたくありません
Q: 20代女性です。質問させていただきたいのは私は統合失調症なのだろうかということです。 大学に入り一人暮らしをするようになってからのことです。学内でも外出先でも、ずっとあらゆる人に悪口を言われているように感じていました。特に、「きしょい」と通りすがりに多くの人が私に対して言っているように感じていました。聞こえる笑い声は自分を馬鹿にしたものであるようでした。それで酷く苦しく、自分を変える努力もしましたが収まらずに、人と関わることを避けるようになっていました。サークルにも入っていましたが三年ほど孤独に過ごしていました。 周りが悪口を言っているように『感じていた』、と書きましたが、人々が本当にそう言っていると私は確信していたのです。実際、今でも間違いないと思うような場合もいくつかあり、それらが混じって事実か妄想か判断し辛いと思う部分もあります。しかしあまり通りすがりに「きしょい」なんて言うものではないのではないか、とも思ってもいます。 聞こえてくるそれらが幻聴なのではないかと言うのを疑いだしたのは、偶然『統合失調症』という病気を知り、その症状に幻聴が含まれるところから、本当は全て自分が妄想しているだけなのではないのかと考えるようになってからです。例えば、友人と共に遊んでいる時や家族との外出した折、私(と一緒にいる人含む)に向けられた悪口が私は聞こえるのに友人や家族は何も反応していないので聞こえていないのかな、と思ったことが何度かありました。これが幻聴なら、周りの態度は納得できると気付きました。 それからというもの、自分は精神病を患っているのではないかと様々な精神病の症状を眺めるうちいくつか当てはまる症状がありました。 思えば、小学生の時代に転校したてでいじめられていた頃、家の外から聞こえた笑い声が自分のことを笑っているように感じたり、ある時まで独り言をたくさん言うのはおかしいと気付かなかったりしました。夏休みは何もしたくなくてずっと引きこもり眠り続けて友人の誘いを断り続けたこともあり、これは統合失調症の陰性症状のようですよね。あと、カーテンを開けていると誰かに見られている(視線恐怖症?)とずっと感じていました。あとは先述の悪口が聞こえるというものです。
中学、高校時代にはこれらの症状はほとんどなかったように思います。ただ、死にたい、という気持ちが大学受験の時以降ずっとありました。これに関してはうつ病かな、という自覚を持っていましたが、ぼんやり死にたいと思うだけで行動に移すまでは行きませんでしたから、心療内科に行く程でもないと思って行かずにいました。 バイトを始め、結構その中での人間関係も上手くいっていたおかげか症状は治まっていたのです。私自身が明るくなったこともあってか、悪口(幻聴?)も聞かれないようになっていました。記憶力や集中力が落ちたということは今までのところ一切ありません。 しかし、最近隣人の話し声がうるさくなってきて、ストレスのせいか隣人が「気持ち悪い」と私のことを言っているのが(言っているように)聞こえます。 よく分からないのですが、統合失調症では精神科や心療内科の薬を処方されずともこのように症状が収まったり出てきたりするものでしょうか。 私は精神科か心療内科を受診すべきなのでは、と思ってはいるのですが、父が一度、うつ病の部下の人に対して差別的なこと(病気だといって甘えているだけ)を言っているのを聞いて以来、親を失望させるのが怖くて行けずにいます。社会も家族も友人も、もし自分が精神的な病気だということが確定したら自身を拒むのではと恐ろしいです。お金もそうあるわけではありません。死ぬほどのことでもなし、病状が今以上に確実に悪化するという危険がないなら私は病院に行きたくないのです。私が統合失調症なり他の病気なりそうであると確定したとして、薬をもらってなお一生薬を貰わなければならないことになるかもしれないというから余計に嫌です。しかしいきなり大声を出したりというような症状が出るようになるのはもっと嫌です。人に迷惑をかけるようになるくらいなら心療内科に行った方がいいとも思います。 ほとんど自分でそうだろうと確信してはいるのですがあえてお伺いしたいのです。私は統合失調症でしょうか。他の病気も併発しているのでしょうか。 また、このように自覚があってなお、この病気の症状は人に迷惑をかけうるほど悪化しますか。 長文お読みくださり、ありがとうございました。よろしければお答え願います。
林:
大学に入り一人暮らしをするようになってからのことです。学内でも外出先でも、ずっとあらゆる人に悪口を言われているように感じていました。特に、「きしょい」と通りすがりに多くの人が私に対して言っているように感じていました。聞こえる笑い声は自分を馬鹿にしたものであるようでした。
軽い幻聴です。被害妄想的な過敏さとみることも可能です。
それで酷く苦しく、自分を変える努力もしましたが収まらずに、人と関わることを避けるようになっていました。
生活レベル低下です。
周りが悪口を言っているように『感じていた』、と書きましたが、人々が本当にそう言っていると私は確信していたのです。
軽い幻聴ですが、軽いといっても、ある程度の強さの確信度があります。
偶然『統合失調症』という病気を知り、その症状に幻聴が含まれるところから、本当は全て自分が妄想しているだけなのではないのかと考えるようになってからです。例えば、友人と共に遊んでいる時や家族との外出した折、私(と一緒にいる人含む)に向けられた悪口が私は聞こえるのに友人や家族は何も反応していないので聞こえていないのかな、と思ったことが何度かありました。これが幻聴なら、周りの態度は納得できると気付きました。
ある程度の病識があります。しかし、だからといって統合失調症でないということにはなりません。
それからというもの、自分は精神病を患っているのではないかと様々な精神病の症状を眺めるうちいくつか当てはまる症状がありました。 思えば、小学生の時代に転校したてでいじめられていた頃、家の外から聞こえた笑い声が自分のことを笑っているように感じたり、
被害妄想的な過敏さです。
ある時まで独り言をたくさん言うのはおかしいと気付かなかったりしました。
「たくさん」というのが具体的にどの程度かによりますが、独り言自体は統合失調症に特徴的な症状です。
そのほか、質問者が書いておられる症状は、統合失調症のごく初期または前駆症状として矛盾はありません。【2006】までで解説してきた通りです。
◇ ◇ ◇
この【2007】の質問者は、ご自分の体験が統合失調症に一致する部分があると十分に理解されたうえで、次のように書いておられます:
死ぬほどのことでもなし、病状が今以上に確実に悪化するという危険がないなら私は病院に行きたくないのです。
ある意味もっともなことです。【2006】の質問者も似たことを書いておられました。多少の症状があっても、たいしたことがないのなら、また、今後悪化する危険性がないのなら、病院に行きたくないと考えるのは自然です。
私が統合失調症なり他の病気なりそうであると確定したとして、薬をもらってなお一生薬を貰わなければならないことになるかもしれないというから余計に嫌です。
これについては、気持ちは理解できます。誰でも最初は自分の病気を受け入れることは難しいものです。けれども、もし病気であれば、どこかの時点でそれを受け入れなければなりません。いつまでも病気を否認し、治療を拒んでいたら、症状は悪化の一途をたどります。
しかしいきなり大声を出したりというような症状が出るようになるのはもっと嫌です。
「いきなり大声を出す」ようになるかどうかはともかく、もし【2007】の方が統合失調症で、しかも治療をしないままに月日がたてば、悪化するでしょう。
このように自覚があってなお、この病気の症状は人に迷惑をかけうるほど悪化しますか。
治療しなければ、たとえば【1827】から【1861】のような状態になるおそれはあります。
では、この【2007】の質問者の方はどうしたらいいでしょうか。
つまりこのケースでは、
◆統合失調症ではないのに精神科を受診することによるマイナス
・・・不要な投薬を受けたり、統合失調症かもしれないと告知されることによって本人や家族がダメージを受けたり、偏見の対象になったりすること
のおそれがある一方で、
◆統合失調症なのに精神科を受診しないことによるマイナス
・・・言うまでもなく、症状の悪化
という、二つの対極的なおそれがあり、受診すべきかすべきでないかの決定は容易ではありません。
この問題は【2007】に限らず、統合失調症のごく初期や前駆症状の可能性があるすべてのケースに内在する重大な問題です。
この問題を解決するための第一歩は、統合失調症のごく初期や前駆症状の可能性をより確実に判定することです。可能性が100%に近ければ、当然精神科を受診すべきです。ではどのような症状があったときに、可能性が100%に近づくのか、つまりここまで説明してきた、
・被害妄想的な過敏さ
・軽い幻聴
・妄想のような考え
・ 超自然的・神秘的な考え
・ 生活レベル低下
などの、どの症状があったときに100%に近づくのか。これをテーマにした研究は、現代の精神医学界でさかんに行なわれています。このことは【1190】などでも触れましたが、
(1) 統合失調症のごく初期や前駆症状の時期に、いかにして早く正確に発見するか
(2) そのようにして発見された人たちが統合失調症を発症することを、いかにして予防するか
という二つの大テーマにかかわっています。(1)は早期発見、(2)は早期介入 ですので、両方をまとめて、
統合失調症の早期発見・早期介入
ということになります。(「精神病の早期発見・早期介入」と呼ばれることもあります)
まず(1)早期発見に関して。
【2000】からここまで、「統合失調症のごく初期」「前駆症状」という言葉を使ってきましたが、【2000】、そして【2002】から【2007】までのケースに見られた症状は、現代の精神医学では、
サイコーシス・リスク・シンドローム Psychosis Risk Syndrome
アットリスク精神状態 At Risk Mental State (ARMS: アームス)
超ハイリスク Ultrahigh Risk
などの用語で呼ばれています。
いずれも専門的でなじみにくい言葉ですが、できる限り正確な言葉を使おうとすれば、このように呼ぶことになります。
なぜなら、もし「前駆症状」と呼べば、それは将来統合失調症になることを前提にした呼び方になります。しかし将来統合失調症になるかどうかはこの段階ではわからないわけですから、「前駆症状」という言葉は矛盾しています(たとえば【2002】から【2007】の方々が、将来統合失調症になるかどうかはまだわかりません)。同様のことが「ごく初期の統合失調症」という呼び方にもいえます。つまり、そのように呼べば、「ごく初期」という条件つきはいえ「統合失調症」という診断そのものは下されていることになります。
これら用語の使い方は、細かいことのようですが重要で、医学界には「早期胃がん」という悪しき前例があります。「早期胃がん」といわれれば、誰でもそれは「胃がん」の「早期」だと考えるのが当然です。しかし実際には「早期胃がん」は、いわば「将来、胃がんに発展する可能性がある病変」であるにすぎず、それ自体は胃がんではありません。正しくは、たとえば「胃がんリスク病変」とでもいうべきでしょう。けれどもいまさら「早期胃がん」という用語を変更すれば大変な混乱が発生しますから、「早期胃がん」という用語は使い続けられています。
統合失調症に関しても、「前駆症状」という言葉を使えば、それは「このままでは統合失調症になる」という症状であるという考え方が固定することになるでしょう。それを避けるためにも、まだ研究段階である現在では、「サイコーシス・リスク・シンドローム Psychosis Risk Syndrome」「アットリスク精神状態 At Risk Mental State (ARMS: アームス)」などの用語を、正式には使うべきなのです。
アットリスク精神状態(ARMS)とされているのは以下の3項目です。(今回の更新のこの後の項では原則として「統合失調症の前駆症状疑い項目」と呼びます)
(1) 軽い精神病症状
【2002】から【2007】でご紹介した、被害妄想的な過敏さや、軽い幻聴、妄想のような考えは、この項目に含まれます。
(2) 一過性の精神病症状
軽いとはいえない、すなわち、はっきりした精神病症状(幻聴や被害妄想や超自然的・神秘的な考えなど)が持続すれば、統合失調症などの精神病の診断がつきますが、中にははっきりした精神病症状が一過性に現れるケースがあります。その場合がこの項目(2)になります。
(3) 生活レベル低下と遺伝的素因
【2002】、【2007】では、日常生活がだんだんおかしくなるなどの生活レベル低下が見られました。【2002】では、さらに被害妄想的な過敏さや軽い幻聴が見られることから、この生活レベル低下は統合失調症のごく初期や前駆症状の可能性が高いと判断できました。この項目(3)では、生活レベル低下に加えて遺伝的素因(父母などが統合失調症などの精神病であること)があれば、他の症状が確認できなくてもアットリスク精神状態であると規定されています。
上の基準は、研究段階とはいえ、こうした症状があると、将来統合失調症などの精神病(以下、用語の煩雑さを避けるためまとめて「統合失調症」とします)を発症しやすいという多くの医師の臨床経験・研究を元に作成されたものです。そして次の段階として、この基準を満たした場合、将来、実際に統合失調症を発症する率の実証研究が現在も進められています。現在までのところ、研究論文によってその結果はかなりの幅がありますが、よく紹介されているのは20%から40%という率です。なぜこのような幅があるのかについては【2078】までの中で順次説明していきますが、今まず確認していただきたい点は、「統合失調症の前駆症状かもしれないと思われたケースの中に、実は前駆症状ではなかった」というケースが、60%から80%も存在するということです。(これを偽陽性の率といいます)
【2006】で私は、
性格のせいだから行かなくていいよ、と先生がおっしゃってくださるならいいのですが。
について、それは願望にすぎないと指摘しました。けれども、上記のように、
「統合失調症の前駆症状かもしれないと思われたケースの中に、実は前駆症状ではなかったというケースが、60%から80%も存在する」
わけですから、この値をそのまま受け入れれば、【2006】の方の願望が事実である率は60%から80%あるということになります。
また、【2007】の方の
病状が今以上に確実に悪化するという危険がないなら私は病院に行きたくないのです。
という思いに対しても、どうお答えするのが正しいか、わからなくなってきます。
すなわち、統合失調症を発症しない率(=偽陽性の率)が60%から80%ある以上、「確実に悪化する」とは到底いえません。すると答えは、「確実に悪化するという危険は決してない」ということになります。
けれども、では病院に行く必要がないと言っていいかはまた別の問題です。「60%から80%は発症しない」ということは、「20%から40%は発症する」ということです。20%から40%という数字は、統合失調症という重大な病気を発症する率としては、決して軽視していいものではないでしょう。
ではどうしたらいいか。この【2007】の回答の中で述べた
◆統合失調症ではないのに精神科を受診することによるマイナス
◆統合失調症なのに精神科を受診しないことによるマイナス
という相反する二つのマイナスをどう考えるかという問いに戻ります。
これに対する回答を試みるのが今回の更新(2011.6.5.)の【2000】から【2078】ですが(それが先に(2)として記した「早期介入」です)、ごく短く結論めいたことをここに記しておきますと、それは以前の【1190】の回答の通りで、
信頼できる先生を見つけて、その先生に長期にわたってかかる。薬をいつ飲むか、そもそも飲むか飲まないかも、その先生と相談しながら決める。
ということになるかと思います。(【2000】から【2078】を総合すれば、たどり着くのはこの答えということになると思います)
ここまで、すなわち、【2002】から【2006】までの回答では、偽陽性問題(「統合失調症の前駆症状かもしれないと思われたケースの中に、実は前駆症状ではなかったというケースがかなりも存在する」という問題)についてはあえて触れませんでした。
しかし偽陽性問題は、統合失調症の早期発見・早期介入に宿命的に伴う重大な問題です。【2008】以下、統合失調症のごく初期または前駆症状の疑いのケースが続きますが、これからは偽陽性問題にも折にふれて説明していくこととします。また、特にふれていない場合でも、偽陽性の可能性が常にあることを意識したうえで回答をお読みください。
◇ ◇ ◇
【2000】から【2078】までの回答は一連の流れになっています。【2000】、【2001】、・・・【2078】の順にお読みください。
(2011.6.5.)