【4500】とてもよく効いているSSRIを続けるべきか、やめてみるべきか
Q: 48歳(女)です。長年このサイトを参考にさせていただいており、趣旨もよく理解しております。私は約9年前にパニック障害と診断されていますが、今後、長期的にどういった薬物療法を進めるのが適切かを林先生にお尋ねしたく、初めてメールさせていただきます。
以下、長文になりますが、なるべくわかりやすく説明したいと思います。
まずは背景情報です。
●私は26年ほど前からアメリカ在住です。
●21年前、実の父が64歳で自殺しています。原因は複数あると考えられますが、母によると、父は昔「心臓神経症」(正式名称ではないと思いますが)と医者に言われたとのことです。思い返せば、私が小学校低学年のころ、父がよく仕事から早く帰宅して寝ていた時期があり、母に「お父さんの前で「死」という言葉を使ってはいけないよ」と言われたことを覚えています。我が家はあまり家族の会話が多くない家だったため、それ以後、父の状態がどうだったのかわかりませんが、父は(私を含めた)3人の子供に心配をさせたり弱みを見せたりしないように、表向き何ともないようにしていたのではないかと思います。とても厳格で支配的で、私たち子供(全員女)に手をあげることもある、過干渉な親でした。私はそんな父とはそりが合わず、アメリカに来たのも父から自立したいという気持ちと反抗心があったと思います。
●私自身の性格ですが、人見知りをするものの、学校でいじめたりいじめられたりということもなく、友人にも恵まれて高校まで学校は大好きでした。また、特に精神的に不安定になったことはなく、友人にはよく、周りに流されず芯が強いと言われていました。
以下、私のパニック障害の発症と経過です。
●約9年前(X年9月)、日本に住む姉が第一子の出産後に抑鬱状態になったため、1カ月ほど一時帰国して赤ちゃんの世話を手伝いました。当時の私はすでに2人の子供(高校生と小6)がおり、赤ちゃんの世話には慣れていたため、姉の力になれるのが嬉しくて一生懸命にお世話をしました。長年キャリアウーマンとしてバリバリに働いていた姉は、家で赤ちゃんの世話をするという役割になった自分が受け入れられずに苦しんでおり、赤ちゃんがまったくかわいくない、なんで女ばかりがこんなことをしなくちゃいけないんだ、育てられる自信がないと言っていました。が、2人で一緒に赤ちゃんの面倒を見るうちに姉は自信を取り戻し、私が1か月後にアメリカへ帰るころには明るい表情が戻っていました。(※ちなみにこの姉は、現在は当時のことが嘘のように、専業主婦として子育てを心から楽しんでいます。姉も今から6年前と5年前くらいにパニック発作を起こしていますが、いずれも単独の発作であとはケロッとしており、薬物治療なども必要なく現在に至っています。)
私は姉が元気になったという安心感と、大きな仕事をやり遂げられたという達成感を感じてアメリカの自宅に戻りましたが、それから2週間ほどして(X年10月半ば)、気持ちが不安定になり始めました。当時の我が家は夫の収入が極端に少なかったため、私は一家の稼ぎ頭として在宅で膨大な量の仕事をこなしていました(仕事は大好きで、誇りを持ってもいました)。また、夫は出張で家を空けることが多いうえ、親戚も頼る人も周りにおらず、私は子育てに必死でしたが、私は昔から自分は強い人間だと思っており、それまでもいろんなことに耐えてきたので、頑張ればなんでも乗り越えられると信じていました。今思い起こすと、燃え尽きのような状態だったと思います。最初は、なぜだかわからないけれども不安だという感情がわきおこり、突然涙が出たり、頭痛がしたり、「自分は何でここにいるんだろう」という気持ちとともに胸がざわざわして仕事に集中できなくなり、手が震え、イライラするといった症状から始まりました。しだいに「自分は悪い人間だ、自分は間違っている」という思考が頭を占めるようになり、父が死んだのは自分のせいだと思い込むようになり、あるとき突然恐怖感がウワーッと広がり、頭に電気が走ったかのように、何がなんだかわからなくなり、歯がガチガチし全身が震える大発作が起こりました(これがパニック発作であることは、そのとききはわかりませんでした)。しばらくすると落ち着いてきましたが、汗がぐっしょりになり、たいへんな疲労感が訪れました。記憶が定かではないのですが、この発作は1日おきくらいに何度も繰り返されたと思います。自分でも明らかにおかしいと思ったものの、医者に連絡をする気力はとてもなく、夫に精神科に連れて行ってくれと頼んだのですが、夫は「精神科に行っても恐ろしい薬を出されるだけだ、気持ちの問題だ」と言い、私は心理カウンセラーに連れていかれました。カウンセラーには、この発作はパニック発作だと言われ、成育歴や家族の状況など聞かれましたが、話すうちによけいに頭が混乱し、計3回会ったものの、行くのをやめました。その間も、またあの恐ろしい発作が出るのではないかという恐怖感に支配され続け、ファミリードクターから頓服のAlprazolamを処方されましたが、ほとんど飲まずに耐えました。子供たちには悟られないように過ごし、一家4人で過ごしているときには穏やかな気持ちになれていました(家族仲はとても良いです)。こうして2カ月ほど仕事を減らしながらなるべくゆったりするように心がけているうちに、調子がよくなっていきました。あの時は姉の事態や様々なストレスでおかしくなっていたんだ、乗り越えられた私はやはり強いんだという気持ちになり、仕事も通常通り復活しました。
●普段どおりの生活が戻ったと思ってから約2カ月ほどして(X+1年2月)、再びものすごい恐怖感と不安感に襲われて大発作が起こりました。このときの発作は以前のものよりもひどく症状もより苦しく、死ぬのではないかと思いました。このときにようやく夫は精神科医を見つけてきてくれましたが、会えるまでに3週間ほど待たねばなりませんでした。この間、発作は大小含めて1日に何度も繰り返し、自分は間違っている、父が死んだのは自分のせいだ、自分は悪い人間なので夫や周囲の人はみんな自分のもとから離れていくだろうという気持ちが頭を占め、食欲もなくなり5キロほど痩せ、髪の毛がごっそり抜け、夜も眠れないのに昼寝をしようとしてもできず、いつ来るかわからない発作におびえる毎日で、一人でいるのが恐怖でした。また、現実感がなくなり、常に頭がぼうっとしており、自分が自分でないような感覚がとても苦しかったです。ようやく精神科医に会うと、典型的なパニック障害だと言われてSSRI(Citalopram)10?が処方されました。この薬がとてもよく効き、2週間ほど経つと嘘のように気持ちが穏やかになりました。この薬を10カ月ほど続け、不安症状もすっかり消えて元通りになったので断薬(X+2年1月頃)しました。
●断薬してから1年半ほどしたころ(X+3年半ば頃)、手の震えや息苦しさ、漠然とした不安感、気持ちの落ち込みを感じ始め、眠れなくなりました。このままではまたあの恐ろしい発作が起きそうだと思って精神科医に会いにいき、再びSSRI(Citalopram)10?、睡眠導入剤、頓服のAlprazolam(ほとんど使わなかった)が処方されました。このときはパニック発作には至っていません。
Citalopramは前回同様とてもよく効きましたが、今回は二度目のエピソードなので精神科医は2~3年は服薬を続けるべきと言い、結局2年ほど服薬を続けました。このころの私は、自分は弱い人間なのだと思うようになり、以前のようなチャレンジ精神はなくなり、仕事もミスを恐れるようになって、慣れた簡単な仕事しかしないようになっていました。また、人前に出ることを避けるようになっていました。
●断薬以降、なんとなく意欲も自信もないような状態が続いていましたが、日常生活は普通に過ごせていました。自分に自信がない状態が嫌になり、X+7年秋、3カ月ほど続く難易度の高いプロジェクトを受注しました。これをきっかけに精神が不安定になり、震えと不眠の症状が出始め、食欲がなくなり、体重が減り始めました。このときファミリードクターを受診しましたが、いつものドクターが不在で、別のプロバイダーによってLorazepamが処方されました。このときの私は再びCitalopramを開始する気持ちになれず、仕事のストレスによるものだから3カ月が過ぎれば良くなるだろうと思い、Lorazepamを適宜服用しながら3カ月を乗り切りました。
●再び以前の生活が戻りましたが、昨年(X+8年半ば)、娘の大学進学をきっかけに気持ちが不安定になり、突然涙が出て止まらないという症状が出始めました。不安でたまらなくなり、眠れない日も多くなり、1人でいるのが怖くなり、日中は家じゅうの電気をつけて音楽を大きな音量で流しながら恐怖感をしのいでいました。それでもパニック発作には至っていないことから、薬には頼りたくないと思い、だましだまし生活を続けましたが、2020年2月にとうとう 耐えられなくなり、ファミリードクターにSSRI(Citalopram)10?を処方してもらい、服薬を続けて今日に至っています。今回もCitalopramはとてもよく効いており、頓服として処方されているAlprazolamは必要なく過ごせています。
これからが核心になります。以前会っていた精神科医は今はもうおらず会えないのですが、最後に会ったときには、もしも今度症状が再燃したときには予防として薬(Citalopram)を一生飲み続けるのがよいと言っていました。が、現在Citalopramを処方してもらっているファミリードクターは、一生飲み続けるのは良くないと言い、とりあえず6~9カ月服薬したら断薬しようと言っています。私自身は、薬はなるべく飲みたくないものの、薬を飲んでいるときの自 分は意欲もあって生き生きとした本来の自分に戻ることができるという感覚があるので、一生薬を飲み続けて生活の質を維持したいという気持ちに傾いてきています。そこで質問なのですが、
(1) 薬(現在よく効いているCitalopram10?)を一生飲んだとした場合、この薬が効かなくなってくることや、重大な副作用が出るということはあるでしょうか。その場合、どういった対処が考えられるでしょうか。
(2) 現在の薬を断薬しても、しばらくしたら症状が再燃するのではないかと思います。その時に再び服薬し、ある程度の期間が経って症状が軽快したら断薬する、というのを繰り返すという方法は適切でしょうか。永久的に服薬を続けるのと、どちらが良いのでしょうか。
ほかには、坐骨神経痛でガバペンチンを服薬している以外はまったくの健康体です。精神障害の服薬に関する情報を私なりにいろいろと調べてみたのですが、パニック障害に関しては、うつ病や双極性障害、統合失調症などに比べて情報が少ないと感じます。パニック障害は自分の体質であるとして受け入れています。これまでの自分の家族関係などに関しては、この9年間で気持ちの整理はつけることができたと思いますが、生涯にわたって何らかの形で薬は必要で あると認識しています。どのように薬を活用するのが適切なのか、ご助言をいただけると幸いです。よろしくお願いたします。
林: とても詳細に経過をご報告いただきありがとうございました。大変苦しまれた時期があったこととお察しいたしますが、とてもよく合う薬に出会えて本当によかったと思います。
回答をひとことで申し上げますと、この【4500】のケースでは、薬(Citalopram)は一生続けたほうがよい が結論になります。
理由は、この【4500】のケースでは、
1. 薬をやめれば再発することはほぼ100%である
2. 再発したときには自殺に至る可能性が高い
3. 真の診断はうつ病である
という3点に集約できます。
1. については、ご説明するまでもないでしょう。これまで何回も再発し、しかし今の薬が著効しておりますので、薬をやめれば再発は避けられないとみるのが常識です。
2. については、これまでの再発時の症状からの推定です。また、お父様が自殺されているという家族歴も重視すべきです。
3. 【4500】のケースは確かにパニック発作が認められます。したがって現代の診断基準に依拠すればパニック障害という診断は誤りではありませんが、このケースのパニック発作が認められる時期には明白なうつ状態があり、そのうつ状態は内因性うつ病(真のうつ病)の病像に一致しています。ですからこの発作は、「パニック障害のパニック発作」ではなく、「(内因性)うつ病の病相期における不安発作」とするのが正しい判断です。(ここで「正しい」というのは、このケースの病気の生物学的・脳科学的なメカニズムという観点からいえば正しいということです。現在の診断基準はそのようなメカニズムはいったん度外視し、表面的な症状を重視するものですので、その観点からすればパニック障害という診断名の方が正しいという考え方もありえます)
また、自殺されたお父様は内因性うつ病であった可能性が高く、お姉様にもその傾向があると推定することができます。こうした家族歴ともあわせるとうつ病の診断は確定的と言えます。(この【4500】のケースのこれまでの症状は、家族歴がたとえなかったとしても内因性うつ病であることはほぼ間違いありません)
やや話はそれますが、この【4500】のケースは、現代の診断基準に依拠した診断名を告げられていることのマイナスの面が顕在化している実例であるといえます。それは質問者の直近の次の判断に現れています:
昨年(X+8年半ば)、娘の大学進学をきっかけに気持ちが不安定になり、突然涙が出て止まらないという症状が出始めました。不安でたまらなくなり、眠れない日も多くなり、1人でいるのが怖くなり、日中は家じゅうの電気をつけて音楽を大きな音量で流しながら恐怖感をしのいでいました。それでもパニック発作には至っていないことから、薬には頼りたくないと思い、だましだまし生活を続けましたが、X+9年2月にとうとう 耐えられなくなり、ファミリードクターにSSRI(Citalopram)10?を処方してもらい、服薬を続けて今日に至っています。
質問者は昨年、ご自身にパニック発作が見られていないことから、その時点の苦しみは病気の症状でないと判断され、薬に頼らずに頑張ろうとされていたことが読み取れますが、これは非常に危険な状態でした。このときの質問者はうつ病の病相期にあり、最悪の場合は自殺のおそれもあったと言えます。このときに治療開始が遅れたのは、ご自身の病名をパニック障害であると認識されていたことが大きな理由で、うつ病であると認識されていればもっと早く治療が再開できていたと思います。
以上の通り、質問者の正しい病名はうつ病で、薬をやめればほぼ100%再発し、その際には自殺のおそれもあります。したがって薬は続けるべきです。
なお質問者は、ご自身の正しい病名がうつ病であるという認識は持っておられないものの、病気と薬については合理的で深い洞察を持っておられることを、質問項目から読み取ることができます。次の通りです。
(1) 薬(現在よく効いているCitalopram10?)を一生飲んだとした場合、この薬が効かなくなってくることや、重大な副作用が出るということはあるでしょうか。その場合、どういった対処が考えられるでしょうか。
このご質問に対する回答は、「それはありえます」というものになります。通常の考え方として、Citalopramにしても、他の抗うつ薬にしても、いわゆる特異体質と呼ばれるような事情がない限り、重篤な副作用が出ることは考えられません。質問者はすでにこの薬を一定期間お飲みになっており、問題となるような副作用は出ていませんから、今後重篤な副作用が出ることはまず考えられません。
ただし、質問者は現在40代であり、一生飲むということは40年以上にわたって飲み続けることを意味します。そこまで長期間飲み続けたときにどうかということは、現時点では誰にもわかりません。効かなくなってくるかどうかということについても同じで、誰にもわかりません。
ですから質問者の懸念は「ありえます」ということになります。これはいかなる薬でも同じであって、リスクを文字通り完全にゼロにしたいということであれば、いかなる薬も飲まないことを選択する以外にありません。
現実的には飲み続けることのメリットとデメリットのバランスを考えて、飲み続けるかどうかを決めることになります。この【4500】ではメリットの方がはるかに大きいというのが私の判断で、それが冒頭の 「薬(Citalopram)は一生続けたほうがよい」 という回答に繋がっています。
(2) 現在の薬を断薬しても、しばらくしたら症状が再燃するのではないかと思います。その時に再び服薬し、ある程度の期間が経って症状が軽快したら断薬する、というのを繰り返すという方法は適切でしょうか。永久的に服薬を続けるのと、どちらが良いのでしょうか。
永久的に服薬を続ける方をお勧めします。
理由はここまでお書きしてきた通りですが、ひとつだけ付け加えるとすれば、多くの一般的な病気では、「症状がおさまったら断薬する。再発したら服薬を再開する」という方法は理論的にも適切と考えられますが、精神科の病気では、症状が再発したときにはそれを病気の症状であると認識できず、服薬再開が遅れたり、さらには再開を拒否したりということがあるという独特の事情があります。そしてこの【4500】のケースでは、今はご自身の病気について十分な洞察をお持ちですが、うつ病相に陥ったときにはその洞察が失われる可能性が十分にあります。このことも合わせると、断薬は決してお勧めできないという結論が強化されます。
(2022.5.5.)