【4116】抗うつ薬を使っても状況が好転しないなら、双極性障害の可能性を考えて気分安定薬を使ってみるという試みはないのでしょうか

Q: 40代女性です。
「長引くうつ病の中には、見過ごされている双極性障害が隠れている場合が多い、だから、うつ病のように見える患者がいたら、双極性障害の存在をまずは疑うべきである」
といった論をよく見かけます。

例)「抗うつ薬で改善が得られないうつ病患者の半数は、うつ病と誤診した双極性障害だ。そんな難治性うつ病には抗うつ薬よりも気分安定薬の方が効く。抗うつ薬治療がうまくいかないとき、双極性障害を見落としている可能性を考えておくことはとても大切だ。」
『気分障害ハンドブック』より

確かに、それなら双極性障害が治療されずに抗うつ薬ばかり処方されるという苦役を患者に強いる可能性は低くなると思います。よくはならず、副作用は立派にある、という苦しみです。

なのに、まだ「双極性障害が見つかるのに何年もかかる」とか言った話が多いのはなぜなのでしょう?
上の原則を当てはめれば、素人目にも、誤診はかなり防げると思うのです。

例えば、抗うつ薬を使っても状況が好転しないなら、気分安定薬を使ってみるとか、そういう試みはないのでしょうか?
そういう試みをしても、反応がないから、やっぱりうつ病なのかなぁ、という判断になって、結局は鑑別が遅れてしまうということなのでしょうか?

あるいは、「・・・話が多い」と思っているのは私だけで、実際の臨床の場面では、双極性障害が見過ごされる確率は下がっていると考えていいのでしょうか?

または、上のハンドブックに記されているのはあくまで原則で、医師のレベルではもっと複雑な判断が下されているのでしょうか?

 

林:
抗うつ薬を使っても状況が好転しないなら、気分安定薬を使ってみるとか、そういう試みはないのでしょうか?

あります。「あります」と言うより、「抗うつ薬を使っても状況が好転しないなら、気分安定薬を使ってみる」のは、治療戦略として当然すぎるほど当然で、逆にそれをしないのは不適切な薬物療法です。
したがって、

なのに、まだ「双極性障害が見つかるのに何年もかかる」とか言った話が多いのはなぜなのでしょう?

という質問者の疑問は実にもっともです。
とは言え、実際には薬の効果は理論通りにはいかないことがしばしばありますので、「抗うつ薬を使っても状況が好転しないなら、気分安定薬を使ってみる」という正しい方針をとったとしても、「双極性障害が見つかるのに何年もかかる」ということはあり得ます。しかしその一方で、

「双極性障害が見つかるのに何年もかかる」とか言った話が多い

ということの背景には、双極性障害であることが比較的すぐに診断できたという例に比べて、診断に何年もかかった例が強調されているという事情もあります。つまり情報のバイアスということで、これはあらゆる精神疾患について言えることです。実際には適切な治療を受ければ良好な経過をたどる例の方が圧倒的に多いというのが事実ですが、適切な治療を受けずに悪化していた例や、適切な治療を受けても十分に改善しない例のほうが、特にネットでは実例として公開されやすく、また、注目も受けやすいという事情があります。
したがって、

実際の臨床の場面では、双極性障害が見過ごされる確率は下がっていると考えていいのでしょうか?

その通りで、「下がっている」とは言えます。しかし十分に下がっているとは言えないのが実情です。

ですから全体としてはこの【4116】の質問者のご指摘はもっともなものです。長引くうつ病に気分安定薬が処方されることがもっと一般化すれば、より多くの方々の症状が改善することになるでしょう。

(2020.9.5.)

05. 9月 2020 by Hayashi
カテゴリー: うつ病, 精神科Q&A, 躁うつ病 タグ: |