【4069】幻聴は完全に消した方がよいか

Q: 私は40代の母親です。 現在20歳の息子は、統合失調症を発症して激しい幻覚(幻聴と幻視)がありましたが、シクレスト20mgで幻視がおさまり、幻聴は1時間に1回程度になりました。今、シクレストで3ヶ月経ちました。
今の若い主治医A医師は、幻聴は完全に消さなくて良い、困ってなければいいのです、という方針です。しかし、前の主治医B医師は、幻聴をくすぶらせるのはよくない、短期間は薬を増量して、症状を完治させ、それから減薬していきましょう、という方でした。
親としても、このまま幻聴を完全に消したい気持ちがあるのですが、薬を増量しない方が良いのでしょうか。
デイケアも通い、生活も安定してきたし、幻聴減ってからも、もう2ヶ月経つので、この先は、今の薬では幻聴が消えることがないような気がします。。
休息期が来たら、自然に消えていくということがあるのでしょうか。
もうひとつ、困っているのは、いつも、足を貧乏ゆすりして、ご飯はソワソワして食べ、いくら一緒に隣で声かけても、噛まずに早食いしてしまいます。
もともとは、とてものんびり屋さんでしたが、今はお風呂もカラスの行水です。
もしアカシジアとしたら、我慢できる範疇なので、薬はそのまま使っていました。
でも、ソワソワがひどくなっていくと、脳がイガイガして辛いー!とわめきだすので、どう
したものかと思っています。

長文申し訳ございません。。。お忙しい中すみません。このようなサイトをつくって下さり、深謝致します。悶々と考える親の気持ちをほぐして下さり、ありがたいばかりです。

 

林:
今の若い主治医A医師は、幻聴は完全に消さなくて良い、困ってなければいいのです、という方針です。

この方針は正しいです。

親としても、このまま幻聴を完全に消したい気持ちがあるのですが、薬を増量しない方が良いのでしょうか。

増量しない方がいいです。

質問者はA医師とB医師のどちらの方針が正しいのか、という視点で質問されていることが読み取れます。すなわち、

しかし、前の主治医B医師は、幻聴をくすぶらせるのはよくない、短期間は薬を増量して、症状を完治させ、それから減薬していきましょう、という方でした。

この記述とそこまでの記述の流れからは、ご質問は、「幻聴についてのA医師とB医師の方針は異なるが、どちらが正しいのか」と要約することができます。
しかし、異なるのは「A医師とB医師の治療方針」ではなく、この【4069】のケースの「以前の状態における治療方針と、現在の状態における治療方針」と捉えるのが正しい考え方です。
つまり、いかなる病気でも、症状が完全になくなるという回復が最も望ましいわけですから、統合失調症の幻聴も、「完治」を目指すというのは、少なくとも治療開始の段階では当然の方針です。したがって、B医師の

短期間は薬を増量して、症状を完治させ、それから減薬していきましょう

という方針は正しいと言えます。
ただしここで「正しい」というのは、この【4069】のケースをB医師が担当していた時点では正しいということです。いかなる病気でも、全く同じ経過をたどるわけではありませんから、基本的な方針は同じものから開始するとしても、経過によって方針は柔軟に変えていくのが当然です。統合失調症であっても他の病気であっても、これは共通しています。

その観点からこの【4069】の経過を要約しますと、

統合失調症を発症して激しい幻覚(幻聴と幻視)がありましたが、シクレスト20mg幻覚がおさまり、幻聴は1時間に1回程度になりました。

というように、初期の治療の効果は著明で、

デイケアも通い、生活も安定してきたし、幻聴減ってからも、もう2ヶ月経つので、この先は、今の薬では幻聴が消えることがないような気がします。

生活面でもかなり改善してきたものの、幻聴が残っているという状態です。
(他の症状が本当に十分に消えているかは不明ですが、メールからはそこまでわかりませんので、十分に消えているものと仮定して話を進めます)

このような経過はよくあるものです。すなわち、統合失調症では、当初かなり激しい幻覚や妄想があっても、薬物療法を受ければ嘘のようにきれいによくなるのが常です。ただし問題はそのあとで、いわば「激しくない症状」をどう治療していくかは簡単ではなく、またケースによっても異なりますので、そこからが統合失調症の本当の治療であるということもできます。(ただし現実には、そこまでたどりついていない統合失調症のケースが膨大に存在します。つまり最初の治療さえ受けずに、どんどん症状が悪化していくというパターンです。そういうケースが多いことは精神科Q&Aだけからも十分に読み取れるかと思います)

この【4069】のケースで残存している「激しくない症状」は幻聴です。このようなケースも非常によくあります。つまり幻聴は、他の症状がよくなっても続くことがしばしばあります。ただしそうはいっても、当初の激しい幻聴からはかなり鎮静化しており、本人もほとんど気にしていないという状態が多いものです。幻聴について質問されなければ話さず、したがってまわりの人はもう幻聴は消えていると思っていることも少なくありません。

このような段階のとき、それでも幻聴の完全消失を目指して薬を強くしていくという方針もケースによっては考えられますが、この【4069】のケースでは、生活全般がスムースに改善に向かっていますので、薬を増量してまで幻聴を消そうとするのは適切ではありません。

しかもこの【4069】のケースでは副作用の問題もあります。むしろ今はこちらの方が大きいようにも見えます。
すなわち、

いつも、足を貧乏ゆすりして、ご飯はソワソワして食べ、いくら一緒に隣で声かけても、噛まずに早食いしてしまいます。

ソワソワがひどくなっていくと、脳がイガイガして辛いー!とわめきだす

これはアカシジアでしょう。

もしアカシジアとしたら、我慢できる範疇なので、薬はそのまま使っていました。

我慢できる範疇とは言いにくいと思います。
薬をいま減量するのは、せっかくよくなった症状を再燃させる可能性が非常に大きいので推奨できませんが、薬の変更は考慮してもいい状態だと思います。

なお、私は、「幻聴は、他の症状がよくなっても続くことがしばしばあります」と言いましたが、

幻聴減ってからも、もう2ヶ月経つので、

この認識は誤りです。2ヶ月というのはまだまだ予後を判断するうえで十分な期間ではありません。「もう2ヶ月」ではなく、「まだ2ヶ月」という認識が正しいです。つまり、

この先は、今の薬では幻聴が消えることがないような気がします。

そのような判断は時期尚早だということです。

自然に消えていくということがあるのでしょうか。

それはありえます。ただし現時点ではどうなるかわかりません。今の状態が続くことも視野に入れて考える必要があります。

ご質問への答えを要約しますと、

A. 幻聴は完全に消さなくて良い、困ってなければいい
B. 薬を増量して症状を完治させる

現在の【4069】のケースでは、A.が正しいです。
ただしこれは、現在の状態ではそうだということです。
すなわち、

・今の若い主治医A医師は、幻聴は完全に消さなくて良い、困ってなければいいのです、という方針です。
・しかし、前の主治医B医師は、幻聴をくすぶらせるのはよくない、短期間は薬を増量して、症状を完治させ、それから減薬していきましょう、という方でした。

このように、「A医師の方針」「B医師の方針」と対比させることは誤りです。時期が異なれば方針が異なるのは当然だからです。

 

以下は補足です。

このようなサイトをつくって下さり、深謝致します。悶々と考える親の気持ちをほぐして下さり、ありがたいばかりです。

多少なりともお役に立てているとすれば大変嬉しいことです。
但しそれは結果としては嬉しいということにすぎません。

悶々と考える親の気持ちをほぐして下さり

読者の気持ちがほぐれること、あるいは逆に不安が高まることがあっても、私はどちらにも関心はありません。このサイトは事実をお伝えすることのみを目的としています。

(2020.7.5.)

05. 7月 2020 by Hayashi
カテゴリー: サイトの方針, 精神科Q&A, 統合失調症, 薬の副作用 タグ: |