【3853】 主治医交替に伴う障害年金の等級変更の不安

Q: 33歳女性、14歳の時に自殺未遂を起こしうつ病の疑いで隔離病棟に入院となりました。
半年ほどで退院し、その後は通院は続けたものの、服薬は自己管理が出来る状態ではなく不規則、唯一の肉親である母からは甘えと言われ、ODや過食嘔吐を繰り返す状態でした。
高校は何とか卒業できたものの、専門学校が合わず中退、母から逃れたい一心で少し離れた地方都市で一人暮らしを始めるも2年ほどで離職。
その間、精神科には一切かからず薬は飲んでいませんでした。
当然のように悪化し、聴覚過敏から来る不快感に耐えきれず、自室の真下にある公園で殺人未遂を起こし執行猶予付きの実刑判決を受け、その後は故郷に戻り一人暮らしをしています。

状況が一変したのは2年前。14歳の時からずっと診てくださった医師が突然倒れたのです。
当然、引き継ぎはなく急な転院を受け入れざるを得ませんでした。(逮捕時の精神鑑定で双極性障害の診断を受け、服薬が必須でした)
転院先の医師はいわゆる5分診療で投薬のみ。私の不信感もありますが、信頼関係が結べているとは到底思えません。

ご意見を頂きたいのは、診断書を出して下さる医師が変わることで障害年金の等級が下がるのではないか?という不安です。

現在は手帳1級、年金1級でなんとかやりくりしている状態です。
就労する、支援施設に通うなど考えたのですが、入浴は頑張っても週一、洗濯もほとんど出来ず同じ服を何日も来ている状態では厳しそうで……
母子家庭で母は働いており日常生活の支援は期待できません。
しかし通院は一人でなんとか行っています。
ほぼコミュニケーションのとれていない医師でも変わりなく診断書を出して頂けるでしょうか……
林先生のご意見を頂けると幸いです。
長文になりまして申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

 

林:
診断書を出して下さる医師が変わることで障害年金の等級が下がるのではないか?という不安

障害年金で暮らしておられる中、そうした不安をお持ちになるのはよく理解できるところです。
しかしその一方で、障害の認定とは、そもそもが一生を通して同じ等級が維持されるとは決して限らず、障害が改善すれば等級が下がることを前提としています。だからこそ一定期間ごとに更新が行われているわけです。
ですから、

・・・変わりなく診断書を出して頂けるでしょうか

というご質問に対しては、まず前提として、障害年金の診断書は、いつも「変わりなく」出すものではないという認識が必要です。障害が改善すれば、障害年金の診断書の書き方は変わり、結果として障害の等級が下がるのは当然です。
というのが理屈ですが、そうは言ってもこの【3853】の質問者のように、障害年金によってようやく生活できている方がいらっしゃるのは事実ですから、障害の改善が認められるとき、医師としては、その改善は喜ばしいと感じる一方で、では障害年金診断書をどのように書くべきかに悩むことになります。障害年金の等級が下がり、生活が苦しくなれば、生活が苦しくなったことでまた障害が悪化するということも可能性としては考えます。他方、もちろん診断書に嘘を書くことはできません。ではどのように書くか。ここからは医師個人個人の考え方次第ということになるでしょう。

この【3853】のケースのように、主治医が交替した時は、上記に似た、しかし性質の異なる問題が発生することがあります。それは、前の主治医の診断があまりに甘いことが明らかな場合です。
このとき、「あまりに甘い」のではなく「やや甘い」くらいであれば、そう問題はありません。この種の診断書は、多少は甘く書くのはごく普通のことだからです。もちろん多少でも甘く書くのは問題という考え方もあり得ますが、「多少は甘く書く」のが「ごく普通」という状況が世の中にあるのは否定できない以上、多少は甘いのが標準になっているというのが現実ですから、あまりに厳しく書くことはその患者さんの利益を著しく損なうことになります。ですから「やや甘い」くらいであればそう問題はなく、同じように書くことができるのですが、「あまりに甘い」とき、医師としては悩むことになります。
もしここでそれまで甘く書かれていた診断書を変えずに事実にあわせて書けば、障害の等級は下がり、患者さんは失望するでしょう。逆に、前の主治医にあわせて同じように書けば、その患者さんは安心するでしょう。けれどもそれは社会に対して、また他の多くの患者さんに対しては、裏切り行為ということになるでしょう。

すると、甘い書き方といっても許容範囲であれば変えない、許容範囲を超えていれば変えて事実に適合した形で書く、というのがおそらく正しいと思われ、「許容範囲」をどこまで認めるかということになります。

というような問題が、主治医交替のときには発生しますが、この【3853】のケースの新しい主治医は、

5分診療

ということですので、質問者の心配とは逆に、診断書は前の医師が書いたものをあまり考えずにそのまま書く可能性が高いと思います。

なおそれはそれとして、私の実感としては、この【3853】のケースで一級というのは甘いのではないかというのが率直な印象です。これだけの文章が書けて 現実的な心配も的確にできているというのがその主な理由です。過去においてかなり重症な状態であったことはわかりますが、現在は当時に比べれば回復していることは明らかに見えます。
もちろんメールだけで級の判定が正確にできるはずはありませんので印象にすぎませんが、そうは言っても、一級というのは最重度ですので、この【3853】のケースが一級に相当するとは考えにくいです。
ですから、仮に今回の主治医の診断書で一級として通ったとしても、今後ずっと一級が維持されるとはお考えにならないほうがいいと思います。

障害年金に限らず、診断書をどのように書くべきかは、良い医師とは何かという問題に直結します。患者さん本人の利益が第一であることは言うまでもありませんが、患者さん本人の利益が他の多くの人々の不利益になるとき、医師はどうふるまうべきかという問題です。この【3853】のケースでいえば、たとえ現在はかなり回復していると判断しても、障害年金診断書は前例の通り変えずに書けば、ご本人は安心し納得されるでしょう。そして今度の医師は良い先生だと感じられるかもしれません。逆に回復の現実にあわせて書けば、ご本人は失望し、今度の医師は良い先生ではないと感じられるかもしれません。
診断書をどの程度まで甘く書くかは、「許容範囲」によるということに反対される方はおそらく少ないでしょう。しかしその「許容範囲」の幅は、診断書を書かれる患者さん本人は広く取り、本人以外は狭く取るのが常です。本人にとっては、結果として等級がどうなるかが最大の問題で、もし等級が下がれば、その医師の許容範囲は狭すぎると感じるでしょう。だからといって許容範囲を本人の納得にあわせて広げていくのは、社会に対する医師としての背任行為であると私は考えます。

(2019.7.5.)

05. 7月 2019 by Hayashi
カテゴリー: 精神科Q&A, 精神鑑定, 躁うつ病