【2443】息子が公共機関に自家用車で突入し逮捕され、鑑定留置となりました

Q: 先生のご著書、統合失調症という事実 及び 統合失調症 患者・家族を支えた実例集 を読み終えたところです。 もっと早く、この本に出会っていたら今回の事件を阻止できたかも・・・と思うと悔やんでも悔やみきれません。統合失調症で治療を受けないとどういう悲劇が起こるのかということが、なぜ他の本には書かれていないのでしょうか。なぜ相談に行った保健所では教えてくださらなかったのでしょうか・・・。
 私の息子(36歳)は、1ヶ月半前のある日の深夜、公共機関の建物に自家用車で突入し現行犯逮捕されました。20日間の拘留の後、3か月の鑑定留置が決定し、現在刑務所の未決房に収容されています。 先日、事件後はじめて面会しました。ガラス越し、刑務官立会いでは聞きたいことも言いたいことも話せず、涙で声も出ない状態でした。 本人は「風邪気味だが診察も受けられるので心配しないで、夜照明をつけたままなのでアイマスクの差し入れが欲しい。それから小説本も」と希望していました。アイマスクは不許可でした。精神科医が1週間に1度位きてあとは、未決囚状態というのが、鑑定留置なのでしょうか。  
息子に精神科受診歴はありません。数年前からIT技術者として会社に派遣勤務していたのですが、体調を壊し実家に帰ってきました。インターネットで調べた『慢性疲労性症候群』にぴったり当てはまる身体状態で、病院や、整体にも通いましたがすっきりしないまま、風邪薬や灸にも頼りつつ、就職活動に励んでいました。そんな日々の中、「インターネット検索履歴が漏れる。誰かが就職を妨害している。家族の恥かしい映像までネットに流出している」と言うようになりました。親の私としては変とは思いましたが、息子はITの専門家なので、言われるままに自宅のネット接続契約を停止したこともあります。息子はネットカフェから発信しているようでした。 「家中に盗撮カメラが仕掛けられている。」とも言い、自分の部屋の壁板をのこぎりで切り内部をデジカメで撮影しコンセントの金具や、壁穴、トイレの便器まで撮影し、これは警察への告訴状に添えたようです。 ここまで来ると家族も心配し、メンタルクリニックの受診を勧めましたが、聞く耳を持たず代わりに私が受診して彼の相談をしました。統合失調症の疑いを指摘され受診を勧められましたが、息子は病気でないとして拒否していました。 昨年の衆議員選には、「出馬するから、遺産分けのつもりで供託金を出してくれ」と言いました。出馬理由が、「盗撮被害やネットに個人情報が流出する被害を警察に告訴したのに調べてもくれない選挙で訴えたい」というものでした。 準備期間もないし、供託金を没収されるだけだからと反対説得し保健所に相談にも行きました。本人は立候補者説明会に行くなど、準備を着々と進めており、選挙出馬への意欲は尋常ではありませんでした。どうしても供託金が用意できないと本人も認めた日の早朝、息子は家を出ました。立候補者事前調査、供託金を収める最終期限の日でした。公共機関に自動車で突入し逮捕されたのは日付がかわった深夜のことです。病気?犯罪者? 彼はどうなるのでしょう。もはや親の私にはどうすることもできない所に彼はいます。

 
林: 息子さんの突然の逮捕で、動転しておられることは理解できます。けれども、

もはや親の私にはどうすることもできない所に彼はいます。

そんなことはありません。息子さんのために、親である質問者にできることはあります。それを説明する前に、状況を一つ一つ確認してみましょう。

私の息子(36歳)は、1ヶ月半前のある日の深夜、公共機関の建物に自家用車で突入し現行犯逮捕されました。

そのような行為があれば、逮捕されるのは当然です。
その行為に至るまでの経過をふりかえってみますと、

体調を壊し実家に帰ってきました。インターネットで調べた『慢性疲労性症候群』にぴったり当てはまる身体状態で、

この時点では色々な病気の可能性が考えられますが、

そんな日々の中、「インターネット検索履歴が漏れる。誰かが就職を妨害している。家族の恥かしい映像までネットに流出している」と言うようになりました。

このような被害妄想が出現したこととあわせると、上記の 『慢性疲労性症候群』にぴったり当てはまる身体状態 は、統合失調症の前駆症状であったと納得できます。

親の私としては変とは思いましたが、

統合失調症についての知識があれば、息子さんの症状は統合失調症の前駆症状に一致していることに気づかれたことと思います。

「家中に盗撮カメラが仕掛けられている。」とも言い、自分の部屋の壁板をのこぎりで切り内部をデジカメで撮影しコンセントの金具や、壁穴、トイレの便器まで撮影し、これは警察への告訴状に添えたようです。

ここに至っては統合失調症であることはほぼ確実といえるでしょう。

 ここまで来ると家族も心配し、メンタルクリニックの受診を勧めましたが、聞く耳を持たず代わりに私が受診して彼の相談をしました。

よくあるパターンです。

統合失調症の疑いを指摘され受診を勧められましたが、息子は病気でないとして拒否していました。

よくあるパターンです。

 昨年の衆議員選には、「出馬するから、遺産分けのつもりで供託金を出してくれ」と言いました。出馬理由が、「盗撮被害やネットに個人情報が流出する被害を警察に告訴したのに調べてもくれない選挙で訴えたい」というものでした。

統合失調症が悪化し続けています。
そして、冒頭に記された公共機関への突入~逮捕 となったわけですが、

20日間の拘留の後、3か月の鑑定留置が決定し、

とのこと、被疑者(つまりこの【2443】では息子さんのことです)に精神障害の疑いがあり、その精神障害が犯行に影響している可能性ありと認められた場合の一つの処遇の形です。これから精神鑑定と呼ばれる診察が開始されることになります。質問者がお読みになった 統合失調症という事実 から引用しますと、

明確な触法行為(犯罪に相当する行為)で警察に逮捕され、検察庁に移され、そこで初めて精神科医の診察になることもあります。この診察を簡易鑑定(正式には精神衛生診断)といいます。その結果、被疑者が精神障害者で、逮捕される原因となった行為が障害と密接な関係があると、検察官は起訴しないことがあります(起訴しなければ裁判にはなりません)。検察官は,勾留期限内(最長23日間)に、被疑者を起訴するかしないかを決めなければならないこともあって、鑑定のための診察は通常1回(3時間程度)で、鑑定結果は数日以内に簡易鑑定書として検察官に提出されます。
(統合失調症という事実 第3章 Case3-4 強盗致傷事件の簡易鑑定書 より)

↑これは簡易鑑定の説明です。さらに引用を続けますと、

このような短時間の簡易鑑定では判定が難しい場合には、2ヶ月以上の期間を要する本鑑定を行なうことになります。

↑ということになる場合もあります。この【2443】は、

3か月の鑑定留置が決定し、

ということは、本鑑定が開始されたということです。
 本鑑定の結果次第で、【2443】は不起訴になる可能性があります。起訴しなければ裁判にならず、すると本人はどうなるかというと、医療観察法という法律の手続きに従って、精神科の治療が開始される公算が高いと言えます。
 また、仮に起訴されて裁判になったとしても、その段階であらためて精神鑑定が行われ、結局は医療観察法に従って精神科の治療が開始される場合もあります。この場合、刑務所に行かず病院に行くということになります。
 この【2443】のケースは、統合失調症(または妄想性障害)であることはまず確実で、犯行は統合失調症と不可分の行為と考えられますので、本人の今後にとっては、服役するより病院で治療を受けたほうが望ましいといえます。「本人の今後」とは、決して本人自身だけでなく、周囲への影響も含んでいます。つまり、いくら刑務所に入っても、統合失調症という病気の治療をしなければ、出所してからまた同じ行為に至る可能性は高いままですから、刑による再犯予防効果はほとんどないと言うべきでしょう。今回は建物の破壊だけですんだのは不幸中の幸いで、自動車で建物に突入すれば、人命が失われるおそれも十分にあったわけで、次はそのようなことが起こるかもしれません。

さて、ここで回答の冒頭に戻ります。

もはや親の私にはどうすることもできない所に彼はいます。

そんなことはありません。息子さんのために、親である質問者にできることはあります。それは、息子さんが適切な医療を受けられるようにすることです。現段階では、息子さんの運命は精神鑑定をしている医師と、検察庁に握られています。精神鑑定が正確に行われれば、おそらくこのケースは医療観察法の処遇になるでしょう。けれども、たとえば息子さん本人が診察に協力的でないようなことがあれば、医師に正確な情報が伝わらず、誤った判断が下されるおそれがあります。
ですから、この【2433】では、親である質問者にできる最善のことは、精神鑑定の医師や検察庁に(精神鑑定が行われている段階では、医師ということになります)、息子さんのこれまでの状態を正確にお伝えすることです。直接その医師に会うことはおそらく許可されないと思われますが、弁護士の先生を通せば、情報を伝えていただくことはできるはずです。

病気?犯罪者? 彼はどうなるのでしょう。

病気です。そして法に触れることを行ったことはもはや否定できません。但し犯罪者というのは、有罪になって初めてそう呼ばれるものです。息子さんは現時点では犯罪者ではありません。病気であるとまでは確実に言えます。この【2443】では病気の治療が最優先事項です。

先生のご著書、統合失調症という事実 及び 統合失調症 患者・家族を支えた実例集 を読み終えたところです。 もっと早く、この本に出会っていたら今回の事件を阻止できたかも・・・と思うと悔やんでも悔やみきれません。統合失調症で治療を受けないとどういう悲劇が起こるのかということが、なぜ他の本には書かれていないのでしょうか。なぜ相談に行った保健所では教えてくださらなかったのでしょうか・・・。

その気持ちは理解できます。こうなる前に、さらには前駆症状の時期に、適切な治療を受けることができれば、このような悲劇は発生しませんでした。
ですが発生してしまった以上、現時点でできる最善のことをすべきです。

もはや親の私にはどうすることもできない所に彼はいます。

病気の治療のために、親である質問者にできることが十分にあるのは上記の通りです。

 

(2013.9.5.)

05. 9月 2013 by Hayashi
カテゴリー: 精神科Q&A, 精神鑑定, 統合失調症