【2442】解離性障害、統合失調症の両方を念頭においた治療が始まりました(【2407】のその後)

Q: 【2407】中学生の統合失調症の治療について でお世話になりました。ご回答をありがとうございました。投稿から約1ヶ月半後に掲載していただきましたが、すでにその時点で状況がだいぶ変わってきていましたので、現時点までの約2ヶ月間の経過をご報告させていただきます。  結論を先に言えば、解離性障害を念頭においた治療が始まりました。順を追って書きます。
【2407】でも書いたとおり、その時点では集中力が続かず落ち込む様子が多々見られたので「これが陰性症状なんだ、長い目で見ていこう」と自分に言い聞かせ、できるかぎり家が安心して休める場所となるよう心がけてきましたが「来週から学校に行く」と言い出し、実際1週間後から学校に行き始めました。 最初の1~2週間こそ週に2日ほど、早退や遅刻や休むこともありましたが、その後は保健室に行くことはあるものの、毎日朝から学校へ行き、授業、部活をこなし、習い事のある日は習い事にも行き、下手すると朝出て帰ってくるのは夜8時や9時という日があったりもしました。すでに学校が最大のストレスの場とわかっているし、あまりに飛ばし過ぎではないかと心配になり、部活も習い事も「いつでも休んでいいから、やめてもいいから」と言ってきましたが、結局やめることはなく現在まで続いています。  落ち込む様子はそれなりに見られたので私の心配はどんどん膨れ上がり、また主治医からも「無理させないように」と強く言われているので、無理させないよう無理させないようと気遣ってきましたが、私の心配や気遣いが敏感に娘に伝わり(私の不安が増すと娘の不安も増す)、過度な気遣いは逆に負担になっていることに気付かされました。私と娘はまるで鏡のようだと不思議な気分を味わいました。その後とにかく普通にと(それもバレたりしますが)私は私、娘は娘と自分に言い聞かせ、否定はしない、かと言って全て肯定するわけではなく、同時に他愛ない話を極力楽しくするように心がけ、娘との距離を測っていくと、日増しに安定していくように感じました。(もちろん何度か失敗しています)  明らかに症状は改善しているのでとても喜ばしいことなのですが、やはりずっと引っかかる何かを感じていたのは確かです。改善した点は、支離滅裂な言動が一切ないこと、落ち込むことはあってもテレビを見ては一緒に笑い、パソコンでファンタジーや文章を書き(当時文章ばかり書いてました。今はほとんど書いてません)その文章がまとまっていること、友達とカラオケに行ったり、本や漫画を毎日読むなど。なかでも音楽やテレビの音など、音を常に必要としています。しかし林先生のご指摘のとおり、願望だけで見てはいけない、冷静に客観的に見なければいけない、これらは判断材料ではない、大事なことを見落としてはいけないと自分に言い聞かせてきました。
学校へ行き始めてから約3週間後、家の狭い階段を娘の後ろについて昇ろうとした時、娘の「うしろを歩かないで」という言葉を聞き、そう言えばずいぶん前(3年は前)からうしろを気にすることが多かったなと思い出し、何気なく調べていると「解離性障害」に行き着きました。しかし恥ずかしながら解離性障害に関して、多重人格ぐらいの知識しかなかった私は、その後、健忘や遁走などの症状を調べながらも無関係と思っていました。もちろん私が知る限り虐待やいじめはありません。それでも特定不能の解離性障害があるのを知り、試しに娘にいくつか質問してみました。  【2407】にも書きましたとおり「頭の中にもう1人自分がいるようだ」と言っていたことをもう一度聞いてみると「1人じゃない」との答え。「じゃあ2人?」「いや、もっとたくさんいる」とのこと。その後、自分の中で人数はいつの間にか増えていた、明確な人格には分けられないので何人いるかわからないが、主に二人が会話していることが多い。慰めてくれることもある。怒られる時もある。また前日の一部が真っ白になって思い出せないことや、いつの間にか違う場所にいるという健忘が、学校にいる間に何度か起こっていることがわかりました。これだけのことを聞き出すのにかなり時間がかかっています。そして主治医にそれらを伝えましたが、ほとんど反応を示していただけませんでした。  このような症状があると伝えれば自然に、解離性障害の可能性も視野に入れて診ていただけると思い込んでいましたが、全くその様子はなく、子どものことばかり考えすぎるから余計なことも考える、自分の生活をしっかりしなさいと、逆にお叱りのような主治医の言葉に深く失望しました。ただ同時にもう一度、私も自分自身を見つめ直し、主観的すぎるのか、考えるに値しないことなのか、主治医に従うのが筋だろう(娘と主治医の相性はいいです)と自問自答を繰り返す機会をもらいました。  かなり迷った末、もし解離性障害の可能性が高い場合、悪化したらどうなるのだろう?という不安から、解離性障害に詳しい先生に診てもらいたいという思いが捨てられず病院探しを始めました。これが難航しました。すでにセカンド、サードオピニオンを受けており、どちらも紹介状持参で結論は主治医の見解を尊重するという立場で、解離性障害の話は一切出ず、もちろん解離性障害を念頭においた質問はされてきませんでした。言葉は悪いですが不信感を持っているのは確かです。解離性障害に詳しい先生が数少ないという現状もわかり、病院探しから約3週間後ようやく解離性障害に強い先生に診ていただくことができました。紹介状も持参しました。
その先生からの、これまでされてこなかった問診の結果、解離性障害の可能性が高いとの診断(9割近くという表現でした)を受けました。もちろんまだニュアンスに微妙なところがあるので、統合失調症の可能性もゼロとは言えず、今後両方を診ていかなければいけない、との結論です。理由は次のようなものです。 ・全体像が統合失調症としてはブレがある。・幻聴は決め手にならない。・非現実的な関係づけの妄想がない。・小学生の時かなりショックな出来事があった。・強い不安が根底にある感じ方が多い。  私と娘の別々の面談でしたので、実際に娘が何をどのように話したのかわかりませんが上記のように言われました(時間にして娘2時間弱、私1時間弱。その他チェック用紙あり)。また、実際に身体に表れていた症状と娘の性質は以下のような感じです。これは解離性以前の話なので、逆に解離性障害の幅を広げる危惧が出てくるのかもしれません。・3年前ぐらいから現在まで、手が震える、手に力が入らない、両足の膝当たりが痛むことがある。・知らないうちにアザができていることがある。・体感温度がわからない時がある。・うしろが気になる、うしろを何度も振り返る。誰かにうしろに立たれるのが嫌だ。・カーテンの影が気になる。・幽霊(黒い影)を見た。3年前に死んだ犬の気配を感じる。・人がいても孤独を感じる。人が不気味な物に見えることがある。・鏡を見るとその奥が気になって仕方ない。・デジャブが当たり前のようによくある。・予知夢らしきものを見る。・夢の中で自分の姿を見る違う自分がいる。・夢と現実の区別がつかないことがある。リアルな夢をよく見る。・意識は自分だが、違う体になっている夢を見る。・人や物が異常に大きく見える夢が多い。・悪夢をよく見る。・現実でも自分の姿をなんなく目の前に浮かべ、それを眺めるのは簡単だ。・現実で自分の姿を違う角度から見るのも簡単だ。・人との別れ、場所との別れを異常に寂しく感じる。・人が次に何を言うのかなんとなくわかる。知り合いの車だと遠くでもなんとなくわかる。・夕方から夜にかけて不安になる。 ・風景がテレビを見ているように見えることがある。自分の目がテレビの画面の役目で、その奥から自分が見ている感じ。・見慣れた場所が知らない場所に感じることがある。・お母さんが知らない人に見えることがある。  娘は一人っ子。幼い頃から怖がりで大人しく、自己主張せずにまわりに自分が合わせるタイプ。また真面目で責任感が強く、弱音や愚痴を吐かず、悪口を全く言わない。空想好きで本好き。小学生の時友人関係でショックを受けた経験あり。その頃から人間の二面性の怖さを知り、人間不信になり本音を隠すようになる。常に人の言動が気になり、人に気を使い、言葉の深読み裏読みをし、人を不愉快にさせているのではないか、人を傷つけるのではないかと心配し、ますます人に合わせることに神経を使い、やり過ぎて自分というものがわからなくなった感じです。さらにそんな自分を全否定し、自責の念と自己卑下が異常に強い。親は共働きです。
今回、子どもの診断で難しいと思ったのは、最初幻聴として訴えていた声が本人が自分の中の声だとわかった後から訴えなくなったこと(主治医には幻聴はなくなったと私は聞いていました。いいことばかりじゃないけど、いないと寂しいと今は言っていて、さらに最近は少なくなっているそうです)。また、聞かれない限り自分から言うことはないこと。聞かれても言わないことが多いこと。言葉に出しても微妙な表現になること。本人にとっては当たり前だと思っている感覚が多いこと。主治医との相性は私と娘とで差があること。  娘は自分自身と自分に身近な話になると、とことん口が重くなり、当たり前ですが少しでも不信感を持つと心を閉ざします。時間をかけてごく自然な流れになるように、少しずつ少しずつ会話に混ぜて聞き出しました。もちろん何度も問い詰めたいという衝動にかられましたし、聞き方に失敗することもありました。正直、私自身何を信じていいのかわからず、自分のやっていることに不安を感じたり責めたり後悔することも多々あります。なかでもなぜもっと早く気付かなかったのか、という思いは消えません。今後を考えても心配や不安で押しつぶされそうになる時があります。しかし、解離性障害と統合失調症の両面から診ていただくことが決まったことで、これからは全て主治医となる先生におまかせするという決心と安心が得られました。  現在、薬は多少減薬され、リスペリドン1mgとセロクエル50mgを就寝前に服用しています。今は鬱っぽい症状のほうが心配の状況(気分の落ち込みとリストカットの衝動)で、服薬も含め今後の治療方針に関しては、3週間後の次回の診察までの経過を踏まえ、そこから決めていく予定です。  長くなりましたが、このような経緯です。感情的な表現が多々ありますが、少しでも誰かの役に、何かの役に立つことができれば嬉しいと思っております。今後の報告もまたしたいと思います。

 

林: 詳細なご報告をありがとうございました。

解離性障害と統合失調症の両面から診ていただくことが決まった

とのこと、これから改善に向かわれることと思います。(もちろん、まだまだ紆余曲折はあるでしょう)

今回のメール内容を拝読しますと、結論としては新しい主治医の先生のご意見、すなわち、

解離性障害の可能性が高いとの診断を受けました。もちろんまだニュアンスに微妙なところがあるので、統合失調症の可能性もゼロとは言えず、今後両方を診ていかなければいけない

に、私は全面的に賛成いたします。
今回のメール内容には、解離性障害の診断を支持する所見がいくつも認められます。いくつか例を挙げますと(あくまで一部を例として挙げたものです。ここに挙げなかった部分にも解離性障害の診断を支持する所見はいくつもあります)、

・ 知らないうちにアザができていることがある。

解離性健忘によるものでしょう。

・ うしろが気になる、うしろを何度も振り返る。

解離性障害で、あり得る症状です。柴山雅俊先生の『解離性障害』も、副題が「うしろに誰かいるの精神病理」とつけられています。

・ 幽霊(黒い影)を見た。3年前に死んだ犬の気配を感じる。

解離性障害らしい幻視です。

・ 現実でも自分の姿をなんなく目の前に浮かべ、それを眺めるのは簡単だ。

自己像幻視に近い症状です。

・ 風景がテレビを見ているように見えることがある。

離人の一種と解釈できます。

これらの症状に加え、

幼い頃から怖がりで大人しく、自己主張せずにまわりに自分が合わせるタイプ。

常に人の言動が気になり、人に気を使い、言葉の深読み裏読みをし、人を不愉快にさせているのではないか、人を傷つけるのではないかと心配し、

こうした性格特徴は、「過度の同調性」と呼ばれるものに一致し、これは解離性障害の方にしばしば見られる性格特徴です。

なお、幻聴がなくなってきたらしいとのことですが、

いないと寂しいと今は言っていて、

このように、幻聴が消えたときそれを寂しいと言うのは、統合失調症では慢性化した場合には時々ありますが、初期にはあまりないことです。したがって解離性障害の診断を支持するといえます。

ただし、統合失調症の色彩がある所見もいくつかあります。すなわち、

・人が次に何を言うのかなんとなくわかる。知り合いの車だと遠くでもなんとなくわかる。

・夢と現実の区別がつかないことがある。リアルな夢をよく見る。

これらはどちらかというと統合失調症らしい体験ですが、解離性障害でも十分にありえますので、他の症状とあわせれば、やはり解離性障害という診断に傾きます。

また、主治医の先生のおっしゃっている、

・全体像が統合失調症としてはブレがある。

というのも非常に重要な所見で、これが決め手になることも実際の臨床ではしばしばあります。
しかしネットのQ&Aでは、「全体像にブレがある」というような曖昧な言い方では回答になりませんし、また、全体像の判断には本人の直接の診察から得た印象も大きな要素で、これもネットのQ&Aではわからないことですので、「全体像にブレ」というような回答はなるべく避けるようにしています。
これに関連して、上に「解離性障害を支持する所見」として挙げた内容も、一部は統合失調症でもあり得るもので、両者の「所見」は文字で書くと同じような表現になりますが、実際に診察すると、たとえば「幻聴」という文字にすると同じ症状でも、その幻聴が統合失調症らしいか解離性障害らしいかの判断がかなりできるものです。

その他、新しい主治医の先生がご説明された、解離性障害診断の根拠の、

幻聴は決め手にならない。
非現実的な関係づけの妄想がない。
小学生の時かなりショックな出来事があった。

これらはいずれも解離性障害の診断根拠として妥当なものです。(繰り返しますが、「幻聴」というだけでは、それが統合失調症らしい幻聴か、解離性障害らしい幻聴か区別がつきません)

なお、【2407】で私は、この方は統合失調症の可能性が高いと回答しました。それは今回の【2442】の回答とは矛盾していますが、あらためて【2407】を読み返してみると、【2407】の記載から読み取れる範囲では、やはり統合失調症の可能性が高いという判断は変わりません(今回の【2442】の内容があって初めて、解離性障害の可能性に傾いたということです)。

【2407】の質問文には次のように記されています:

現在中学3年生、14歳、女子。中学2年の4月終わり頃より不安が強く、胸のあたりの圧迫感、両足膝上の痛みを時々感じるが、異常が見つからず。年が明けて2月、学校にいるのが辛いと言い出し、総合病院心療内科初診。精神安定剤処方。その後、学校へ行くと不調。強い自責、絶望感、希死念慮を訴え、X年3月初旬病院に入院。現実感喪失、幻聴や誰かに見られている感じを訴え、統合失調症の前駆症状を念頭に治療開始。

ここに記述されているのは、中学2年の頃、とらえどころのない身体症状と不安で始まり、その後、「強い自責」「絶望感」「希死念慮」「現実感喪失」「幻聴」「誰かに見られている感じ」が認められています。いまカギ括弧でくくった症状は、具体的な記載を欠いており、単なる文字で表現されたものにすぎません。するとそこから、ある病気らしさ(つまり、統合失調症らしさ や 解離性障害らしさ)を読み取ることはできず、これだけですと統合失調症とも解離性障害とも判断できません。しかし、現に「統合失調症の前駆症状を念頭に治療開始」されたということは、直接診察された医師が統合失調症と診断したわけで、すると回答としても「統合失調症の可能性が高い」という判断に傾きます。
さらに【2407】の質問文からは、幻聴という症状の性質が誤解されていること、質問者である母親は娘が統合失調症であってほしくないという意識があることが読み取れること、そしてこのような意識は非常にしばしば適切な治療の開始や持続を阻み、悲惨な結果を招くこと、これらを総合すると、【2407】では統合失調症の可能性が高い、偽陽性問題を考慮したとしても、今の治療を続けるべきである、という回答になります。
但しその回答はあくまでも【2407】の質問メールに書かれている情報に基づいた場合のものであって(【2407】に限らず、精神科Q&Aでは、質問メールの内容が事実であり、メール内容以外には医学的に重要な情報は存在しないことを仮定して回答しています)、今回の【2442】の質問メールの内容が新たな情報として追加された現在では、解離性障害という診断に傾きます。もちろんこれも、【2442】の内容が事実であり、これ以外には医学的に重要な情報は存在しないことを仮定しての回答です。

 

(2013.9.5.)

その後の経過(2013.11.5.)

 

05. 9月 2013 by Hayashi
カテゴリー: 精神科Q&A, 統合失調症, 解離性障害