【3499】うつ病の再発を繰り返している私は双極性障害なのでしょうか 

Q: 37歳男、現在は抑うつにより仕事を辞め、フリーランスで音響や動画の編集などで収入を得ています。

まず、20歳の頃から現在にかけての16年間で6回程度の抑うつ状態が発生し、その都度精神科又は心療内科に掛かって抗うつ剤をもらい、抗うつ剤の効果が現れてしばらくして鬱が去ったかどうか医師と相談しつつ徐々に減らす方法で服薬を辞めていく方法を行ってきました。受診期間は6ヶ月から2年です。

服薬を辞めた直後は安定した状態ですが、しばらくすると眠れない、意欲が湧かないとか、音楽を聴かなくなったり本を読まなくなったり、作業の進捗が芳しくなくて焦りだけが増えるという鬱の兆候みたいなものが現れ、最寄りのクリニックに予約を入れて受診ということを10年以上繰り返しています。

抑うつを何度も繰り返し繰り返し経験していたり、最初の発症が若年期である場合、双極性障害である可能性が高いようですが、自分にはどうも躁病エピソードが見当たらず、大きな衝動買いで後悔があったとか性行為に耽溺したとか機関銃のように喋ったなどの経験がありません。表紙のデザインが良かったとか、著者が知っている人だったとかで2000円程度の本を内容を吟味せず買って、後になってやはり買わなければ良かった等小さな後悔をすること、音楽を聞いて感銘を受けたとき、作曲者に長文のファンメールを送り、送った後で誤字や文法の誤り等に気づき恥ずかしくなることはよくあります。これを軽躁状態であると判断はできるでしょうか?

そして、こういった状態から私は鬱病又は双極性障害と言えるのでしょうか?ないしは他に考えられる診断はありますでしょうか?

また、経験から判断して薬物療法ではどうにも根治は難しいのではないかと疑っており、磁気刺激やECTなどの療法を試してみたいと少なからず思います。
が、これらの治療は、安全性については問題無いようですが何日か入院を要するようで、もしそれで駄目だったらと骨折り損になるリスクを警戒したり、さすがに痛みはないといっても意識が強制的に途切れるというシチュエーションを想定すると怖いものだったりします。もしよろしければこれらの療法について、私の症状に適合するかなどお聞かせ願えたら嬉しいです。

 

林: 方法は二つです。第一は、うつ状態がよくなってからも抗うつ薬を飲み続けること。第二は、双極性障害としての薬物療法を受けることです。
一方、

磁気刺激やECTなどの療法を試してみたい

それはお勧めできません。この【3499】のケースに適切なのは薬物療法だと思います。

以下、上記の回答の理由を順に説明します。

まず、20歳の頃から現在にかけての16年間で6回程度の抑うつ状態が発生し、その都度精神科又は心療内科に掛かって抗うつ剤をもらい、抗うつ剤の効果が現れてしばらくして鬱が去ったかどうか医師と相談しつつ徐々に減らす方法で服薬を辞めていく方法を行ってきました。受診期間は6ヶ月から2年です。

抗うつ薬の治療によってうつが改善した後、抗うつ薬を徐々に減らしていく。これは、うつ病の治療として現代の日本では一般的な方法です。
しかし。

服薬を辞めた直後は安定した状態ですが、しばらくすると眠れない、意欲が湧かないとか、音楽を聴かなくなったり本を読まなくなったり、作業の進捗が芳しくなくて焦りだけが増えるという鬱の兆候みたいなものが現れ、最寄りのクリニックに予約を入れて受診ということを10年以上繰り返しています。

この【3499】では、このように、抗うつ薬でいったんよくなってからも、何回も再発を繰り返し、それが10年以上にわたっています。そうしますと、今後も同じことが繰り返され続けることが当然に予想されます。このようなケースでは、再発予防のために抗うつ薬を飲み続けることが考えられます。したがって上記の第一、
うつ状態がよくなってからも抗うつ薬を飲み続けること
が勧められます。

第二は質問者の疑問に直接関連します。すなわち、この【3499】のケースが双極性障害と言えるかどうかです。質問者は次のように言っておられます。

抑うつを何度も繰り返し繰り返し経験していたり、最初の発症が若年期である場合、双極性障害である可能性が高いようですが、

それは一般論として正しいです。
ではこの【3499】は双極性障害でしょうか。双極性障害と診断するためには躁病エピソード(躁病相の存在)が必要です。質問者は次のように言っておられます。

表紙のデザインが良かったとか、著者が知っている人だったとかで2000円程度の本を内容を吟味せず買って、後になってやはり買わなければ良かった等小さな後悔をすること、音楽を聞いて感銘を受けたとき、作曲者に長文のファンメールを送り、送った後で誤字や文法の誤り等に気づき恥ずかしくなることはよくあります。これを軽躁状態であると判断はできるでしょうか?

これらを軽躁状態と判断することには無理があります。但し、双極性障害の人は、ご自分の躁状態を過小評価したり、あるいは過小に報告するのが常ですので、「質問者本人の記載だけからは躁状態かどうかの判断は不可能」というのが本来的には正しい回答になります。しかしそれでは話がそこで止まってしまいますので、ここでは仮にこの質問者の報告は信頼できるとして先に進みます。
そうしますと先に述べた通り、「この記載からは、軽躁状態と判断することには無理があります」が答になります。但し(再び「但し」ですが)、質問者がこれまでうつ病相を繰り返していることを考慮に入れると、これらのエピソードを軽躁状態とみなす余地はあると言えます。少なくともそのようにみなす立場を不合理とは言えません。そのような立場を取ればこの【3499】の診断は双極Ⅱ型障害になり、双極性障害としての治療を開始することは合理的ということになります。

けれどもこの回答の冒頭で私が、第二の方法として
双極性障害としての薬物療法を受けること
を挙げたのは、必ずしも【3499】のケースが双極Ⅱ型障害であると判断したからというわけではありません。
もう一度【3499】の質問者の記載から引用します:

抑うつを何度も繰り返し繰り返し経験していたり、最初の発症が若年期である場合、双極性障害である可能性が高いようですが、
(ここではこれをaとします)

先に述べた通り、この記載は正しいです。但し関連して、

抑うつを何度も繰り返し繰り返し経験していたり、最初の発症が若年期である場合、双極性障害の治療が有効である可能性が高い
(bとします)

という事実があります。
aとbは同じことを言っているようですが、大きな違いがあります。すなわちaは診断についての文であり、bは治療についての文です。つまりbで言っているのは、「抑うつを何度も繰り返し繰り返し経験していたり、最初の発症が若年期である場合、診断が双極性障害であるか否かにかかわらず、双極性障害の治療が有効である可能性が高い」であり、これは臨床的な事実です。私がこの回答の冒頭で、第二の方法として、
双極性障害としての薬物療法を受けること
と言ったのは、この事実に基づいています。

ではなぜ「抑うつを何度も繰り返し繰り返し経験していたり、最初の発症が若年期である場合、診断が双極性障害であるか否かにかかわらず、双極性障害の治療が有効である可能性が高い」のか? これについては大きく分けて次の3つが考えられるでしょう。

(1) 躁状態(または軽躁状態)が見落とされていて、実は双極性障害が正しい診断だった。
(2) これまでは躁状態(または軽躁状態)は出現していないが、それは「まだ」出現してないだけで、将来のどこかの時点で躁状態(または軽躁状態)が出現する。したがって正しい診断は双極性障害である。
(3) 診断はうつ病で正しいが、それでも双極性障害の治療が有効である。

この【3499】にあてはめると、

表紙のデザインが良かったとか、著者が知っている人だったとかで2000円程度の本を内容を吟味せず買って、後になってやはり買わなければ良かった等小さな後悔をすること、音楽を聞いて感銘を受けたとき、作曲者に長文のファンメールを送り、送った後で誤字や文法の誤り等に気づき恥ずかしくなることはよくあります

を軽躁状態であるとみなせば(1)にあたるということになります。このとき、上記エピソード(買い物やファンメールのエビソード)が、ある期間に集中する傾向があるか否かが、双極性障害の軽躁エピソードとみなされるか否かのひとつのポイントになります。また、抗うつ薬服用時期との時間的関係も検討の必要があるでしょう。

上記エピソードを軽躁とみなさないとしても、将来のどこかの時点において躁状態(または軽躁状態)が出現する可能性は否定できませんから、(2)の立場を否定することはできません。他方、肯定する根拠もありませんので(今後この【3499】が双極性障害の治療を受け、それが有効だった場合に、それを根拠に診断を双極性障害だとする考え方もあり得ます。他方、それを根拠とするのは本末転倒とする考え方もあり得ます)、(2)は検証不可能な仮説という性質を持っています。

(3)は、「診断名は関係ない。とにかく薬が効けばそれでいいではないか」ということであり、雑な考え方とも言える一方、治療で重要なのは理屈ではなく結果ですから、結論の出ない診断論をいつまでも続けているより治療を開始するほうがはるかに医療として正当であるとも言えるでしょう。
もちろんここで、
「抑うつを何度も繰り返し繰り返し経験していたり、最初の発症が若年期である場合、臨床的には診断が双極性障害であるとは言えなくても、脳内のメカニズムとしては双極性障害と同様の障害が起きており、したがって、双極性障害の治療が有効である可能性が高い」
と推定することは合理的ですが、しかし現段階では仮説にすぎません。確実に言えるのは
抑うつを何度も繰り返し繰り返し経験していたり、最初の発症が若年期である場合、双極性障害の治療が有効である可能性が高い
ということまでです。
よってこの回答の冒頭の答、
双極性障害としての薬物療法を受けること
が導かれます。

磁気刺激やECTなどの療法を試してみたい

これがお勧めできない理由は、これらの療法は原則として薬物療法では十分な効果がない場合に施行すべきものであって(これは現代における原則です。将来この原則は変わるかもしれません)、この【3499】では上記の説明の通り薬物療法の効果が十分に期待できるので、試すことに合理性は認められないということです。

ここで「薬物療法の効果が十分に期待できる」というのは、うつ病相そのもの、及び、うつ病相再発の予防の二つを指しています。磁気刺激やECTを施行すべきケースとは、うつ病相そのものが、薬物療法によって改善されない場合です(たとえば【1341】夫の重いうつ病が電気けいれん療法で劇的に回復しました)。また、再発防止のために施行することもありますが(たとえば【2969】妻は再度電気けいれん療法を受け、回復しました)、そのような施行法はまだ一般的とは言えません。
この【3499】のケースでは、うつ病相そのものに抗うつ薬が効くことは過去10年以上の経過からみて間違いありません。再発予防についてはまだ試みられていませんので厳密には効果不明というべきですが、うつ病相には確実に効いたという実績からみて、予防効果も十分に期待できると考えるのが普通です。したがって第一に試みるべきは抗うつ薬による再発予防で、第二に試みるべきは双極性障害の治療による再発予防です。万一それらが十分に効果が見られなかったときにはじめて、他の治療法を考慮することが勧められます。

(2017.8.5.)

05. 8月 2017 by Hayashi
カテゴリー: うつ病, 精神科Q&A, 躁うつ病, 電気けいれん療法 タグ: |