【2912】順調だった統合失調症の妻が急に塞ぎこむようになったのは再発でしょうか、それともうつ病でしょうか(【2713】のその後)

Q: 60代男性です。
【2713】電気けいれん療法で回復した妻。しかし今度は今までとは違う症状が出てきた で回答を頂いた者です。お礼が遅れて申し訳ありません。妻はその後、「心理療法」をしばらく受け、寛解、退院いたしましたが、最近になってまた再発したようなのです。再発したとすれば、妻にとって5回目の再発ということになります。

【2713】での林先生のご意見は、「もう1クール電気けいれん療法を受けるべき」とのご回答でしたが、病院側の手違いで、電気けいれん療法の施術をしていただいたC病院の事務方では、B病院より「電気けいれん療法を1クール行う」ことを条件に転院してきたのだから、ベッドの空きの関係もあり、治療が終わったので元の病院へ帰ってほしいと言われました。しかし、C病院の主治医の(転任してきたばかりでその病院のシステムを理解されていない)先生が、暫く様子を見たいと、「心理療法」を行ってくださり、外泊などを経て、退院、B病院へ通院のため戻ることになりました。
しかし、B病院では、「今後再発しても、治療設備のないB病院では処置できないので、C病院へ通院したらどうか」と薦められたのですが、通院時間に1時間以上もかかるC病院は事実上不可能で、通院と投薬観察を条件に診察していただくことになりました。

その後は、とても、順調でした。旅行の好きな妻の意向で、近距離より毎月の旅行を始め、妻も、公民館活動へ自主的に参加したり、病院の作業療法(簡単な料理教室)へ通うことを楽しみにしていました。兄弟を呼んでテーブル一杯に手造り料理を並べ、振る舞い、それらはとても喜ばれ、そして妻も嬉々としていました。それは、30代で発症、その後、通院・服薬することもなく、20年間平凡な生活を送っていた(このことは前回も書きました)頃に戻ったのだと、奇跡が起きたと、私も老後の生活の楽しみに夢を馳せ有頂天になっていました。

ところが、先週から「何(家事)もできない」と言って塞ぎこむようになりました。病院へ連絡をとり、緊急に診察していただき、薬を増やして頂きました。
主治医の先生の診断では「急に頑張りすぎて、疲れが出たのでしょう。ゆっくり休息をとってください」とのことでした。
確かに、いわゆる「陰性症状」かと思いますが、私の知識・経験では陰性症状は陽性症状の後に、休息期としてやってくるものだと思っていました。かつて、10年間、この陰性症状に悩まされ、ひきこもりを経験した妻を看護していた私の経験です。しかし、今回は退院し、全く病気を感じさせない7カ月の生活の後に、忽然とやってきたのです。
そして、「陰性症状」であるならば、もう一度、最初から頑張ろう、精一杯、家で看護してやろうと思うのですが、この「何もやる気がない」症状が、陽性症状の前兆ではないかという危惧にも脅えています。
現在は一日中23時間も床に臥している状態で、入浴もできず、パジャマへの着替えも嫌がり、トイレさえ促されなければ行きません。食事は布団の中でしていますが、食後1分と座っていられません。私の呼びかけにも答えることをしませんし、答えても「解らない。できない」というだけです。何もできずに、家事を私に任せていることに、自責の念があるようで、時に、涙を流しながら、顔を両手で多い「何もできない」と叫ぶように訴えます。
特に、朝方が辛いようで、頓服も効果がありませんし、効果がないからと飲みたがりません。他人が訪れてくることのない時間帯、つまり、就寝時間頃、ようやく落ち着いて話ができるようになるという状態です。
家族構成は、心身症を患っており、糖尿病の低血糖と、時折やってくる不安発作に慄いている私と、てんかんで就職できない35歳の息子との3人暮らしです。
現在1週間に一度の外来診察ですが、毎週投薬量が増え、最新のものは以下の通りです。
朝食後 リスペリドンOD錠1mg×1錠
スルピリド錠50mg×1錠
就寝前 リスペリドンOD錠1mg×1錠
ジェイゾロフト錠25mg×3錠
スルピリド錠50mg×1錠
ハルラック0.25mg×1錠
フルニトラゼパム1mg×1錠
マグラックス錠500mg×1錠
頓服として リスペリドン内用液1mg/ml (0.1%)

そこで、ご質問です。
これも、統合失調症のひとつの型なのでしょうか? 「うつ」ではないでしょうか? 陰性症状の現れ方がこのような場合もあるのでしょうか?

昨日の診察では、一日も早く入院し、転院手続きをするので、電気けいれん療法を受けるべきだと主治医に言われました。これまでの入院は、すべて医療保護入院でしたが、現在の妻は病識もあり、判断能力もあり、電気けいれん療法は嫌だといいます。私も、「手に負えない」状態ではないので、なるべくなら私のもとで看護してやりたいと思いますが、私への「申し訳なさ」は、入院すれば消えるのでないか、その方が妻にとって心の安寧を得られるのではないかとも考えます。私の体力・精神的なことは大丈夫です。入院治療の方が正しいのでしょうか?
過去の発症で、一度だけ、電気けいれん療法をせずに退院できたことがあります。
退院後、10年間は寝たきりのひきこもり状態でしたが。私としては、このような治療を望むのですが、患者の立場に立ってみて、陰性症状はとても辛いものなんですよね? ならば、夫の私が妻に入院を説得すべきなのでしょうか?

このような陰性症状が、陽性症状の前兆とは考えられないのでしょうか?
だとしたら、それを区別するシグナルというものがあるのでしょうか?

主治医からは、電気けいれん療法のデメリットは、再発しやすいことだと説明を受けました。過去にも2か月で再発したことがあります。再発を繰り返す毎に、再発の間隔が短くなるものなのでしょうか? 電気けいれん療法による「健忘」などの障害が積算的にダメージとして残滓していくものなのでしょうか。
そのほかに、脳への障害は残らないのでしょうか?

過去17回の電気けいれん療法で、かなり過去を喪失しています。このような陰性症状だけで電気けいれん療法治療は選択肢として考えられるのでしょうか?
私の態度が決まらずに支離滅裂なことを書いたと思います。先生のご回答、心よりお待ち申し上げております。

 

林: 入院して電気けいれん療法を受けるべきです。

この【2912】のケース、医学的な観点からは、最大のポイントは診断名です。
患者ご本人の夫である質問者は、診断名が統合失調症であるという前提に立ったうえで、ご本人のことに心をくだいておられます。今の症状を陰性症状ととらえていることも、その文脈の中にあります。

統合失調症という診断名は、間違いではありません。前回の質問、【2713】電気けいれん療法で回復した妻。しかし今度は今までとは違う症状が出てきたで私も、

診断は統合失調症ということになると思います。

とお答えしました。診断基準にあてはめれば、おそらく統合失調症ということになるでしょう。
しかし【2713】の回答にはそれに続けて

ただし、典型的でない点がいくつかあります。

とご指摘しました。
典型的でなくとも、この【2912】のケースは、現代では公式には統合失調症と診断するのが適切であると私は考えます。診断についてのそれ以上の説明はかなり専門的になりますので、かえって混乱を招くというのがその主たる理由です。
けれども、今回の【2912】のご質問にお答えするためには、診断についてのさらなる説明が必須ですので、少々複雑になることを厭わず、ご説明することにします。

先に結論を言いますと、この【2912】のケースは、かつて非定型精神病と呼ばれていた病態に一致すると思います。
【2713】の回答には次のようにお書きしました。

・・・30代当時に最初に下された、「非定型精神病」という病名が浮上してきます。現代ではこの病名は正式な診断基準の中には存在しませんが、それはこの病気が消滅したという意味ではなく、独立した病名としては認められないようになったというのにすぎません(現代では、という意味です。将来また復活するかもしれません)。現代の正式な分類では、かつて非定型精神病と呼ばれていたものは、統合失調感情障害か、気分障害の中の下位分類のどこかに分類されることになります。

さらに【2713】ではこれに続けて

しかしこのような分類学は、実地上はたいした意味がありません。

とお書きしましたが、今回の【2912】にお答えするにあたって、追加説明をいたします。

非定型精神病という概念は実のところは難解ですが、誤解をおそれずごく単純にいいますと、

統合失調症と躁うつ病のそれぞれのメインの性質をあわせもった病態

ということになります。統合失調症のメインの病態とは、ここでは幻覚や妄想を指します。躁うつ病のメインの病態とは、ここでは、「病相を繰り返す。病相と病相の間には、完全寛解の時期がある」ということを指します。
これを【2912】のケースにあてはめますと、【2713】に記されている症状の中に、統合失調症に典型的と言える幻聴・被害妄想が認められます。つまり、統合失調症のメインの病態が認められます。
そして、【2713】、【2912】を通して経過をみますと、完全寛解の時期が認められます。しかも薬なしでかなりの長期間完全寛解になっています。これは躁うつ病のメインの病態といっていい所見です。
したがって上記の非定型精神病の特徴を満たしていると言えます。

非定型精神病にはさらにいくつもの特徴があります。それは、病相期(幻覚・妄想がみられる時期)にも、躁うつ病の色彩が見られるということです。
この【2912】でいえば、病相期にはうつ病の色彩が見られます。【2713】に記されている被害妄想は、うつ病の妄想といっても矛盾はないものです。
そして今回の【2911】で、質問者が「陰性症状」と表現されている症状は、今の時期だけを見れば、うつ病としても矛盾のない症状です。

したがって、【2912】の今の症状は、非定型精神病の一病相と考えるのが、最も正しいといえます。

これも、統合失調症のひとつの型なのでしょうか? 「うつ」ではないでしょうか? 陰性症状の現れ方がこのような場合もあるのでしょうか? 

このご質問に対する医学的に最も正確な答えは、

非定型精神病の症状

ということになります。
但し、現代の公式の診断基準には非定型精神病という診断名はありませんので、「統合失調症の悪化」または「統合失調感情障害の症状」ということになります。

けれども今はそうした厳密な診断名が問題ではありません。今の症状は本人にとって相当につらく、自殺の危険性があります。すぐにでも入院して電気けいれん療法を受けるべきです。それによって急速な改善が期待できます。

問題は、改善した後の治療です。

主治医からは、電気けいれん療法のデメリットは、再発しやすいことだと説明を受けました。

この説明は、ある意味正しく、ある意味間違いです。
「ある意味正しく」というのは、電気けいれん療法でよくなった後、再発するケースが多いことは事実だからです。
ということは「ある意味正しく」ではなく、「正しい」ではないかと思われるかもしれませんが、それは誤りです。
なぜなら、電気けいれん療法は、少なくとも現在の我が国においては、薬ではなかなかよくならないケースや、それまでに再発を繰り返しているケースに、最後の手段的に施行されることが多いからです。そうした難治のケースは、そもそもよくならないか、よくなったとしても再発しやすい性質を持っていることになります。電気けいれん療法がそうしたケースに施行される以上、他のもっと治りやすいケースに比べて再発しやすいのは当然です。
つまり、もしすべてのケースに対して電気けいれん療法を施行すれば、現在に比べて再発率はかなり低くなるはずだということです。

それはともかくとして、この【2912】のケースのことです。
ここまで解説してきたとおり、このケースは非定型精神病ですから、完全寛解になっても、なお再発の危険は常にあると考えるべきです。

【2912】には、

とても、順調でした。旅行の好きな妻の意向で、近距離より毎月の旅行を始め、妻も、公民館活動へ自主的に参加したり、病院の作業療法(簡単な料理教室)へ通うことを楽しみにしていました。兄弟を呼んでテーブル一杯に手造り料理を並べ、振る舞い、それらはとても喜ばれ、そして妻も嬉々としていました。それは、30代で発症、その後、通院・服薬することもなく、20年間平凡な生活を送っていた(このことは前回も書きました)頃に戻ったのだと、奇跡が起きたと、私も老後の生活の楽しみに夢を馳せ有頂天になっていました。

という記載がありますが、これは奇跡でも何でもありません。非定型精神病としては平凡な経過です。そして、いくら良い状態であっても、また再発する危険が非常に高いのが非定型精神病の特徴です。

この【2912】のケース、今後、電気けいれん療法によって寛解が得られた後、再発を予防する方法としては大きく2つが考えられます。

第一は薬物療法です。
これまでの病歴がかなり長いこともあり、処方歴が不明ですが、少なくとも現時点ではリスパダールと抗うつ薬で治療されています。この【2912】のケースにおいては、おそらくこれらのみでは再発予防効果として十分でないと考えられますので、

炭酸リチウム (リーマス)
バルプロ酸 (デパケン、バレリン、セレニカ)
カルバマゼピン (テグレトール)
ラモトリギン (ラミクタール)

のいずれかを試みるのが適切でしょう。
そしてこのケースにおいては、たとえ寛解状態になっても、薬は一生のみ続けるべきです。
精神疾患の中には、症状がよくなれば薬を減量・中止してもよい、あるいはそうしたほうがよいものも多々ありますが、この【2912】はこれまでに非常に多くの再発を繰り返しており、「過去17回の電気けいれん療法で、かなり過去を喪失しています。」と質問者が述べているように(但しこの表現は正確ではありません。過去を喪失したのは、電気けいれん療法が原因ではなく、再発が原因です)、再発によるダメージが甚大ですので(さらに言えば、再発時に自殺を完遂してしまうおそれもかなりあります)、薬が再発予防に有効と判断されれば、一生のみ続けるべきです。

第二は電気けいれん療法です。
電気けいれん療法は、統合失調症に行うにせようつ病などに行うにせよ、症状が悪化した時期に施行するのが通例ですが、それ以外に維持電気けいれん療法(一般には維持ECTと呼ばれています)というものがあります。
維持ECTとは、症状が寛解している時期にも、一定の間隔で電気けいれん療法を行うという手法です。これは比較的最近になって行われるようになった手法ですが、それまで何回も再発を繰り返していたケースの、再発を予防できることがしばしばあります。
症状がないのに入院して電気けいれん療法を、というのは、普通に考えればかなりの抵抗があるところですが、この【2912】のようなケースでは十分考慮に値する治療法です。

(2015.2.5.)

その後の経過(2015.5.5.)

05. 2月 2015 by Hayashi
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