【2412】電気けいれん療法後、人事不省になった

Q: 48歳の妹の状況について質問します。妹は5年前よりうつ病でクリニックを受診。4年前に突発性難聴を発症して入院したのをきっかけに総合病院に転院しました。3年前と2年前に1回づつ休息目的で入院、去年にそれまでやっていた事務職を退職しました。7ヶ月前に3回目の入院。彼女の夫の話では、焦燥感から落ち着かず歩き回り身の置き場がないと訴え、全身に震えがあり発汗状態が続く状態だったそうです。入院後の1週間に3回電気けいれん療法(ECT)を実施したところ、携帯電話の操作ができなくなったと訴え、その後も電気けいれん療法が繰り返され、6回目のECT実施後、会話が全くできなくなり、表情が消失したそうです。その後のECT実施は家族の要請により中止されました。症状が改善されないため、遠方に住む私に相談が来て、2ヶ月前に本人と面会したところ、硬直した動作で食事・排泄などには促しと介助が必要、仮面様の表情で瞬きもせず、発声も全く無し。親しい人が来たことは認識したようで起き上がりはしたのですが、こちらの話しかけには反応しません。Yes,Noくらいが筆談でできるのが唯一のコミュニケーション手段です。主治医によると、うつ病による解離状態だが、これほど持続した例は経験がなくコミュニケートできないため打つ手がないとのことでした。各種検査で、脳の器質的な異常は見つからなかったそうです。先月、単科病院へ転院していますが、今のところ変化はないそうです。私の妻が統合失調症のため精神科にはよく出入りしていますが、これだけ急速かつ重篤に症状が悪化した話は聞いたことがありません。ECT(電気けいれん療法)の副作用という可能性はないのでしょうか?他にこのような症例は報告されていませんか?うつ病の重度の解離状態はこんなに長く持続するのですか?妹の例を見る限り、ECTは安易に選択すべき治療法ではなく、実施する時は慎重に行ってもらいたいと思います。貴サイトの【0119】に似たような症例があったので投稿しました。

 

林:

ECT(電気けいれん療法)の副作用という可能性はないのでしょうか?

その可能性はきわめて低いと思います。

時間的関係だけを見れば、

(1)電気けいれん療法を行った

(2)その後、人事不省に陥った

という経過ですので、(2)が(1)の結果であると推定するのは自然です。質問者の疑問は理解できるところです。にもかかわらず私が、その可能性が低いと考える理由は二つあります。

第一に、電気けいれん療法の副作用として起こり得る症状と、この【2412】の状態は異なるということです。

質問者は【0119】と似ていると指摘されていますが、この【2412】の症状と【0119】の症状には、精神症状としては決定的な違いがあります。より正確にいえば、【0119】の症状の記載は非常に簡潔なので色々な可能性が考えられますが、この【2412】は、【0119】に比べると詳しく記載していただいているので、可能性をある程度しぼることができるということです。すなわちこの【2412】の方は、

Yes,Noくらいが筆談でできる

とのこと、これはご本人に意識があることを示唆しています。すると【0119】で可能性として指摘した ②電気けいれん療法による意識障害が長引いている という可能性は消えます。(【0119】で説明したとおり、そもそも②の可能性自体がかなり低いものです)

そうしますと、主治医の先生の説明である、

 うつ病による解離状態

 が正しい可能性がはるかに高いということになります。

もっとも、このような場合普通は「うつ病による解離」とは言わず、「うつ病による昏迷」といいますが、それは言葉の使い方の問題にすぎません。

 第二に、時間的関係だけから因果関係を推定するのは誤りであるということです。

これは論理としては全く当然のことで、Aの後にBが発生したからといって、AがBの原因とはいえません。医療においてはこの問題は、副作用か否かという判定の際によく現れます。【2412】の質問者にとっては(それに限らず、多くの方々にとっても同じことですが)、Aという治療の後にBの状態になったからには、Aという治療が原因であると推定するのが自然ですが、Aの治療を数多く行っている立場から見れば、Bの状態がAの治療から発生することはあり得ず、元の病気、すなわちうつ病の症状として発生することならしばしばありますので、これはうつ病の症状であると判断するのが最も合理的ということになります。

 いかなる現象にも例外がありますから、質問者の判断が絶対に間違いとまでは言えませんが、少なくともどちらの可能性が高いかという話になれば、この【2412】の今の症状は、うつ病の症状である可能性のほうがはるかに高いといえます。

仮に脳に器質的な問題があれば、電気けいれん療法の結果としてのきわめて稀な副作用ということも考えられますが、

 各種検査で、脳の器質的な異常は見つからなかったそうです。

 とのことですので、その可能性も消えます。主治医の先生のご判断と、原因究明の手段はきわめて正当で合理的なものです。

但し、主治医の先生のご説明がこのメールに書かれている通りだとすれば、

 これほど持続した例は経験がなくコミュニケートできないため打つ手がないとのことでした。

 ↑これだけは賛同できません。打つ手がないということはありません。うつ病による昏迷が持続しているという今の状態を改善するには、電気けいれん療法が有効です。中断した電気けいれん療法を再開することが、最適な治療法といえます。

もし、ご家族が、今の状態は電気けいれん療法の副作用であるという判断に基づき、電気けいれん療法を拒否されているとしたら、それはご家族が誤った素人判断に基づき適切な治療法を妨害していると言わざるを得ません。

 

(2013.7.5.)

05. 7月 2013 by Hayashi
カテゴリー: うつ病, 精神科Q&A, 電気けいれん療法