【4406】統合失調症の認知機能障害に対するアプローチについて

Q: 毎月の更新を、臨床の教科書と思って興味深く読ませていただいています。
私は、障害者支援施設で生活支援員をしている40代後半の男です。

お尋ねしたいのは、50代前半の男性利用者Aさんのことで、診断は統合失調症とついているのですが、支援者からすると診断だけでは方針が定まらず、一般的なテキストにも参考になるものがないので、メールする次第です。

Aさんは、我々が繰り返し指示、教示するのですが、いっこうに支援の結果が、言動に反映されません。

若い女性利用者さんに対して「風俗で働けば儲かるよ」といった侮辱的セクハラ発言があったので注意をしたのですが、その次には年配女性利用者さんに「あなたとは結婚したくない」と発言して、それが注意されると今度は同年代の女性利用者さんに対して「どうやったら女性と出会えますか」と言ったり、「何が悪いのか、わかっていない」ような散々な状況です。

作業面でも、掃除の方法について、あらかじめ「こうやってはいけませんよ」と具体的に注意しているそばから、やってはいけない方法で作業を進めます。その他、初めに手順や道具を指示しているのに、勝手に手順を変えて抜けが出たり、他所の道具を使って作業をして、他所が道具がないと騒ぎになったり、少し目を離すとトラブルの中心にいます。

忘れないようにメモを取るように、と注意するのですが、「読みません」と平気で返事をしてくるので、そういう問題ではないでしょう、と論点が違う注意、指導、教示が必要になります。

統合失調症には陽性症状・陰性症状と並んで、認知機能障害がむしろ社会復帰の妨げになるということは、だいたいの書籍に記載があるのですが、それに対するアプローチは作業療法やソーシャルスキルトレーニングが多く紹介されています。しかし、現場で発達障害者、学習障害者、知的障害者とも接していると、同じようにOT・SSTが推奨されていて、結局のところ統合失調症における認知機能障害は、広義の「知的障害者」へのアプローチと変わるところがあるのだろうか、と悩んでいます。

話が少しそれますが『ケーキの切れない非行少年たち』という書籍を今さらながら読んだところ、「どれだけ指導、教育しても、認知機能に問題があると、メッセージ自体が届かない」という趣旨のことが書かれていて、とても納得したところでもあります。

『ケーキの切れない非行少年たち』では、「コグトレ」が紹介されていましたが、統合失調症の認知機能障害に対して、こういった直接的なコグトレは有効なのでしょうか。

個人的な感覚では、広義の知的障害者に対するよりも、慢性化した統合失調症患者の方が、むしろ認知機能が劣るというより、障害の程度は重いような気がしています。

長くなってしまって申し訳ないので、少しまとめると、
(1)統合失調症における認知機能障害と広義の知的障害に対する認知機能のトレーニング的アプローチは同じようなもので良いのか、
(2)統合失調症の認知機能障害は、個別具体的には様々だと思いますが、「認知機能が下がっている」と見るのか、「認知機能が低い」と見るのか(「標準知能レベルだが低いレベル」と見るのか、「知的障害と言われるレベルまで低下している」と捉えられることもあるのか)、
(3)統合失調症の認知機能障害に対して「コグトレ」のような認知機能に対する直接的アプローチは有効なのか、という3点です。

どうも主治医もよくわかっていない感じで、作業療法士さんも医師の指示で作業療法をやっているレベルで、効果の評価がはっきりしませんし、私の疑問に直截に答えてもらえません。

 

林: 精神障害者の生活支援に日々尽力しておられる方からご質問をいただき、光栄に感じております。しかし回答はいわば 身も蓋もない ものになりそうです。回答は事実をお伝えするものであって、回答が希望になるか失望になるかは意に介さないという精神科Q&Aの方針の具現であるとご理解ください。

(1)統合失調症における認知機能障害と広義の知的障害に対する認知機能のトレーニング的アプローチは同じようなもので良いのか、

これは大変難しい質問で、「同じよう」とはどの程度まで共通していれば「同じよう」と言うか、という言葉の使い方によって回答は異なることになると思います。
大雑把に言えば「同じようなもので良い」という回答になるでしょう。認知機能トレーニングは、基本としては同じです。
ただし、統合失調症と知的障害では、認知機能障害の本質が異なりますので、その意味では「同じようなものでは良くない」という回答になるでしょう。
つまり、基本線は同じだが、具体的な方法には異なる部分がある ということです。

(2)統合失調症の認知機能障害は、個別具体的には様々だと思いますが、「認知機能が下がっている」と見るのか、「認知機能が低い」と見るのか(「標準知能レベルだが低いレベル」と見るのか、「知的障害と言われるレベルまで低下している」と捉えられることもあるのか)

どちらもあり得ます。それは見方の違いというより、ケースによって非常に大きな差があるということです。

(3)統合失調症の認知機能障害に対して「コグトレ」のような認知機能に対する直接的アプローチは有効なのか

これは(2)と同じ回答になります。つまりケースによって大きく異なるということです。

今回のご質問でご提示いただいているケースは、認知機能トレーニングがあまり有効でないケースということだと思います。統合失調症の中にはこのようなケースが(あるいはそれよりはるかに重いケースが)存在するというのが事実です。もっとはっきり申し上げれば、認知機能トレーニングをいくら行っても無効なケースが存在するということです。

どうも主治医もよくわかっていない感じで、作業療法士さんも医師の指示で作業療法をやっているレベルで、効果の評価がはっきりしませんし、私の疑問に直截に答えてもらえません。

それは、ひとつは確かに「よくわかっていない」という面もあるかもしれませんが、事実が絶望的であるとき、身も蓋もない答えをするわけにはいかないという事情もあると思います。

私の疑問に直截に答えてもらえません。

直截な答えが絶望的なものであるとき、人はその質問には直截には答えないものです。精神科Q&Aはそれには反する立場で運営しています。

(2021.11.5.)

05. 11月 2021 by Hayashi
カテゴリー: 精神科Q&A, 統合失調症