【4231】統合失調症の不完全型のようなものはあるのでしょうか

Q: 20代、男性です。
現代の精神医学では統合失調症のものとして定義された症状をリスト化しそれを診断基準にしているようですが、いくつかの基準は満たすものの統合失調症としては診断されない場合というのはありうるのでしょうか。つまり、関係妄想はあるものの幻聴はない、あるいは幻聴はあるものの社会性の喪失や人格水準の低下は見られないといったケースはあるのでしょうか。また統合失調症らしい症状はあるものの悪化するスピードが極めて遅い症例(例えば発症から5年以上治療しなくても社会生活を送れているレベルのペース)があるのかもお聞きしたいです。
以前、統合失調症はいくつかの症状が集まって構成される症候群であると耳にしましたが、もしそうであるなら脳の機能的な状態にある特定の変化が生じた場合に統合失調症の症状が急速かつ一斉に表れるのではなく、複数の症状が連鎖的段階的に生じるため全ての患者が一様に同じような転帰に至るわけではないと考えるのは素人考えが過ぎるでしょうか。

このようなことをお聞きするのは、まさに私がこのケースではないかと疑っているからです。以前一度だけそれなりに信頼できる病院で(大学病院だから信頼できる、という程度の根拠ですが)、抑うつや強い緊張感、軽い関係念慮といった症状を理由に統合失調症と診断されて半年ほど治療していたことがありますが、自己判断で治療を中断して以降4年近く経ちましたが未だに陽性症状などの明確な症状は起きていません。症状は固定的で、悪化はしていないと思います。ちなみにエビリファイ12mgから始まり最終的に24mgを処方されていました。他にもリスパダールなどもありましたが詳しく覚えていません。ただ、原因の分からない落ち込みや人が多い場で他人から常に注視されているのではないか、なんらかの悪意を抱かれているのではないかといった漠然とした妄想念慮は今もあります。しかしそれも学生としての社会生活に影響を及ぼすほどのものではなく、私の印象としては統合失調症のごく初期の状態が長く続いている感じです。もちろん患者が自らの症状を分析的に語るのはナンセンスだとは思いますが、少なくとも学校には周囲の人と同様に継続的に通えていますし引きこもりや犯罪行為には至っておりません。幻聴もないと思います。ただ、先述した症状のせいもあって交友関係は希薄です。
私が林さんにお聞きしたいのは、ひとつは、最初にお聞きした二つの疑問と、もうひとつは、私のようなケースは現在の臨床の場ではどのように扱われるのかということです。林さんの経験則や臨床の場での知見に基づいた推測等、どのような回答でも構いませんのでお答え頂くと幸いです。よろしくお願いします。

なお、私の関係念慮は学校や電車など人が多い場所で周囲の人に自分の態度や容姿を常に注視され評価されているのではないか、といったものです。ただし、当時も現在も自分の態度や容姿に特別変わった点はないとはっきり頭では理解しているのですが、特に人が多い場所ではその認識が曖昧になり妄想的な思考に陥るような感じです。ちなみに具体的には申し上げられないのですが、過去に人が多い場所に関するトラウマがいくつもあるのでそれに由来する社会不安障害なのかなと考えたこともあります。しかし、統合失調症と診断された四年前には、文章がなかなか頭に入ってこない(当時はそれまで当たり前に行ってきた文章の読み方を忘れた、と認識していました)、人と話しているとき無意識的に何かとんでもないことをしてしまうのではないかといった予感、他人が話す内容の理解の仕方を忘れてしまうのではないかといった恐怖があり、個人的にこれらは統合失調症に関連する自我障害だったのではないかと考えています。きっかけは分かりませんが、ある時点でこれらの症状は消失し現在に至ります。
また、妄想や幻聴はないと認識しているのですが、聞こえてきた他人の会話に含まれる単語から被害妄想的な連想をしてしまうことがあります。後から考えればそれらの単語が自分に向けられていたと判断する必然性はないと理解できるのですが、聞こえた時点ではそのように考えることができずに落ち込んだり怒ったりしてしまいます(決して表には出しませんが)。
ちなみに、症状とは直接の関係はないと思いますが、人と関わることが苦手です。平均的なコミュニケーション能力はあると思いますが、心理的に距離が縮まると気味の悪さを感じてしまう上、人と関わらないことが苦痛と思えないので拒絶しているわけではないのですが受動的消極的になりがちです。関係が深まるにつれ発生する諸々の面倒な状況を予想してそれを回避するように疎遠にしてしまうことも多々あります。
以上が私の症状についての詳細です。これらを踏まえた上でお返事いただけると幸いです。よろしくお願いいたします。

 

林:
現代の精神医学では統合失調症のものとして定義された症状をリスト化しそれを診断基準にしているようですが、

これはDSMなどの操作的診断基準のことを指しておられるのだと思います。確かに現代の精神医学では操作的診断基準が汎用されていますが、決して操作的診断基準がその病気の本質を記述していると考えられているわけではありません。ご質問の統合失調症を例にとれば、統合失調症にはそれに対応する脳内のメカニズムが存在しますが、そのメカニズムがまた明確には解明されていない以上、表面に現れた症状によって診断する以外にありません。すると症状をリスト化する、という作業が診断に直結することになりますが、それは病気の本質が不明である段階での仮の診断方法であるにすぎません。

いくつかの基準は満たすものの統合失調症としては診断されない場合というのはありうるのでしょうか。

膨大にあります。
操作的診断基準は、基準として示されたリストのうちの一定数を満たすことで診断を確定するという手法ですから、「いくつかの基準は満たすものの統合失調症としては診断されない場合」は当然にあります。そのケース数は膨大です。

つまり、関係妄想はあるものの幻聴はない、あるいは幻聴はあるものの社会性の喪失や人格水準の低下は見られないといったケースはあるのでしょうか。

膨大にあります。
ただしこのご質問は、直前のご質問の一文と論理的繋がりが欠如していますので、「つまり」で結ぶことはできません。すなわち、直前のご質問は、
「基準項目のうちいくつかを満たしているのに統合失調症と診断されないケースがあるか」
であるのに対し、このご質問は、
「基準項目のうちのいくつかだけを満たしているケースがあるか」
ですから、この二つは全く異なるご質問です。前者は操作的診断基準による統合失調症の診断方法についてであり、後者はある種のケースの存在の有無についてですから、診断方法とは無関係です。

また統合失調症らしい症状はあるものの悪化するスピードが極めて遅い症例(例えば発症から5年以上治療しなくても社会生活を送れているレベルのペース)があるのかもお聞きしたいです。

膨大にあります。
そのようなケースはもちろん存在します。
また、一連のご質問の流れからみて、そのようなケースと統合失調症の診断との関係についての疑問が根底にあると思われますが、それに関連してお答えしますと、「統合失調症らしい症状はあるものの悪化するスピードが極めて遅い症例」は、診断基準上、統合失調症と診断されます。なぜなら診断基準では悪化する・しないについての規定はないからです。【4032】統合失調症がきれいに治癒するということはあるのでしょうか  の回答もご参照ください。

 以前、統合失調症はいくつかの症状が集まって構成される症候群であると耳にしましたが、もしそうであるなら脳の機能的な状態にある特定の変化が生じた場合に統合失調症の症状が急速かつ一斉に表れるのではなく、複数の症状が連鎖的段階的に生じるため全ての患者が一様に同じような転帰に至るわけではないと考えるのは素人考えが過ぎるでしょうか。

全ての患者が一様に同じような転帰に至るわけではない」、その通りです。経過と脳内メカニズムについてされている推定も当を得たもので、決して素人考えではありません。

ただし、診断基準から始まったご質問の流れにあわせて補足しますと、診断基準自体、「全ての患者が一様に同じような転帰に至る」などとは言っていません。現代の診断基準は経過については明確に規定していませんから、一時的に(ただし「一時的」といっても一定以上の期間であることが必要条件です) 統合失調症の症状が現れてその後は何の症状がない場合でも、症状は続いていても悪化しない場合でも、薬を飲んでいれば症状が消えている場合でも、薬がよく効かない場合でも、薬を飲む・飲まないにかかわらず、悪化が進み人格が損なわれていく場合でも、それらのすべてが統合失調症という診断になります。実際にはこれらのケースが同じ診断になるというのは不合理で、それぞれのケースで脳内のメカニズムは、共通的はあるにせよ異なる点が大きいと推定できますが、現在のところはそれは推定の域を出ないため、同じ統合失調症という診断名がつけられるというのが現代の診断基準です。【3626】私は統合失調症だったのでしょうか【4046】統合失調症の因子を持っている人は、一生統合失調症なのではないでしょうか の回答もご参照ください。

 このようなことをお聞きするのは、まさに私がこのケースではないかと疑っているからです。

このケース」とは何を指しておられるか今ひとつ不明確ですが、質問者としては「統合失調症の症状はあるものの、典型的な統合失調症ではないケース」を指しておられるのだと推定できます。しかし、現代の診断基準で統合失調症と診断されるのは、ここまでの説明の通り、質問者のイメージしておられる「典型的な統合失調症」ばかりではありません。この【4231】の質問者のようなケースは、決して例外的ではありません。
質問者の症状の経過をみますと、

以前一度だけそれなりに信頼できる病院で(大学病院だから信頼できる、という程度の根拠ですが)、抑うつや強い緊張感、軽い関係念慮といった症状を理由に統合失調症と診断されて半年ほど治療していたことがあります

おそらくこの時の統合失調症という診断は正しかったのだと思います。
(厳密にはもちろん不明ですが、以下、この診断が正しかったと仮定して回答を進めます)

が、自己判断で治療を中断して以降4年近く経ちましたが未だに陽性症状などの明確な症状は起きていません。

陽性症状などの明確な症状は起きていません」については判断を保留したいと思います。ただし、「ひどく悪化はしていない」というのは事実であると認めてよいでしょう。

症状は固定的で、悪化はしていないと思います。

その症状が「陽性症状などの明確な症状」と言えるかどうかが不明のため、上記の通り判断を保留しています。

ちなみにエビリファイ12mgから始まり最終的に24mgを処方されていました。他にもリスパダールなどもありましたが詳しく覚えていません。ただ、原因の分からない落ち込みや人が多い場で他人から常に注視されているのではないか、なんらかの悪意を抱かれているのではないかといった漠然とした妄想念慮は今もあります。

それらはかなり統合失調症らしい症状です。質問文の後のほうに記された具体的内容からも、統合失調症らしい症状であることが読み取れます。
また、

後から考えればそれらの単語が自分に向けられていたと判断する必然性はないと理解できるのですが、聞こえた時点ではそのように考えることができずに落ち込んだり怒ったりしてしまいます(決して表には出しませんが)。

これは「陽性症状などの明確な症状」とみる余地が十分にあります。

しかしそれも学生としての社会生活に影響を及ぼすほどのものではなく、私の印象としては統合失調症のごく初期の状態が長く続いている感じです。

最大のポイントはこの点だと思います。質問者が感じておられる通り、これは「統合失調症のごく初期の状態が長く続いている」とみることができます。そして、こういうケースは決して例外的ではないということも言えます。そして「統合失調症のごく初期の状態」といっても、その内容や程度は様々で、日常生活に全く影響がないとみられるケース(そういうケースは稀ですがあることはあります)もあれば、何らかの影響があるケースもあります。この【4231】は、

先述した症状のせいもあって交友関係は希薄です。

ということからみても、「何らかの影響があるケース」と言えます。

 私が林さんにお聞きしたいのはひとつは、最初にお聞きした二つの疑問と、

それらについてはすでにお答えしましたのでここでは省略します。

もうひとつは、私のようなケースは現在の臨床の場ではどのように扱われるのかということです。林さんの経験則や臨床の場での知見に基づいた推測等、どのような回答でも構いませんのでお答え頂くと幸いです。

この【4231】のケースは統合失調症と診断できます。したがって精神科での治療が必要です。
先に参照をお勧めした【3626】私は統合失調症だったのでしょうか のようなケースは統合失調症とは診断できませんが、受診の必要性については【3626】での回答の通り難しいです。一方、この【4231】は治療が必要であると言えます。すでに生活にある程度の支障が出ていること、今後悪化する可能性が一定以上見込まれることがその理由です。
もっとも、この回答はあえて明快な答えの提示を目指して記したもので、治療が必要かどうかは微妙という考え方も十分に成り立ちます。「すでに生活にある程度の支障が出ている」といっても、本人がそれほど苦痛に感じていなければ治療までの必要はないという考えもありうること、「悪化する可能性」といっても、その可能性がどれほどのものかは判断できないこと、が、その理由です。

ここで説明はこの回答の冒頭に戻ります。
統合失調症の脳内メカニズムが十分に解明されれば、進行性に悪化するケースとそうでないケースを検査によって見分けることが可能になることが期待できるでしょう。しかし現在ではそこまでの解明がなされていない以上、上記の回答が現実的ということになります。

ご質問のタイトル「統合失調症の不完全型のようなものはあるのでしょうか」が、このご質問全体の根底にある疑問であると思われますが、どんな病気にも不完全型や不全型というものはありえます。ただしそれをその病気と呼ぶかどうかは、その病気の定義によります。定義は人間が作ったものであって、自然界に存在するものをそのまま示したものではないからです。

(2021.2.5.)

05. 2月 2021 by Hayashi
カテゴリー: 精神科Q&A, 統合失調症 タグ: , |