【3659】自分はひどい扱いを受けていると話すときだけ顔が輝いている
Q: 私は30代女性です。
知り合いの女性F子さんが、なにか精神的な問題を抱えているのではないかと思い、相談させていただきます。
彼女に初めて会ったのは病院の待合室で五年くらい前で、その時にF子さんは酸素ボンベを押して歩き、鼻にチューブを当てて酸素吸入をしていました。F子さんが言うには、自分の肺は70歳の肺だと診断され、いつもとても呼吸が苦しい、COPDではないかと疑っている、と言うことでした。それとは別にD病も患っており、毎週病院に通っているとのことでした。F子さんと私は年齢が近いこともあり(共に三十代)、また同じD病気を患っているということで、話をするようになりました。ところが、F子さんと会って話をするうちにおかしな所に気づくようになりました。次に会った時には酸素ボンベがなく、呼吸器内科医が「必要ない」と言って取り上げた、と言っていました。「診察しても病気を正しく見ることができないヤブ医者だ」とこき下ろし、転院するので紹介状を書いてもらう、という話でした。D病の担当医師についても、「まだわたしの病気を見つけられない、いつまで耐えればいいの」という話し方でした。F子さんは紹介状を書いてもらい、都内の有名な大学病院や総合病院を次々に受診し、時には倒れたり救急車で運ばれたりしたそうですが、結局、どの病院でも「正しく診断できずに」、また元の病院に戻ってきました。この辺でだんだん気がついてきたのですが、彼女は呼吸器についてもD病についても確定診断は受けておらず、ただ具合が悪いからある特定の重大な病気に違いない、という思い込みから病院に来ているようなのです。彼女は「こんな論文を見つけた、わたしの病気はこれを読めばわかるはず」と医学の専門論文を受診の際に持って来たり、これまでに多くの病院で受けた検査の結果を広げて、「これらの数値を総合して判断してください」と彼女にとって最も悪い数値を医師に提示したり、医師に病気と認めさせる様々な努力をしています。実際に彼女は具合が悪いのだとは思いますが、彼女は、自分がいかに体調が悪く、過去にこんなひどい症状が出て、こんなひどい医師たちに出会って、こんなひどい扱いを受けて、という話をする時にのみ顔が輝き活き活きとしています。どうしたら自分が病気であることを「正しく診断」できる医者に出会えるか、真剣に悩んでいるようですが、ある種の執着を感じます。彼女は「大学病院の先生には精神科をすすめられた、信じられないヤブ医者だ」と怒っていましたが、たしかに精神科なら、彼女が病気だと診断が下り、彼女の「病気と認められたい」という望みは叶うかもしれません。彼女が良くなるためには、どうしたらいいのでしょうか?
林: 自分の病気について医師が誤診していると言って患者さんが憤慨される場合、もちろん、実際に医師が誤診している場合もあれば、患者さんの側の誤解の場合もありますが、今ここでは説明をシンプルにするため、患者さんの側の誤解に限って話を進めることにします。
「自分はこれこれの病気である。医師は誤診している」とされるケースは、きわめて大雑把には、次のように分類できます。
A. 病気についての知識不足による誤解
B. 詐病
C. 身体表現性障害
D. 虚偽性障害
E. 病識欠如
F. 思考障害
ネットなどでいい加減な医学知識が広まっている現在、Aは比較的よくあるケースです。それでも多くの人は、医師から説明されれば納得するか、少なくとも二人の医師の意見が一致していれば納得するものですが、それでも納得されない場合もあります。
この【3659】のF子さんがAにあたらないとは言い切れませんが、F子さんはいかにも異常であり、Aの「比較的よくあるケース」という範疇にはおさまらないでしょう。
Bは説明を要しないでしょう。病気だと診断されれば疾病利得があり、それを強く本人が求めているとき、それとは違った診断に対しては憤慨するのは自然なこととして理解できます。
詐病か否かは最終的には本人にしかわからないことですので、F子さんがBにあたるかどうかはわかりません。しかし仮にF子さんが、このメールに書かれているような病気を演ずることによって利得があると考えているとすれば、それ自体が異常であると言わざるを得ません。したがって少なくとも通常の詐病の概念にはあてはまりません。
Cは診断基準の中に、医師から繰り返し説明されても納得しない、という趣旨の文言があります。したがって定義上はF子さんはCにあてはまると言えないこともありません。しかし実際に臨床で目にするC身体表現性障害には、F子さんほど異様なケースはまずありません。(実際の身体表現性障害は、たとえば、体の一部が痛むとか、胃の調子が悪いなどです。) F子さんは通常のCの概念にはあてはまりません。精神科の受診を勧められて憤慨したという点ではあてはまりますが。
Dは、本当は病気ではないという意味ではBの詐病と共通していますが、疾病利得がないのに病気のふりをするという点でBとは異なります。嘘つき、虚言癖は病気かのCase 32 ミュンヒハウゼン症候群などがその例になります。F子さんはこのD虚偽性障害の可能性はあります。
Eは統合失調症の方によく見られるもので、自分が病気であると認識できない(病識が欠如している)ために、間違っているのは医師のほうだと信じて疑わないものです。精神科Q&Aにはその実例が膨大にあります。たとえば【3513】林先生の答えには納得できません。悪口を言われているのは事実です。、【3537】卑劣な超音波テロの被害に遭っています、【3427】統合失調症と誤診されているのでセカンドオピニオンを受けたい、【1141】脳コントロールが大々的に行われている などです。F子さんはこれらとは異なります。
Fの思考障害も統合失調症の方などの症状ですが、E病識欠如とはかなり意味が異なります。病識欠如は、ご本人が実際にかかっている病気について認識できないことを指していますが、Fは、思考の道筋の異常のため、通常からは逸脱した思考になることを指しています。この思考障害は様々な形で表れますが、その一つの表れとして、自分は奇妙な病気にかかっているとか、医師の説明とは全く違う病気にかかっているという場合があります。それは実際には稀でが、F子さんの場合、その訴えと行動の奇妙さからは、このFであるという可能性も十分に考えられます。
彼女が良くなるためには、どうしたらいいのでしょうか?
精神科を受診して治療を受けていただく以外に方法はありませんが、受診していただくのはかなり難しいでしょう。
仮に受診が実現したとしても
精神科なら、彼女が病気だと診断が下り、彼女の「病気と認められたい」という望みは叶うかもしれません。
そう簡単にはいかないでしょう。F子さんは、自分がこれだと信ずる病気と診断されない限りは納得されませんから、別の病気と診断されても、ましてや精神科の病気と診断されても、憤慨することはあっても納得することはありません。
つまり、精神科医が、病名を告げないままにいわば阿吽の呼吸で診療関係を維持することができてはじめて、改善への道が開けるといえます。
(2018.4.5.)