【3200】病気である本人に治療方法を選択させて良いものでしょうか(【2969】のその後)
Q: 60後半の男です。60代の妻の病態について、
【2713】電気けいれん療法で回復した妻。しかし今度は今までとは違う症状が出てきた
【2912】順調だった統合失調症の妻が急に塞ぎこむようになったのは再発で しょうか、それともうつ病でしょうか
【2969】妻は再度電気けいれん療法を受け、回復しました
と、何回も先生からアドバイス・ご回答をいただきお世話になっている者です。
【2969】で、『維持電気けいれん療法を行うことを真剣に考えていいケースだと思います』と、とても分かりやすいご回答をいただきました。林先生からこの回答をいただいたのは、【2969】のご報告の3カ月後でした。
ところが、その1カ月後(【2969】のご報告の4カ月後)に、再発しました。妻は、朝起きることができず、食事することもできずに、朝食の用意をしたテーブルに付くやいなや、 顔をテーブルに臥せてしまいました。辛くて座っていられない状態でした。
そしてまた、前回の「私は嘘つき」という妄想が口を突いてでてくるようになりました。
当時の投薬は、以下の通りです。
朝食後 デパケンR200mg×1錠
レバミピド
夕食後 ロナセン錠4mg×1錠
就寝前 プロチゾラム0.25mg錠×1錠
ゾビクロン(アモバン)7.5mg
デパケンR200mg×1錠
私はすぐにB病院へ連絡をとり、その場で任意入院となり、2日後にECT(電気けいれん療法) 設備のあるC病院への転院手続きをとっていただきました。そして、再び、 1クール5回のECT治療を受け、1カ月の入院で退院できました。
そのC病院への転院の折に、B病院の先生から、「その都度転院手続きを行うのは時間の無駄であるので、今後はC病院で診察を受けたほうが良い」ということ。また、患者の夫である私が「今後は維持ECTを考慮に入れて治療を受けたい」旨も、情報提供書に記していただきました。
それから、C病院へ通院することとなりました。片道1時間以上かかる道程で、診察時間を午前11時頃に予約しているのですが、それでも、通院・診察に7時間以上かかり、妻もとても疲れるようですが、昼食を外食にすることを楽しみに週に1回、通院しています。
しかし、主治医は、私の希望「維持ECT」は、健忘という副作用があるから行わないと、投薬だけで治療を進める方針です。
現在の投薬は、
夕食後
ロナセン錠4mg×2錠
ルジオミール錠10mg×1.5錠
就寝前
リフレックス錠15mg×1錠
ゾビクロン錠7.5mg×1錠
デパケンR200mg×1錠
デパケンR100mg×1錠
ですが、退院して3か月過ぎた頃より、鬱状態がひどく見られるようになってきました。朝は、食事を摂ったり摂らなかったり、午前10時頃床から出ますが、身支度をすませると、そのまま再び床に戻って行きます。テレビも見ず、昼食は私の用意したものを数分で食べてくれますが、食事が終わるとまた床に戻ります。
しっかり、布団から抜け出せるのは午後4時〜5時頃。それからは、夕飯の支度をしてくれますが、食事が終われば午後8時には床へ戻ります。入浴も面倒がって、週に1度するかしないかの頻度です。気が向けば、時にTVドラマ「水戸黄門」を見る程度で、一日20時間をベッドで過ごしています。自分から話をすることもなく、隣近所の人と会うことをとても嫌がり、玄関のチャイムの音にも出ようとしません。こんな状態がそれ以来続いていますので、入院してECTを先生にお願いしましたが、「健忘の辛さを考えてやりなさい」と、先生は投薬治療を推し進めています。
そこで、先生に、ご質問です。
妻は、鬱状態がひどいだけ(この表現は適当ではありませんが)であって、妄想などもなく、いわゆる「手に負えない」状態ではありません。夜になれば、誰も来客がないだろうと安心するのか、普通(静か)に生活できます。(テレビも見ませんし、入浴もしませんが)。これは、妻が50代の頃の症状ととても似ています。50代の頃は、この状態が8年間ほど続きました。
私は、考えます。「ここまで」ではないか、と。これ以上望まず、こうやって、人生を全うするのもひとつの選択ではないのか、と。先生、この私の考えは間違っていますか? 先生は、かつて『電気けいれん療法を行えば著明に良くなることは確実な事実です。是非それを直視され、ご認識ください。つまり、電気けいれん療法さえ行えば、かなり容易に治すことができる。逆に、電気けいれん療法を行わなければ、難治で、しかも大変な精神症状になるということです。奥様が電気けいれん療法を好んでおられないことはよく わかりますが、治療とは好みによって決めるものではありません。効く治療を行うべきであって、効かない治療に頼っても何もなりません。』と。
主治医の先生が、取り合ってもらえないのなら、私はこのように諦めるしかないのでしょうか? 妻は、病識のある現在はECTについて完全否定・嫌悪はしていません。
あるいは、セカンドオピニオンを、とも考えました。しかし、セカンドオピニオンを受けるにせよ、隣の県まで行かなければ適当な病院がありません。
隣県の病院(高速で片道3時間)は、息子のてんかん治療で何回か行ってい ます。
今日の診察で、主治医は、「次回から、ジェイゾロフトを服薬しましょう」と、言われました。しかし、電気けいれん療法は「難治性うつには確かに、 効果はありますが……」と、初めて主治医からECTを話題にされたことに、一抹の望みをも持っているのですが、病気のある妻にQOLあるいは、 治療方針を選択させて良いものでしょうか?
林: 経過のご報告をいただきありがとうございました。
まず、奥様の診断・治療方針についての私の見解は【2969】までの回答の通りで、今回の追加情報による変更はありません。そのうえであらためて【3200】に回答します。
【3200】の質問は次の2つに整理できると思います。
(1) 病気である本人に治療方法を選択させて良いか
(2) 電気けいれん療法施行の方向で努力すべきか
順にお答えします。
(1) 病気である本人に治療方法を選択させて良いか
これは、ご本人に病識がない、または不十分なケースでは常に問題となります。本人の治療ですからどこまでの本人の意向にしたがうというのは正論ですが、精神病の本質や重篤さを考えれば現実離れした理想論と言わざるを得ません。しかしそれでも可能な限りは本人の意向を尊重すべきですので、真の答えは「ケースバイケース」になります。けれどもそれでは回答になりませんのでもう少し進めますと、「病識の程度と、症状の重さから判断する」ということになるでしょう。さらに単純化すれば、「症状が重く、かつ、病識がない・不十分 の場合、本人に治療方法を選択させることは良くない」と言えます。ではその「症状が重い」とはどのくらいを指すのか、「病識が不十分」とはどのくらいを指すのか、と問われればやはり「ケースバイケース」という答えに戻ります。
そこでこの【3200】のケースに目を向けますと、
病気のある妻にQOLあるいは、 治療方針を選択させて良いものでしょうか?
という質問に端的に答えることはできないケースと言えます。なぜなら、【3200】のケースは、経過中の病状によって、病識が異なるからです。
妻は、病識のある現在はECTについて完全否定・嫌悪はしていません。
とのことであれば、その現在、質問者とご本人でよく話し合い、方針を決めることが望まれます。
但し病識とは、単純に「ある・ない」と二分することは多くの場合できません。黒か白か、ではなく、灰色のことが大部分です。そして黒に振れたり白に振れたりするものです。この【3200】のケースもそうだと思います。ですから、現在において、かなり病識があるように見えても、100%の病識があるとはみなさず、相談の前に質問者自身が治療についてよくお考えになり、最善と思われる方針をある程度は定めたうえで、相談を始めることをお勧めします。そのためには次の(2)が重要です。
(2) 電気けいれん療法施行の方向で努力すべきか
【3200】のケースを取り巻く状況を考えると、この問いへの回答は非常に難しいです。
次の点を考慮して決めるべきでしょう。
a. 電気けいれん療法を施行しなかった場合のリスク(症状悪化や再発の可能性と、再発したときの症状の重篤さ)
b. 電気けいれん療法を施行するための苦労
c. 電気けいれん療法を施行した場合の副作用
よりシンプルにまとめれば、aは電気けいれん療法のメリット、b, cはデメリットということになります。(より正確には、aを回避できることがメリットです)
ここで、aとcの比較だけであれば、私はこの【3200】では確実にaが優る、すなわち、メリットが優ると思います。
主治医の先生は
入院してECTを先生にお願いしましたが、「健忘の辛さを考えてやりなさい」と、先生は投薬治療を推し進めています。
とおっしゃっているとのこと、つまりそれはcがaに優る、すなわち、デメリットが優るというご見解ということになります。
私はその見解は間違っていると思います。
この【3200】のこれまでの経過を見れば、再発した場合の本人・家族の苦しみは、電気けいれん療法の副作用としての健忘の苦しみをはるかに上回ります。そもそも電気けいれん療法の健忘とは、短期間の記憶に限るのが常で、本人にとってとても辛いということは稀です。主治医の先生は 「健忘の辛さを考えてやりなさい」とおっしゃっているとのことですが、もしそれが理由であればなおさら(1)に戻り、症状の辛さと健忘の辛さのどちらが大きいかをよくご本人と話し合って決めるのが正しいということになるでしょう。
この【3200】では、より大きな問題は
b. 電気けいれん療法を施行するための苦労
です。
地理的条件等からみて、電気けいれん療法を施行することは、ご本人・ご家族にとってかなりの苦労であることが読み取れます。そうしますと、
これは、妻が50代の頃の症状ととても似ています。50代の頃は、この状態が8年間ほど続きました。
私は、考えます。「ここまで」ではないか、と。これ以上望まず、こうやって、人生を全うするのもひとつの選択ではないのか、と。
とお考えになるのも理解できるところです。
先生、この私の考えは間違っていますか?
それは私が答えるべき問いではないと思います。質問者と奥様のお二人でお決めになることでしょう。
但しひとつ必ず指摘しておかなければならないのは、質問者は、
これは、妻が50代の頃の症状ととても似ています。50代の頃は、この状態が8年間ほど続きました。
とおっしゃっていますが、今回もまた、この状態が何年も続くという保証は全くないということです。
ここで本来なら医学の側から、再発の確率や、再発した場合の症状の激しさの見込みを呈示することが望まれると思います。けれども残念ながら、現代の精神医学はそこまで精密に経過を予測するレベルに達していません。再発を繰り返す場合、年齢とともに、再発したときの症状は重くなるのか、それとも軽くなるのか。これについても両方のデータがあり、結論は出ていません。仮に結論が出ていたとしても、それは統計的に見ればそうだということにすぎず、ある1つのケースについてどうなるかまでは全く予測できません。
せっかくご質問いただいたのにもかかわらず、明快な回答ができず申し訳ありませんが、現時点で私から回答できるのはここまでです。
これ以上望まず、こうやって、人生を全うするのもひとつの選択ではないのか
ここまでの回答をもとに、お考えいただくようお願い申し上げます。
(2016.4.5.)