【3181】兄は統合失調症ではなく発達障害ではないか (【3180】のその後)
Q:【3039】10年ほど引きこもりの兄についてと【3094】両親は引きこもりの兄をうつ病ではないかと言っている(【3039】のその後) で回答いただいた20歳女性です。このメールのすぐ前にも病院受診の経過のメールを送らせて頂きましたが(【3180】引きこもりの兄をようやく入院させることが出来ました)、兄の様子がかなり変化しましたのでどうしても先生にご判断を頂きたくてメールをします。
兄は保護室に入院してから、2日ほどで保護室はもう出てよいとされ、現在はトイレも共同になり個室にいます。
兄の様子は家に引きこもっていた時から私から見るとかなり変化しました。
入院してから4日程度で面会可能となりました。面会時の様子です。まず、 会話が出来るようになりました。以前はよくて頷く程度でしたが、現在は言ったことに返事もしてくれます。声がぼそぼそと喋り、どもるような感じですが昔から兄はこのような喋り方です。表情も穏やかになり目つきも変化しました。興奮状態も全くなく、私達に気を使っているように感じます。差し入れのジュースも飲んでくれますし、物も素直に受け取ります。また、退屈しないように漫画や音楽とかの希望を聞いてみると、紙に丁寧に希望を書いてくれますし、口でもこんなものがいいとかはっきりと言います。音楽機の使い方も興味を持ちながら聞いてくれて、他のこともできるのかと聞いたり欲求もあるようです。好きな食べ物とかお菓子も書いてくれてそれも欲求があるのかと感じます。後、「他の患者さんの叫び声が怖い」とか「食事の量が多いけど残したら悪いかな」と言っています。スタッフの方からみてもとても落ち着いているという答えです。驚いたのが、他の患者さんと交流も しているようなのです。兄は自分から他人に声をかけるのはきついと言っていました。しかし、話しかけてくれる人がいるらしく、またおやつの時間にたいてい一緒になる人とは少しずつ会話もしているといっていました。精神病で家族とうまくいかない人や高齢の人もいると他人の様子が話せているのはびっくりしました。他人に興味などないように考えていましたので。お風呂や着替え、歯磨きもしっかりしています。「ありがとう」という言葉や帰り際にはちゃんと会釈もしてくれます。後、「新しいことも少しずつ知っていきたい」といったことも話していたようです。環境が変わるとこれほど変化するのかということには驚きです。
本題はこれからです。主治医の先生から、兄の診断は「自閉症スペクトラム障害」という発達障害ではないかと言われました。心理検査の結果がまだ出ていませんので、変化する可能性もあります。けれどこの診断には少し不安があります。林先生はメールでは統合失調症ではないかということでしたし、私自身もそう思っていました。しかし診断は現時点ではこのようです。
そのため兄の昔からの様子と先生から兄への受け答えを書いていきます。前回のメールにも少し記載しましたが、兄は元来内気で、人付き合いが苦手ということは私も知っています。それで、他の特徴としましては、
・ 表情が乏しい、特に笑顔が少ない・規則やルールを破ることを非常に嫌う
・ 他人と合わせるのが苦手で、自分にこだわりが強く、ある意味プライドが高い
・ 普段大人しいが、時々怒ると物を切り刻むなどの衝動的な行為に出ることがある
・ ストレスを小出しに発散できず、ため込む・一つのことをよく考え込み、周囲が見えなくなることがよくある・自分の好きなものに執着が強く他人に触られたくないと思う
・ にぎやかな場所や人が苦手・無口・考えるのは得意・集中するとのめり込む
というのが兄の恐らく昔からの特徴です。兄は中学生のころ、クラスでからかわれていたことがトラウマになり不登校になりかけたんですが、先生が兄を診察したところ「いじめられていたわけではないんです。からかうのが好きな子がいて自分にも矛先が向けられることがよくあって怖くなり適応できなくなった。」ということです。最初の高校もクラスの雰囲気になじめなくなりやめたんですが、私は不思議に思っていました。普通高校生にもなれば、あまり周りは気にせず、他人は他人、自分は自分と考えると思うんですが、やはり高校生になってもこういうことを感じるのは自閉気味ということでしょうか?
さらに兄は「自分は人づきあいが苦手で苦痛だった。高校までは無理して自分を演じていたがそれが耐え切れなくなっていった。」ということです。引きこもっていた自分をどう思うのかということですが、「孤独な人の気持ちが知れたのは良かった。」ということです。やはり兄は一般世間とは考えにズレがあるという気がします。それを無理して適応させていけなくなった結果の引きこもりでしょうか?記憶も失われておらず、自分を冷静に分析できていると思います。
幻聴もないと本人は言っていて、入院中もそのような様子は見られないということです。統合失調症であれば幻聴が現れるので違うのではないかと。
さらに兄が発達障害ではないか思う根拠は、「薬物療法をしていない」ということです。兄は不眠気味ために睡眠薬だけは服用していますが、その他の薬は全く服用していません。けれど環境が変わりこのような状態まである意味回復できたということは発達障害のような気がします。
ですが、そうだとするとなぜ兄が壁に穴を開けたり、床を鳴らしたり、奇声をあげている様子があったのかということが疑問に残ります。主治医は「自閉症の方でもストレスがたまっていて、そのような行動に及ぶことがあります。」ということなのですが、そうなんでしょうか?
このサイトでも何度か統合失調症と発達障害の併発や誤診について論じられた質問がありましが、兄のようなケースは林先生はどう思われますか?
恐らく私の最初のメールの情報が不足しすぎていたのだと思います。先生の事実を誤らせるようなことをして申し訳ありません。ご返信頂ければ幸いです。
林: 経過のご報告をいただきありがとうございました。
兄の様子がかなり変化しましたのでどうしても先生にご判断を頂きたくてメールをします。
確かに、これは難しいケースだと思います。
環境が変わるとこれほど変化するのかということには驚きです。
統合失調症でも、環境の変化により改善が見られる場合がありますが、その多くは長続きしません。また、この【3181】のケースのように、長年無治療で経過してきた場合、環境の変化だけでここまで劇的な改善が見られることはまず考えられません。
すると統合失調症以外の病気の可能性が強く浮上します。
そうしますと、
兄の診断は「自閉症スペクトラム障害」という発達障害ではないか
その可能性も十分にあるということになります。
さらに兄が発達障害ではないか思う根拠は、「薬物療法をしていない」ということです。
まさにその通りで、統合失調症であれば(しかも、長年無治療で慢性化した統合失調症であれば)、薬物療法なしでここまでの改善が認められることは非常に考え難いです。
けれど環境が変わりこのような状態まである意味回復できたということは発達障害のような気がします。
その通りです。(厳密には、「環境が変わりこのような状態まである意味回復できた」から言えるのは、「統合失調症ではなさそう」までですが、他の所見とあわせると、発達障害の可能性が大きいということになります)
ですが、そうだとするとなぜ兄が壁に穴を開けたり、床を鳴らしたり、奇声をあげている様子があったのかということが疑問に残ります。主治医は「自閉症の方でもストレスがたまっていて、そのような行動に及ぶことがあります。」ということなのですが、そうなんでしょうか?
その通りです。それは十分にあることです。したがって「壁に穴を開けたり、床を鳴らしたり、奇声をあげている様子」は、発達障害という診断と全く矛盾しません。
さらには、発達障害では、解離症状を伴うことも十分にあります。すると【3180】で指摘した他者化は、解離であると考えれば、辻褄が合うことになります。但し、これも【3180】で述べたことですが、解離症状がこのような形で長年続くというのは考えにくいことです。発達障害では解離も特殊な形を取りうる、という説明は可能ですが、私自身はそのようなケースを実際に診たことはなく、わかりません。この【3181】の主治医の先生は発達障害についての学識・経験ともに豊富で、すべてを見通していらっしゃるのかもしれません。
なお、
兄の昔からの様子と先生から兄への受け答えを書いていきます。
この一文以下に書かれている内容については、その内容は発達障害という診断に矛盾するものではありません。けれども【3180】で指摘した通り、内容が矛盾しないことだけでなく、その内容が本人からどのように表現されたかが診断上は重要です。もっとも、入院してからの比較的短期間にこれだけの内容が医師に語られたとすれば、やはりそれも慢性化した統合失調症らしくない事実であると言えます。
このサイトでも何度か統合失調症と発達障害の併発や誤診について論じられた質問がありましが、兄のようなケースは林先生はどう思われますか?
ここまでの回答の通り、「統合失調症らしくない。発達障害として矛盾はない」とまでは言えます。それ以上はわかりません。検査結果もあわせて、主治医の先生からのご説明に注目したいと思います。経過のご報告をお待ちしております。
(2016.4.5.)