【3180】引きこもりの兄をようやく入院させることが出来ました (【3094】のその後)
Q: 林先生、お久しぶりです。【3039】10年ほど引きこもりの兄についてと【3094】両親は引きこもりの兄をうつ病ではないかと言っている(【3039】のその後) で回答いただいた20歳女性です。
ようやく兄を精神科に受診させることができ、保護室に入院となりました。
両親に統合失調症のことを何とか知ってほしいと思い、林先生のサイトを見せたり、対話を進めることで両親もこのままではいけないと思ってくれたようで、統合失調症のことを勉強して受診を決めたようです。母親は兄が病気だとは数年前まで思っていなかったという本音を話してくれました。父親は後回しというか現実を直視したくないという人でして、両親とも兄が生きてさえくれたらいいと、極端な話ですが、そう考えていたようです。
朝から病院に連れて行く計画でしたので、部屋をノックし、父親が一緒に行こう、と説得して部屋に入りました。部屋は暗くほこりっぽかったですが乱雑というほどでもありませんでした。ベッドに寝ていましたが、目を開け話を聞くとゆっくりと頷き、自分で立ち上がってくれました。声は発しませんでしたが。車にも誘導してゆっくりと乗り、興奮は一切ありません。車の中で色々と話しかけはしてみましたが、無表情で上の空でした。返事もしません。病院では外来で待ちましたが、診察室にもすぐ入りました。先生の問診には、なかなか声が出ず、頷くか筆談で進めました。先生はしばらくすると「入院です。」と言いましたが、本人は黙って頷いて、私達と一緒に歩きました。保護室で検査入院となりました。2週間ほどは様子を見るかもしれません、そして診断します、と今までの説明はこれだけですが受けました。保護室のため面談には行けませんが、主治医との対話で詳しく伝えるそうです。落ち着いている様子らしいです。無表情、感情が乏しいということは現在の状況です。これは今までの経過を見ても明らかです。早く薬物療法を始めて頂きたいですが、主治医や病院の方に今はお任せしています。
【3094】で回答頂いた日以来、兄はたまに叫び声を上げていましたが、様子自体はほぼ変わっていませんでした。暴言や暴力は一切ありません。
本人になんとか病院のことを説得させようとし、返事は期待しない声掛けをしながら、本人に何日も手紙を書きました。「みんな心配している、一度だけでいいからみてもらおう」とか「イライラや昼夜逆転生活が続くと辛いから、楽になるために行こう」と書き連ねていきました。そうしましたら、長文の手紙の返事をくれまして、その内容がこうでした。
「私は○○(兄の本名です。)という人間ではありません。無論、この体は彼のものだし、彼の記憶もあります。しかし、私は彼と自分自身をどうしても結びつけることが出来ない。では私は何者なのか?それは私自身にもわかりません。恐らく彼は、私の頭の中で生まれたものでしょう。私には友人や故郷も存在しない。私はある日、学校をさぼって隠れて時間を潰していました。今思えば、それが始まりであったように思えます。始まったばかりの私には○○という人物像が求められていました。彼の記憶を持っていた私はそれを受け入れ、自分がその人物であることも認めました。私の頭の中に彼が浮かんできたのです。それからはまあ色々とありましたが、過去のことを話しても性に合わないので止めておきます。しかし、私は今の私を決して嫌いではない。私がどこから来た何者であれ、その私がすべてなのです。「異常」なのかもしれないし「病気」なのかもしれない。だかそれでも、私自身なのです。それを消し去ろうとする行為自体は命を奪われることに変わりない、私はこのまま命を全うしたい。」
このような内容でした。兄がこのような手紙を書いてくれたことで、自分自身を今どう思っているかということが分かりました。内容から「自分が自分でない」恐らく「他者化」というのでしょうか、それが進行しているように思えます。林先生はどうお考えでしょうか?いや、完全に人格が分離してしまっているのかもしれません。この手紙の内容をを含めて、今までの経過や今後について林先生にお聞きしたいことを書いていきます。
兄は元来、かなり内気で表情も少ない性格でした。そして非常に繊細で、細かいことも深く考えすぎる傾向でした。人ともあまり関わろうとせず、自閉気味でした。ストレスをため込みやすいとそういうのがいいかもしれません。やはり統合失調症の人はこのような人に多い傾向というのはありますか? でも、高校生までは普通に家では話していました。兄が言っていたのが、「クラスで馴染めない。みんなが怖い。教室にいたくない。」といい、学校に行ったと思ったら、別の場所で時間を潰していたりするようになりました。親もいろいろ相談にはいきましたが、先生も相談には乗るといっていても、本人は「もういい。」というようになり、不登校となりました。私は兄が嫌なことがあったのかと考えていましたが、今思えばこれが発症というのでしょうか?それから通信制ならいいと思い、母がそこに入れたんですが、5か月も行きませんでした。そして、事件が起きました。兄が通信制に行っていたときにいつまでたっても帰ってこないので、捜索をしました。そうすると、本人は学校に行かず、親戚の庭になぜかおびえた様子でいました。これが手紙の「学校をさぼって・・・」のところです。その後、もう一回突発的に家出をして警察にも捜索願を出すまで行きましたが、また親戚の家の今度は2階にいました。また怯えていて、行動の理由も話してくれませんでした。それを母親がかなりきつく怒鳴り(なんでこんなことするんだ、通信制に入れてやったのに考えてくれ、恥ずかしいじゃないかという感じです。)それが引き金かどうか分かりませんが、もう高校にはいかなくなり、引きこもりになりました。それで、2回ほどクリニックに行ったのですが、そこでは2回ともうつ病と診断されました。私達もその時は活力がないように見えただけだったので、それに納得しました。薬ももらい服用したんです。そうしたら、元気になったように見えました。ところがまたさらにひきこもりがちになりました。これは統合失調症の初期症状としてのうつ状態なのか、うつ病だったのかどちらでしょう? そこからはもう今まで病院に入っていませんでした。そして、今回ようやく入院となりました。
大変長文になり申し訳ありません。長年放置しておいていうのもおかしいと思いますが、兄とまた普通に話せる日は来るのでしょうか? 私たちが今後兄の改善に向かうためのアドバイスありましたら、お願いします。
林: 経過のご報告をいただきありがとうございました。大変なご苦労があったことと拝察しておりますが、受診、そして入院となったことは大きな前進への第一歩になることは間違いありません。
早く薬物療法を始めて頂きたいですが、主治医や病院の方に今はお任せしています。
確かに、通常なら直ちに薬物療法を開始するところだと思います。けれども、主治医の先生には何か深いお考えがあるのだと思います。「主治医や病院の方に今はお任せしています」は適切です。
今回のメールでひとつ気になるのは、ご本人からの長文の手紙です。その内容は、質問者がおっしゃっているように、他者化ということができ、長年の引きこもりとあわせて、統合失調症の症状が手紙の中に表現されていると解釈することが可能です。
けれども、手紙の内容だけをみればそうですが、診断上、内容と同程度かあるいは内容以上に重要なのは、その内容がどのように表現されているかです。
手紙引用部分の最後に、
このような内容でした。
と書かれていますが、これは、質問者が手紙の内容をわかりやすく書き直したという意味でしょうか。それともご本人の手紙文そのものの引用か、あるいはそのものにかなり近い引用でしょうか。
もしこれが手紙文そのものか、あるいはそのものにかなり近い文章だとすると、長年無治療の統合失調症という診断にやや疑問が出てきます。10年以上引きこもり慢性化した統合失調症では、ここまでご自分の体験を理路整然と文章で表現できることは稀だからです。稀というのは、あり得ないという意味ではありません。表現できたからといって統合失調症の診断が否定されるわけではありません。しかし、他の病気である可能性も現実化してきます。この手紙のような他者が自分の中に現れるもう1つの病気は、解離性障害です。けれども解離性障害のために10年以上の引きこもりになることはまず考えられません。すると、「慢性化した統合失調症だが、このような理路整然とした手紙が書ける稀なケース」とみるほうが妥当でしょう。なお、もしこの手紙の引用文が、質問紙により大幅に書き直されたものだとしたら、上記の検討は不要で、やはり統合失調症という診断の可能性が大いに強まります。このように、精神症状の診断では、症状の内容だけでなく(内容とは、このケースでは他者化です。その他、妄想や幻聴の場合もあります)、その内容をご本人がどのように表現されているかが非常に重要になります。
なお、以前診断されたといううつ病は明らかに違います。ただその時点ではうつ状態以外の症状ははっきりせず、すると最も可能性の高い診断名としてはうつ病ということになったのかもしれません。
兄は元来、かなり内気で表情も少ない性格でした。そして非常に繊細で、細かいことも深く考えすぎる傾向でした。人ともあまり関わろうとせず、自閉気味でした。ストレスをため込みやすいとそういうのがいいかもしれません。やはり統合失調症の人はこのような人に多い傾向というのはありますか?
そういう傾向はあります。しかしそういう性格でなくても統合失調症を発症する方はたくさんいらっしゃいます。
兄とまた普通に話せる日は来るのでしょうか?
「普通に話せる」とはどの程度のことを指しているか不明ですので、イエス・ノーで回答することは不可能です。10年以上無治療で慢性化している統合失調症が、完全に健康な状態に戻ることは現実的にはあまり期待しないほうがいいでしょう。しかしもちろんある程度までの改善は見込めます。それから、上記手紙をめぐる説明の通り、統合失調症の診断はまだ確定的とは言えないでしょう。主治医の先生が薬物療法開始を保留しておられるのも気になるところで、診察時の所見の中に、統合失調症でないことを示唆するものが何かあったのかもしれません。いずれにせよ、
主治医や病院の方に今はお任せしています。
それが適切であると思います。
(2016.4.5.)