【2903】娘は解離性障害という病名を受け入れ、治療を続けています(【2476】のその後)

Q: 【2476】解離性障害の治療を受けていますが、統合失調症ではないかという不安がぬぐえませんまでの一連のQ&Aで、中学3年の娘について回答いただいた40代の母親です。
遅くなりまして申し訳ございません、この1年の経過報告です。娘は高校生になりました。

その後も「腕が上がらない」「喉が詰まる感じ」「お腹の異物感」「頭痛」など、身体症状が1ヶ月に数回はあり、しかしそれぞれ長くても3日以内で治るということを繰り返していました。また、気分の落ち込みや不安などもやはり、2週間に1回くらいの波で良くなったり悪くなったりを繰り返していました。
2月に不安の最大材料だった高校受験も終わり、無事に第一志望の高校に合格することができ(県内トップの公立高校。決して自慢ではなく、こういうこともあるという、誰かの助けになる情報になれば嬉しいです。不思議ですが成績は落ちず、高校生になった今もいいほうです)、これでひとまず落ち着いてどんどん良くなるかと勝手に期待しましたが、そう簡単ではありませんでした。

受験後もやはり身体症状や気分の浮き沈みの波は続き、4月に高校入学してからはさらに悪化していきました。
具体的には「めまい」「腹痛」「食欲不振」と「気分の落ち込み」「不安」、そして「涙が自然に出る」などです。
主治医の先生からは、新しい場所や人に対する不安、過敏、緊張からくるもので、それらに馴染むのに人より時間がかかるとのこと。
ただ、入学してから1ヶ月後の5月には、娘自ら自分の状態を学校の先生に説明し(そんなに早く自分から人に話すことに驚きました)、先生方もわからないながらも、こちらが驚くほどの理解を示していただき、本人の様子を見ながら(本人が辛いと訴えれば決して無理強いせず休ませる。特に学校ではその場の雰囲気に合わせて振る舞うので、外側からは楽しくやってるようにしか見えないことが多い)やっていきましょう、と大変恵まれた環境にしていただいています。

薬はリスペリドン1mg、セロクエル12.5mgでしばらく続けていましたが(4月から主治医の処方)、6月にはセロクエルを飲むと眠くて仕方なくなるので、勝手にセロクエルを飲むのを止めていました(自己判断での断薬はダメという認識があったのですが私も途中まで気付かず、3週間後に主治医に事後報告しましたら「んがっ!!」と白目を剥かれました。でも「じゃあ、そのままやめよう!」となり、リスペリドン1mgのみになりました)
夏休み明け後の8月下旬、学校が始まるとみるみる悪くなり(「極度の吐き気」「体温の異常感」「気分の落ち込み」「不安」。ちなみに夏休み中は驚くほど元気でした)、主治医からは気持ちからくる症状(薬や他の可能性は否定)と言われ、インヴェガ6mg(その前に一度メイラックス2mgを処方されましたが効果がありませんでした)を処方されましたが、ふらふらして朝が起きられなくなり、数日で中止になりました。その直後、実際に嘔吐する胃腸炎にかかったらしく(これまでの吐き気で実際に吐くことはなかった)、食べては吐くという嘔吐を1日中繰り返すという、見るからにかなりキツい思いをしましたが(約3日薬も飲めず)、2日目から徐々に回復し出し3日目にほぼ治ると、今度は以前の「吐き気」もいっしょになくなりました。そして現在まで「吐き気」の症状は出てません。なんだかその時に全て吐き出してしまった感じで、とても不思議です。

その頃、他の症状としては「黒い人影を見る」「誰かに肩をつかまれた」「腕にアザのような斑紋が見える」「浴槽の床に赤い斑点が見える」などがあり、主治医からはすべて解離の症状、解離の幻視だから心配することはないと言われました。(「解離の症状が全部あるね~」(解離性同一性障害以外)と先生は嬉しそうでした(←もちろん私の主観)。研究者の顔を見ると、嫌な気どころか私も嬉しくなる不思議)また「後ろが気になる」「暗がりが怖い」「目をつぶって頭を洗えない」「怖い映像(ニュースや病気)が見られない」「昔の記憶が曖昧」「夢がリアル」「同年代に対する緊張や過敏」などの症状は相変わらず常にあり、今も続いていますが、徐々に軽くなっているような感じを受けています。

そして同時期の夏頃、初めて知ったことが「共感覚」を持っていることです。娘にとっては当たり前のことだったようで、他愛無い話をしていた時にたまたま知ったのですが、数字や文字、文章、そして場所や人にも色を感じる(本人にとっては見える感覚に近いらしい)ことがわかりました。(また、これは特異なことではないようですが(私は特異だと思ってました)、頭の中での思考がほぼ100%映像で(私はどちらかと言えば言葉。主治医の先生は「僕は映像派~。どっちかに分かれるよね~」でした。しかし両方持っているのが一般的で、その比率がどっちかに極端に偏るのが、とても不思議に思えます)、形ないもの(人の気持ちや予想することなど)でも、複合的な色の映像で考えるとのことでした。それを聞いて可能な限り想像してみましたが、かなりシュールな映像らしいことはわかりますが、それで具体的にどう考えるかは謎です。確かにそれを言葉で説明するのは無理です。本人も「私に絵の才能があればなー」とか「頭の中をそのまま覗いて欲しくなる」と言ってました)

娘が言うには「人と同じように見えているはずだけど、同時にそこに色が見える。その日によって色は変わるから(数字や文字は変わらない)、自分が色を作り出しているのがわかる。普通の景色も色が違って見える時がある。だけどそれをコントロールすることができない。嫌いな場所(教室)は暗い色一色になって、それが大きな一面の壁のようになって迫る感じがする。そういう時、自分は肉体から離れたちょっと遠くからそれを俯瞰して見ていたりする。だけどその一色に囲まれた世界に居続けることがとても辛くて苦しくて、気持ち悪くなり自然と涙が流れてくる。逆に好きな場所は多彩で居心地がいい」とのこと。

これまで「辛い」と訴えられても、身体症状以外に気持ちがどう「辛い」のかは、「パニック感」「焦燥感」「不安感」「追いつめられ感」を想像するのが私には精一杯で(それでも十分辛いことはわかるが)、また聞き出すこともしてませんでした。娘も言葉につなげようと努力するものの、それを表現することができずにいるようでした。たまたま色の話を聞いて(もちろん一回でスムーズに説明したわけではありません)、娘の感じ方がなんとなくわかったような気がしますが、やはりあくまで私の気がするだけなので、それ以上大げさにしたり深く突っ込んだ話にはしてません。

また、本を読むと、文章が登場人物の声となって聞こえるので、本を読むというより聞いている感じがすると、これは前々から聞いてはいたのですが、改めてそれが私が想像していた以上にリアルなことだとわかりました。本の中の世界がまるで目の前で起こっている事実のように、景色や匂い、色を感じ、そして登場人物の声が本当に聞こえるそうです。さらに気に入った登場人物は本が終わってもそのまま自分の中に留めておき、その後も話したい時に自分と脳内で会話するそうです。これも小さい時からずっとやってきたことだそうで、本人はみんな同じことをしている、本に没頭するというのはそういうことだと思ってました。
(本人いわく、本の中に自分が入るというよりは、本が自分の中に入る。自分は本を包み込む存在であり、本の登場人物は全て自分の分身のように感じ、愛おしくなるそうです。それを聞いて主治医の先生は「自分の理論通りだ~、君は想像力が豊かだね~」とこれまた喜んでました。こう書いていくと、もともと解離になる素質が非常にあったのではないか?と思ってしまいます)

そして10月くらいから、リスペリドン1mgでも朝、眠さが残るようになり、0.5mgと減薬し一ヶ月半が過ぎて今に至ります。気がかりだった減薬症状もこれと言って何も出ず、また身体症状もこの1ヶ月くらいは「腕に斑紋が見える」くらいです。

この一年を振り返ってみると、悪くなる時はかなり悪くなるのですが、それでも大きな流れでは良い方向に向かっていると実感します。同年代の人とそれに関連する場所に対しての緊張と過敏は、まだまだかなり根深い何かを感じます(外でも不意打ちで知り合いに会うことを極端に嫌います。いきなり会うと、どういう自分を出したらいいのか混乱するそうです)。学校の保健室の常連でもあり、学校生活が苦しいことは伺えます。しかし同時に、まわりの優しさに触れたり、新しい経験を積んだり、知識を増やしたり、なにより主治医との信頼関係などによって、自分自身と現実を本当に少しずつですが受け入れ始めていると感じます。(共感覚の話を主治医の先生に話した時「共感覚があるんだー、芸術家だねー、すごいねー、羨ましいねー」と言われ、本人の自己肯定感が一気に増した気がします。とは言え、芸術的才能は、絵にしろ音楽にしろ文章にしろ全く見当たらず「才能を持たない芸術家」と言って笑い合ってますが。自分の気持ちが色となって、目の前にありありと映し出されることに対しては「決して悪いことばかりじゃないよ~、いい時だってあるからね~」くらいで、それ以上は触れませんでした。もちろん主治医の先生にも娘は、先生特有の色を感じるらしく、ある診察が終わった後「色に深みが増したよ~」と言ったり、自分自身の色も「私は自分から離れて自分を見ることができるから、自分の色もわかるんだよ~」とサラッと言ったりしてます)

解離性障害という病気について、娘本人が知識として詳しく知っていく必要があるのかどうか(学校の先生に話した時に「多重人格」と言ったそうでちょっと困りました。娘は主治医の先生から面と向かって「あなたは解離性障害です」とも他の病名も言われたことはないのですが(私には以前「解離だね」くらい)、娘いわく「解離的だねー」「解離っぽいねー」「解離の症状だねー」という言葉があれだけ頻繁に出てきたらわかるよと言ってましたし、そりゃそうだと思いました)、少しずつ正確な知識を持たせたほうがいいのか、それとも敢えて話題にしないほうがいいのか今の私にはわかりません。そのあたりはやはり主治医におまかせして、私は私で見守ることに徹して長い目を持って見ていきたいと思っています。

林先生にもおっしゃっていただいた「良い方向に向かっている」という言葉に何度も勇気づけられ、そして何度も自分に言い聞かせてきました。病気の回復は本当に少しずつで、時には後戻りするような気にもなります。ですが、これからも焦らずに、私は私で自然にやっていきたいと思っています。

またご報告したいと思います。ありがとうございました。

林: 経過のご報告をいただきありがとうございました。
自身の診断名を受け入れることは、改善への第一歩であり、かつ、非常に大きな第一歩です。
もっとも、

解離性障害という病気について、娘本人が知識として詳しく知っていく必要があるのかどうか(学校の先生に話した時に「多重人格」と言ったそうでちょっと困りました。娘は主治医の先生から面と向かって「あなたは解離性障害です」とも他の病名も言われたことはないのですが(私には以前「解離だね」くらい)、娘いわく「解離的だねー」「解離っぽいねー」「解離の症状だねー」という言葉があれだけ頻繁に出てきたらわかるよと言ってましたし、そりゃそうだと思いました)、少しずつ正確な知識を持たせたほうがいいのか、それとも敢えて話題にしないほうがいいのか今の私にはわかりません。

これはおっしゃる通りであり、

そのあたりはやはり主治医におまかせして、私は私で見守ることに徹して長い目を持って見ていきたいと思っています。

それが適切だと思います。

診断名の受入れを含め、順調に経過していることが、今回いただいたメールからはっきりと読み取れると思います。ありがとうございました。これからも改善・安定されることを願っています。

一点補足です:

こう書いていくと、もともと解離になる素質が非常にあったのではないか?と思ってしまいます

それは事実だと思います。解離性障害は、心因性に分類されるのが通例ですが、いかなる心因性の疾患においても、発症の要因としてある程度の素質(素因)があると考えるべきです。つまり、ある程度の素因を持っている人が、何らかの心因により(「心因」は「ストレス」といってもいいでしょう)発症するということです。

(2015.2.5.)

05. 2月 2015 by Hayashi
カテゴリー: 精神科Q&A, 解離性障害