【2762】実際に周囲から噂されている人が統合失調症になった場合、それでも「噂されている」という自覚は妄想ということになるのですか。

Q: 私は30代女性です。いま、世間を騒がしているSTAP細胞のAさんですが、マスコミやネットがひどい騒ぎをしています。Aさんの顔を引き伸ばして新聞の一面にしたり、地方のJAが「美味しいお米はあります!」と米保方さんを作ったり、まだ若い1人の女性に対し、悪ふざけと言うには度を超えた騒ぎ方です。ネットは言わずもがなです。

ここで質問なのですが、Aさんは体調不良で入院されているそうですが、もし彼女に統合失調症の陽性症状に該当する症状がでた場合、治療と診断は統合失調症と同じものになるのでしょうか。と言うのも、彼女が周りの人が自分の噂をしているといういわゆる関係妄想を持った場合、ここまで日本中が騒ぎになっていれば、それは妄想ではなく事実である可能性もあります。また、実際は噂をしていなくても、例え彼女が過敏になってしまっても無理はないと思うのです。そして、症状が悪化して妄想がひどくなった場合は、単に統合失調症を発症した場合と違いはあるのでしょうか。 また、一般人の方でも、職場や学校で事情があり、現実に噂の的になることはあると思います。そこから発展して、盗聴されているとか、または思考伝播などが出てきた場合はどうなのでしょうか。有名人の方と違いはありますか、また、単に統合失調症を発症したケースと違いはありますか。

 
林: これは精神医学、および精神病症状の根本にかかわる深いご質問です。
【2762】質問のタイトル、すなわち、

実際に周囲から噂されている人が統合失調症になった場合、それでも「噂されている」という自覚は妄想ということになるのですか。

は、次のように一般化することができます:

それなりの原因があって、その結果としてある考えに固執するようになった場合、それでもそれは妄想なのか。

答えは、「妄想のこともあるし、妄想でないこともある」になります。

「妄想でない」という場合は、「ある考えへの固執」が、単に量の強さにすぎない場合です。この【2762】の質問者のおっしゃるとおり、

ここまで日本中が騒ぎになっていれば、それは妄想ではなく事実である可能性もあります。また、実際は噂をしていなくても、例え彼女が過敏になってしまっても無理はないと思うのです。

この文の前段、そもそも「事実」の場合はもちろん妄想ではありません。
後段、過敏になった場合は、「単に量の強さにすぎない」といえますので、これも妄想とはいいません。

これに対して、「妄想である」という場合は、ここに質の違いが加わった場合です。
この【2762】の挙げておられる次の例、すなわち、

盗聴されているとか、または思考伝播などが出てきた場合

こうなりますと、「過敏」という言葉では表現しきれない症状で、質の違う症状であるといえます。こうした症状が出てくれば、統合失調症(または妄想性障害)が発症したと判断されます。

上記、「妄想でない」と「妄想である(または、精神病症状である)」の違いは、「内容」と「形式」の違いであるという言い方もできます。「内容」とは思考内容です。多くの人に噂されれば、実際に噂されていなくても噂されているとか、さらには嫌われているとか、何か悪さをされるのではないかという不安が発生しても不思議はなく、これは事実によって(ここでは、噂されているという事実)、思考「内容」が発展したといえます。これは正常心理の延長にすぎず、精神病ではありません。
他方、そうした「内容」を超えて、たとえば思考伝播のように、通常ではあり得ない体験が出てくれば、それは思考「形式」の障害です。そして思考形式の障害こそが統合失調症に特有で最も重要な症状であるとするのも有力な考え方です。(これについては統合失調症という事実 電子増補版 1章末の「ワンポイント」に解説しました)

但し実際には、「内容」のレベルの症状、つまり量の違いにすぎない症状といっても、その「量」があまりに過剰な場合は病的ということになります。【2762】で言及されている「噂されている」という自覚も、実際以上に過剰になれば、妄想ということになります。するとどのくらいの時に「実際以上」と考えるかという困難な問題が発生し、なかなか理屈通りに「妄想である」と「妄想でない」を区別することはできないケースもあります。特に統合失調症の前駆期や初期にはこうした診断上の問題が生じやすいものです。(統合失調症の前駆期や初期は、周囲からみて何となく様子がおかしいと感じられることがあるので、すると周囲はこの人は少しおかしいのではないかと実際に噂することもよくあり、話はさらに複雑になります) この点については林の奥金閣寺もご参照ください。

(2014.8.5.)

05. 8月 2014 by Hayashi
カテゴリー: 精神科Q&A, 統合失調症