【2707】私は境界性パーソナリティ障害ではなく、双極Ⅱ型障害だったのでしょうか(【1288】のその後)

Q: 30代女性です。二度目のメールになります。2007年に 【1288】境界性人格障害の回復について では、励みになる回答をいただきました。その後の経過についてご報告させていただき、先生からの回答があれば嬉しく思います。
亡くなってしまった主治医の先生に、一つの職場で5年勤めれば大丈夫、その後新しい主治医の先生には、周囲とうまくやれれば大丈夫といわれていました。当時私は20代でした。

30代の現在私は医療関係の仕事をしています。 5年頑張ろうと決意したものの、実際は最初の職場は半年たらずで退職しました。夜間当直が始まってから、自分ではどうしようも出来ない無気力さが続き、数日間、食事も入浴もとらずに眠るかじっとしていました。当時は、デパス、マイスリー、ジェイゾロフトを処方され気分変調性障害と言われました。 半年後、意欲が出てきて再就職。昼だけの出勤で2年勤務、その間にさらに資格をとるために進学し、その後卒業しました。職場でも学校でも人と対立してうまくいかなかったです。この人たちに私の高尚な考え(私はそう思っていたし、今でもそう思うときもあります)が理解できるわけがない。そう思っていました。後に引けない思いもあり必死でした。マイスリーとデパスを処方してもらっていました。鬱がひどいと入浴など基本的な生活行動が全く出来ませんでした。(転居したのでほしい薬だけもらいにいき、診察はないです) その後、再度就職。そこでも一部の人以外仲良くなれずいじめも横行している職場でかなり攻撃されましたが、デパスとマイスリーを処方もらい乗り切っていました。当直もやり激務、揚げ足取りのような攻撃も受け流したりしていましたが、死にたい思いや相手の攻撃を受けるエネルギーが無くなってパニック障害を主にみている先生のクリニックにようやく受診、二度目の診察で双極性障害2型の診断をうけラミクタール25mg、メイラックス、マイスリーが開始となりました。75mgに増量して仕事でもミスが多くなり退職を決めまし 頭がぼーっとするし、ミスが増えたので医師に相談したら、薬はよく効いていて問題はない。ぼーっとしているのは元々の疾患で鬱の波が大きくて、さらに増量が必要。しかし、気になるなら一度やめてみて症状の変化をみてもいいと言われました。そのタイミングで妊娠がわかり、一切の内服をやめました。入浴も、一切の家事も出来ず、寝たきり状態でした。転居せねばならず、紹介状をもらい、別の医師の元へ通いました。悪阻と鬱で、妊娠中期まで辛かったですが、安定期以降内服再開しふつうの妊娠生活を送ることができました。また、声をかけてくれる職場があり、ルーチンの仕事をし、家事も出来ていました。外にでて社会とつながりがあることも、ホッとしました。 出産間近に一度内服を中止したら再度悪化して寝たきりでしたが、出産後に内服再開、育児も出来ているが子供と二人きりより少し外に行こうと産後3ヶ月より仕事を始めて、現在は当直勤務もしています。一年以上になりますが、仕事も順調で、気分の波もなく日々の出来事も乗り切っています。仕事もですが、育児が楽しく夫と子供と一緒に過ごす週末が何より幸せです。現在はラミクタール150mgとデパスの頓服でコントロールしています。人とも仲良くやれて、近所のママ友まずまずつきあっています。以上長くなりましたがこれまでの経過です。 双極性障害2型に境界性人格障害を合併していた、もしくは双極性障害そのものの症状がこれまでの人生のエピソードを作っていたのだろうと、理解しています。「双極性障害2型は新しい疾患概念であり、ラモトリギンの保険適用も最近、それ以前は反復性のSSRIの効かない鬱は大抵、境界性人格障害と診断されていた」と最初に私を双極性障害と診断した医師から説明を受け、自分のケースも同様だったと理解しています。SSRI内服すると余計にいらだちが強くなっていたのも当てはまっていました。当直し始めると症状が出てくるのも何となく自分でも感じており、仕事の前と終わりの日には、生活が整うように薬の力を借りて眠るようにしています。
また3年前に結婚した夫は、交際数ヶ月後から、この人は人格障害ではなく軽めの躁鬱じゃなかな?と思っていたそうです。アグレッシブで頭脳も驚くほど冴えている、感情豊かで楽しいと感じると、二人の間に喧嘩が増えて周りがおかしくて物事がうまくいかない!と愚痴を言う。暫くすると落ち込んでいつもねているばかり。少数の友人とは話も出来るが大抵の人とは関係を断ち切りたがるから、と。 お酒も好きで深酒をよくするが、続くと鬱になってお酒もやめることを繰り返しているのも精神疾患なのではないかと思ったそうです。それでも、一緒に生活してみて楽しいし、落ち込みも長くて数ヶ月で終わってまた働いてるので、そういう時期を繰り返す人だと思って、典型的な躁状態の問題行動はまずないだろう、と思って結婚したそうです。そこまで思いながら私と家庭を持ち、子供を授けてくれた夫に感謝するとともに、長いつきあいで客観的に他者がみるとわかる症状だったのに、主治医が亡くなってから、転居や転職でたびたび通う病院を変え、マイスリーとデパスさえあればと、内科などで処方を希望したら私の行動も治療が遅れた原因だと思っています。 これからは、今の主治医の元へ通い、症状をコントロールしながら家庭は楽しく、仕事、地域でのお付きあいも役割を果たせるようやっていきたいです。長くなりましたが、これまでの経過です。また何かありましたら年数を経てからメールすることもあるかもしれません。そのときまで元気でいたいと思います。

林: 大変貴重な経過のご報告をありがとうございました。

「双極性障害2型は新しい疾患概念であり、ラモトリギンの保険適用も最近、それ以前は反復性のSSRIの効かない鬱は大抵、境界性人格障害と診断されていた」と最初に私を双極性障害と診断した医師から説明を受け、自分のケースも同様だったと理解しています。

この医師の説明、及び、質問者の理解は、おおむね正しいです。
かつて境界性パーソナリティ障害(境界性人格障害)と診断されていた方の一部に、真の病名は双極Ⅱ型障害だった方が含まれていたことは確かです。
但し最近では、逆に双極Ⅱ型障害という診断が過剰気味になり、境界性パーソナリティ障害なのに双極Ⅱ型障害と診断される人が増えているという現状があります。
この【2707】は、「かつて境界性パーソナリティ障害(境界性人格障害)と診断されていたが、真の病名は双極Ⅱ型障害だった」にあたるケースだと思います。長期間の経過が具体的に記述されていることから、そのように言うことができます。
逆に言えば、短期間の経過では、境界性パーソナリティ障害か双極㈼型障害かの区別はつきにくいことも多いということです。

これからは、今の主治医の元へ通い、症状をコントロールしながら家庭は楽しく、仕事、地域でのお付きあいも役割を果たせるようやっていきたいです。

是非そのようにお過ごしください。

また何かありましたら年数を経てからメールすることもあるかもしれません。そのときまで元気でいたいと思います。

お待ちしています。お元気でお過ごしください。

(2014.6.5.)

05. 6月 2014 by Hayashi
カテゴリー: パーソナリティ障害, 境界性人格障害, 精神科Q&A, 躁うつ病