【2673】嘘をついて支離滅裂な言動をする高校生と病院の対応について
Q: 私は40代男性、高校の教員をしています。現在受け持っている男子生徒(以下Aとします)について質問します。 Aは17歳の高校2年生です。母子家庭で一人っ子、裕福なほうではありませんが金銭面で特に問題はありません。勉強は苦手なほうで、成績も5段階評定のうち2~3がほとんどですが、単位を落とすなどのことはありません。 入学当初は落ち着いた雰囲気で、積極的に友だちを作ったり委員会に立候補したりすることをせず、クラスのなかで静かにしていました。数ヶ月経つと友人ができ始め、休み時間は友人と談笑する姿が見られ、また、卓球部にも入部しました。教員から見ても、特に注意することはなく、楽しそうに学校生活を送っているという印象を持っていました。
しかし半年を過ぎて二学期になる頃、クラスメイトや部員など、Aの友人たちから下記のような話を聞くようになりました。
・ 幼い頃から卓球スクールに通い、コーチに鍛えられながら厳しい練習を続けていると言っていたが、その割に卓球は上手くなく、顧問から見ても部員から見ても、部活のなかで最も実力がないと判断されている。
・ そろばん検定を持っているため、暗算が得意だと言っていたが、そろばんができる様子も暗算が得意な様子もない。漢検、英検についても同様だった。
・ 毎年夏は北海道へ行き、一週間以上滞在していると言っていたが、具体的な場所や食べた料理、宿泊施設の名称などを聞いても答えられない。
・ 本が好きで暇さえあれば読んでいると言っていたが、読解力は乏しく、具体的な作家名や作品名などを聞いても答えられない。
このような言動から、友人たちはAに対する違和感を抱き始めました。するとAはそれを察知したのか、部活を無断欠席するようになりました。顧問に呼び出され、無断欠席の理由を問われると、Aは、いかにも申し訳なさそうに、つらそうな表情を浮かべて、母親が足を骨折して寝たきりになり、看病していると説明しました。顧問もそれを聞き、では母親の足が良くなったら部活に出るように、と話したそうですが、Aの無断欠席は続き、再び呼び出されることになりました。すると今度は、また同じような表情を浮かべて、母親は内蔵も悪くなってしまい、入院しているため、看病していると説明しました。Aは母子家庭なので、この話が本当なら、Aは実質ひとり暮らしをしていることになります。しかし食事や掃除など、生活面について質問しても曖昧な答えしか返ってこないため、家庭に連絡を入れたところ、母親は在宅し、骨折や入院などの話はすべて嘘だったことがわかりました。
この時点で、Aの虚言傾向は度をこしていると判断したため、スクールカウンセラーを紹介し、カウンセリングの予約をとりました。しかしAは激しく抵抗し、そんなもの必要ないと言って、予約を無視して帰ってしまいました。カウンセリングといってもただ雑談をすればいいとか、もやもやしたものがあるなら楽になれるかもしれないとか、そういった言葉を発すればたいていの生徒はカウンセリングを受けるのですが、とにかくAは抵抗しました。
そんなある日、休み時間中に廊下でAが倒れました。体全体の力が抜けて自力で歩くことができないようなので、担架を持ってきて乗せようとすると、突然、力が抜けていたはずなのに足をバタつかせるなどして暴れ出し、自分の通っていた中学校名を叫んだのです。よだれを垂らし、顔を真っ赤にして頭を上下左右に振りながら、廊下の端から端まで届くほどの大きな声量で、おそらく10回は叫んだと思います。なんとか担架に乗せ、保健室に連れて行くと、そこで4回吐き、中学校時代の教員について罵倒し始めました。その内容はほとんど聞き取れませんでしたが、あいつら死ね、地獄へ堕ちろ、いつか殺してやる、などという支離滅裂なものでした。母親に連絡して迎えに来てもらうよう頼んだと伝えると、今度は矛先が母親へ向き、同じような言葉で母親を罵倒し始めました。その状態が3時間ほど続き、疲れ切ったのか、ようやく落ち着きました。
Aは数日欠席したあとまた登校し、けろりとしている様子でしたが、今度は半ば強制的にスクールカウンセラーのもとへ通わせ、カウンセリングを受けさせました。同時に母親へ連絡し、病院を受診させるように促しましたが、母親は息子を正常だと言って拒否し、A自身も、教員に対する不信感を抱くようになりました。俺は至って普通なのにあいつらは俺のことを病気扱いする、このあいだはただ具合が悪くなって倒れただけなのに大袈裟にとりすぎる、と言って怒りをあらわにしていました。
しかし再三の説得の末、約1ヶ月後になんとか心療内科を受診させることができました。私たちはほっとしましたが、3ヶ月ほど通った末、その心療内科から書面が届き、その内容に、驚きを隠せませんでした。書面によると、行った検査はWAIS-IIIとロールシャッハテストで、どちらも結果は正常、何の問題もないため、治療の必要はない、ということでした。
すぐにスクールカウンセラーが病院へ連絡し、Aの様子について主治医に伝えたいことがあると言ったのですが、病院側は学校関係者との接触を拒み、気になるのであればAを通院させるように、と伝えられました。といっても、母親とAはもともと治療の意思がなかったため、それ以来、検査結果を理由にして通院をやめてしまい、今に至ります。
林先生にご質問したいことは以下の通りです。よろしくお願いします。
・ Aは本当に正常で、通院の必要がないのでしょうか。また、もし病気だとすれば、どういった病名が考えられるのでしょうか。
・ 病院側が学校関係者との連絡を拒むことがあるということは、以前から聞いていましたが、その理由は何なのでしょうか。患者の意思を優先し、守るためでしょうか。スクールカウンセラーの話を聞くことは、患者にとって有益だと思うのですが…。
林: Aさんには病的な虚言があります。
・ Aは本当に正常で、通院の必要がないのでしょうか。
病的な虚言があることは、通常は正常とはみなさないでしょう。
すると通院の必要ありと考えるのが自然です。
しかし、正常でない人のすべてについて通院の必要があるといえるかどうかは困難な問いということになります。
この【2673】の質問の記述だけを見れば、あるいは、多くのケースを見れば、何らかの助けが必要であることは明らかで、であれば通院の必要があるのが当然という答えになるかもしれませんが、本人や家族の立場からすれば、大きなお世話ということになるのも十分に考えられることです。現にこの【2673】の本人や母親はそのように考えているようです。もちろん【2673】のケースを放置すれば、将来において、本人にとってさらに悲惨な状況が訪れるでしょう。
ではそれを避けるために、本人や家族の意思に反しても治療をするべきか。これは精神医療には常につきまとう重大な問題です。「いかなる場合にも、本人の意思に反する治療は行うべきでない」という考え方もあります。「本人の意思に反する治療を行うべきである」という考え方もあります。但しその場合は条件つきということになります。「原則としては本人の意思に反する治療は行うべきでない」がおそらく大部分の人に支持される考え方でしょう。
ではその原則を覆すことができるのはいかなる時か。一つは、現在において(将来ではなく、現在です)、本人または周囲にとって、きわめて悲惨な状況が現出していることでしょう。この【2673】のケースがそれにあたるかどうかは難しいところです。もう一つは、治療によって相当な改善が見込まれることでしょう。統合失調症などの措置入院や医療保護入院、あるいは医療観察法による治療が正当化されるのは、この条件が満たされるからです。(もちろんそれでも正当化されないという考え方もあります) それに対し、虚言の場合には、現代の精神科医療によって見込まれる改善は相対的に小さいと言わざるを得ません。すると、症状が虚言だけだった場合、医療機関は「通院の必要なし」と結論することにはそれなりの妥当性があると言えるでしょう。
また、もし病気だとすれば、どういった病名が考えられるのでしょうか。
症状が虚言だけだった場合には、他の特定のパーソナリティ障害 という診断になります。「美少女L、その他、の虚言」もご参照ください。
但しこの【2673】のケースでは、
そんなある日、休み時間中に廊下でAが倒れました。体全体の力が抜けて自力で歩くことができないようなので、担架を持ってきて乗せようとすると、突然、力が抜けていたはずなのに足をバタつかせるなどして暴れ出し、自分の通っていた中学校名を叫んだのです。よだれを垂らし、顔を真っ赤にして頭を上下左右に振りながら、廊下の端から端まで届くほどの大きな声量で、おそらく10回は叫んだと思います。
というエピソードがあり、「症状が虚言だけ」とは言えないでしょう。このエピソードは、てんかん発作も考えられますが、総合的にみると解離の一症状で、AさんはB群パーソナリティ障害(これについても「美少女L、その他、の虚言」をご参照ください)の可能性濃厚のように思えます。母子家庭とのことですが、パーソナリティ障害を考えるということになると、これまでの生育歴も診断のための重要な情報になります。
・ 病院側が学校関係者との連絡を拒むことがあるということは、以前から聞いていましたが、その理由は何なのでしょうか。
患者本人が連絡を拒否した場合には、病院が連絡を拒むのが当然です。
患者の意思を優先し、守るためでしょうか。
その通りです。
スクールカウンセラーの話を聞くことは、患者にとって有益だと思うのですが…。
それは患者以外の立場の人の解釈に過ぎません。
なお、やっとのことで受診にこぎつけた心療内科からの書面として、
行った検査はWAIS-IIIとロールシャッハテストで、どちらも結果は正常、何の問題もないため、治療の必要はない、ということでした。
とのことですが、この記載は、
(A)「行った検査はWAIS-IIIとロールシャッハテストで、どちらも結果は正常」だから「何の問題もない」という意味なのか、
それとも、
(B)「WAIS-IIIとロールシャッハテストで、どちらも結果は正常」、そのほかの所見も「何の問題もない」という意味なのか、が不明です。
(A)であれば、この心療内科の診断方法はずさんの責めを免れません。WAIS-IIIとロールシャッハが正常だからといって何の問題がないなどと言えるはずがありません。
(B)の場合、これら検査以外のいかなる情報に基づいて「何の問題もない」と結論したかが不明ですので、何も判断できません。
母親とAはもともと治療の意思がなかったため、それ以来、検査結果を理由にして通院をやめてしまい、今に至ります。
大変お困りのこととお察しいたします。しかし、上記回答が、虚言及びこのケースについての現実ということになります。
(2014.5.5.)