【5022】被害体験に基づく不安と統合失調症の妄想はどう違うのでしょうか

Q: 24歳女です。

統合失調症の相談内容で、「誰かに見られている気がする」「監視されている」「部屋の中に知らない人がいる」といった妄想をよく見かけます。

一方で強盗や通り魔、強姦、ストーカーなどの事件(未遂も含む)の被害に遭った方も、「もし誰かが部屋に入ってきたらどうしよう」「部屋に知らない人がいるかもしれない」「誰かに見られていて殺されるかもしれない」といった強い不安や恐怖を感じることがあると思います。

このように内容が似ている不安や恐怖であっても、その人が以前に強盗やストーカー被害などの明確な出来事を経験している場合には、「統合失調症ではなくPTSDや不安症」と診断されることが多いのでしょうか?
また、統合失調症の方の中にも、過去の事件などの実際の恐怖体験をきっかけに強い予期不安を抱え、そこから統合失調症の症状が出るということもあるのでしょうか?

私自身、テレビでストーカー事件を見たり、近所で怖い事件の報道を聞くと、「もし自分が巻き込まれたらどうしよう」と不安になることがあります。
(同時に「そんなことは滅多にない」と冷静に考える自分もいます。)
このような不安がもしあまりにも強くなり、思い込みのように頭から離れなくなった場合、それは統合失調症の可能性が出てくるのでしょうか?

被害体験に基づく現実的な不安と、統合失調症による被害妄想は、どのように見分けられるのでしょうか。
また、統合失調症の方と実際に事件の被害を受けた方が「家の中に誰かがいるかもしれない」と感じるとき、その心の中の“恐怖の質”や“感じ方”は同じなのか、違うものなのかをお伺いしたいです。

よろしくお願いいたします。

 

林: これは精神科の診断の最も重要なテーマの一つに迫るご質問です。
あえて抽象化すると、

出来事Eの後に精神状態Mが発生したとき、EとMの関係をどう考えるか

ということになるでしょう。
さらに抽象化すれば、

Eの後にMが発生したとき、EとMの関係をどう考えるか

ということになります。
ここまで抽象化すれば、論理だけで答えを出すことができます。
それは、

EとMは関係があるかもしれないし、関係がないかもしれない。

というものです。ここでいう関係とは因果関係です。
そうしますと、抽象から具体に遡って、

出来事Eの後に精神状態Mが発生したとき、EとMの関係をどう考えるか

という問いに対する答えも

出来事Eと精神状態Mは関係があるかもしれないし、関係がないかもしれない。

となります。論理的にはこれが正解であることは確実です。
しかしながら現実世界では、「EとM」と「出来事Eと精神状態M」は同一に扱うことは普通はできません。Eが親しい人の死で、Mが悲しみであれば、EとMには因果関係がある。しかしEが親しい人の死で、Mが喜びであれば、EとMには因果関係はない。いや、「正常な心理的反応としての因果関係はない」が正確な表現になります。つまりこの場合はMは異常な反応で、それは脳内の異常、すなわち何らかの病気の発症を示唆することになります。

前おきが長くなりましたが、ここまでを前提に【5022】の質問を考えてみましょう。

出来事E: 強盗や通り魔、強姦、ストーカーなどの事件(未遂も含む)の被害に遭った
精神状態M: 「もし誰かが部屋に入ってきたらどうしよう」「部屋に知らない人がいるかもしれない」「誰かに見られていて殺されるかもしれない」といった強い不安や恐怖を感じる

この場合、EとMには因果関係がある。したがって病気ではない。そう判断するのが自然でしょう。
しかし質問者はそんな単純な考え方に対し、次のように鋭く疑問を発しておられます。

このように内容が似ている不安や恐怖であっても、その人が以前に強盗やストーカー被害などの明確な出来事を経験している場合には、「統合失調症ではなくPTSDや不安症」と診断されることが多いのでしょうか? 

つまりこの疑問は、「精神状態Mが(別の)病気Sの症状と一致するときでも、先行する出来事Eがあった場合は、Eと因果関係ありと判断し、病気Sとは診断されないのか?」と抽象化することができます。そして質問文のニュアンスとしては「それはおかしいのではないか」という疑問を質問者が持っておられることが読み取れます。

さらにこの疑問を質問者は次のように的確に発展させておられます。

また、統合失調症の方の中にも、過去の事件などの実際の恐怖体験をきっかけに強い予期不安を抱え、そこから統合失調症の症状が出るということもあるのでしょうか? 

つまりこの疑問は、「本来は先行する出来事Eなしで発症する病気Sであっても、先行する出来事Eをきっかけに発症することはあるのか?」と抽象化することができます。

以上の疑問について、まず端的にお答えしますと、

Q1.このように内容が似ている不安や恐怖であっても、その人が以前に強盗やストーカー被害などの明確な出来事を経験している場合には、「統合失調症ではなくPTSDや不安症」と診断されることが多いのでしょうか?  = 「精神状態Mが(別の)病気Sの症状と一致するときでも、先行する出来事Eがあった場合は、Eと因果関係ありと判断し、病気Sとは診断されないのか?」
A1. そのような場合には「統合失調症ではなくPTSDや不安症」と診断されることが多いです。しかし、統合失調症の可能性も否定できませんから、慎重に診断を進めます。

Q2.統合失調症の方の中にも、過去の事件などの実際の恐怖体験をきっかけに強い予期不安を抱え、そこから統合失調症の症状が出るということもあるのでしょうか? = 「本来は先行する出来事Eなしで発症する病気Sであっても、先行する出来事Eをきっかけに発症することはあるのか?」
A2. あります。

すなわち、出来事Eの存在は診断上重要であっても、それだけで診断が決まるわけではないということです。

そしてここからが質問者が真に問いたい点であるかと思います。

私自身、テレビでストーカー事件を見たり、近所で怖い事件の報道を聞くと、「もし自分が巻き込まれたらどうしよう」と不安になることがあります。 
(同時に「そんなことは滅多にない」と冷静に考える自分もいます。) 
このような不安がもしあまりにも強くなり、思い込みのように頭から離れなくなった場合、それは統合失調症の可能性が出てくるのでしょうか? 

「可能性」という言葉がカバーする範囲は広範で、いかなることも「可能性がない」とは言えない、という透徹した論理を採用すれば、「・・・の可能性が出てくるのでしょうか?」という問いに対する答えは常にYes、つまりその可能性はあるということになります。したがって質問者の仮想する状況になれば、統合失調症の可能性を否定することはできません。

しかしご質問の最後の部分が、ここまでの抽象的な論理とは別の平面にある、精神医学的に最も重要ともいえるポイントです。

被害体験に基づく現実的な不安と、統合失調症による被害妄想は、どのように見分けられるのでしょうか。 
また、統合失調症の方と実際に事件の被害を受けた方が「家の中に誰かがいるかもしれない」と感じるとき、その心の中の“恐怖の質”や“感じ方”は同じなのか、違うものなのかをお伺いしたいです。 

第一文については、実際には多くの場合、見分けることはそう難しくありません。「被害体験に基づく現実的な不安」と「統合失調症による被害妄想」は、その具体的内容も強さも、被害体験に基づく現実的な不安と統合失調症による被害妄想には明確な違いがあります。但し例外的に見分けにくいことがあることはあります。しかしその場合でも、横断面だけでなく縦断面を見れば、つまり全経過を見れば、統合失調症かそうでないかは大部分の場合に見分けることができます。

第二文は精神症状の捉え方として最も重要とも言えるご質問で、厳密には誰にもわからないというのが正しい答えになるでしょう。心の中の“恐怖の質”や“感じ方” といった主観世界は、本人以外には決して知り得ないからです。しかしこれも現実的には、主観世界の質の違いを観察者は感じ取ることができることが多く、それが精神科診断の根拠になることがしばしばあります。

なおこれに関連して、この回答の前半で述べた内容には実は論理的な誤りがあります。
私は

Eが親しい人の死で、Mが悲しみであれば、EとMには因果関係がある。

とあっさり述べましたが、論理的にはそれだけで「EとMには因果関係がある」と確定することはできません。たまたまその時に全く別の出来事E2があって、悲しみはそれが原因かもしれない。それからもう一つ、これが精神科診断的には重要ですが、悲しみの前に親しい人の死があったのは実は偶然であって、その人の悲しみは内因性のうつ病だったという可能性もあるということです。このとき、「内因性のうつ病と、健常者でも経験する悲しみの心の中の“質”や“感じ方”は同じなのか、違うものなのか」という問いが非常に重要ものとして浮上します。
伝統的な精神科診断学は、その二つは「違うものである」とされています。そして私はこの伝統的な精神科診断学の立場は正しいと考えています。しかし現代の診断基準では、「同じものである」とされています。明示的に同じものであると明記されているわけではありませんが、診断基準の記述からは、同じであるという立場で記述されていることが明らかです。

(2026.3.5.)

05. 3月 2026 by Hayashi
カテゴリー: うつ病, 精神科Q&A, 統合失調症 タグ: |