【4753】統合失調症と思われるお客様への対処について
Q: 公務員の20代女性です。
統合失調症と思しき言動のお客様(勤務先の役所では住民の方をこう呼びます)が複数人おり、対応に苦慮しております。
お客様の特徴は下記のとおりです。
・50歳~70歳で女性7割、男性3割ほど
・政府に監視や攻撃をされている、巨大な陰謀に巻き込まれているといった主張
・春や秋など季節の変わり目に来庁されることが多い
窓口にいらっしゃると、実現困難な要求(「個人情報が漏洩して集団ストーカー被害を受けているので戸籍を書き換えろ」など)をされ、要求が通らないと対応職員を罵倒する、支離滅裂な主張を繰り返すなどして2~3時間程度居座ることもあります。
職員は皆辟易しているのですが、公的機関である以上、特別扱いも出来なければ、サービスの提供を拒むこともできません。
度重なるクレームでストレスで体調を崩す職員も出ており、問題視した管理職が「悪質クレーマーには毅然とした対応をする」というガイドラインを定めました。
具体的には、無理な要求や暴言が見られた時点でお引き取りいただくよう要求し、それでも居座るようであれば警察に通報するというものです。
一般的なクレーマーへの対応としては良い解決策なのかもしれませんが、現場で統合失調症と思しきお客様を対応している身としては、果たしてこれでよいのだろうかと思う部分があります。
お客様の多くが役所を「陰謀によって自分を陥れようとしている敵(政府)の一味」と認識しているため、こちらが警察を呼ぶと「やはり自分の主張は図星なのだ、都合が悪いから自分を排除するのだ」と妄想の確信を強めてしまう気がしてなりません。
恥ずかしながら、私をはじめ同僚や管理職も精神病に関する正しい知識を持ち合わせていません。
また、弁護士等のクレーム対策講座等を受講したこともありますが、基本的に統合失調症と思しき方からのクレームは想定されていないようで、参考になる情報はありませんでした。
このようなお客様に対して、できるだけ短い対応時間で済み、尚且つお客様の妄想を悪化させないようにするには、どのような対応をすべきでしょうか。
また、職員の中には、お客様の妄想に同調することで場を丸く収めようとする者もいます。
「大変ですねぇ」と同情を示して話が解る者だと信頼を得る、「カードから有毒な電磁波が出ている」との主張に対し「調べたが検出されなかったので大丈夫」と返すなどです。
このような対応を林先生はどのようにお考えでしょうか。
乱文で恐縮ですが、ご教示いただけますと幸いです。
林: 統合失調症は病気で、妄想は統合失調症という病気の症状です。これは全く当然でわざわざ言うまでもないことですが、この【4753】のような状況においては、まずこの出発点に戻って考える必要があります。
つまり問題は次の通り整理されることになります。
抽象的には: 病気の症状で周囲が迷惑しているとき、どうすべきか。
具体的には:
(1)精神障害の症状で周囲が迷惑しているとき、どうすべきか。
(2)統合失調症の妄想で周囲が迷惑しているとき、どうすべきか。
抽象的な方からいえば、そもそも「病気の症状で周囲が迷惑している」と述べること自体が不適切あるいは不謹慎ということになるでしょう。
しかし具体的な方になると、そう単純な話ではなくなってきます。
具体的な方の(1)としては、たとえば、「うつ病の症状のために欠勤することで、周囲の人々の負担・ストレスが増大しているとき、どうすべきか」という問いがあります。これも抽象的な方と同様に、そのように述べること自体が不適切・不謹慎という立場もありえます。「ありえます」というより、「それは当然に不適切・不謹慎」というべきかもしれません。しかし、周囲の人々は本音としては迷惑を強く感じている場合があるのも事実です。ここには擬態うつ病の問題や、うつ病という概念があまりに拡大しすぎているという現代の問題もからんできます。つまり、どこまでを病気と考えるべきかということで、これも重要な問題ですが、【4753】の質問のテーマからは外れますのでここでは論じないこととします。
【4753】に直接関連するのは、上の具体的な方の(2)です。統合失調症は、現代の概念が拡散したうつ病とは異なり、明確に病気で、統合失調症を病気ではないと考えるのは、ごく一部の特殊な立場を除けばありえません。すると、明確な病気の明確な症状で周囲が迷惑しているとき、それも多大な迷惑を被っているとき、どうすべきか というのがこの【4753】の問いということになります。
【4753】の質問者はこう言っておられます:
度重なるクレームでストレスで体調を崩す職員も出ており、問題視した管理職が「悪質クレーマーには毅然とした対応をする」というガイドラインを定めました。
具体的には、無理な要求や暴言が見られた時点でお引き取りいただくよう要求し、それでも居座るようであれば警察に通報するというものです。
一般的なクレーマーへの対応としては良い解決策なのかもしれませんが、現場で統合失調症と思しきお客様を対応している身としては、果たしてこれでよいのだろうかと思う部分があります。
そして質問者のこの疑問の理由は次の通りです:
お客様の多くが役所を「陰謀によって自分を陥れようとしている敵(政府)の一味」と認識しているため、こちらが警察を呼ぶと「やはり自分の主張は図星なのだ、都合が悪いから自分を排除するのだ」と妄想の確信を強めてしまう気がしてなりません。
この疑問はその通りです。警察に通報すれば、本人の妄想の確信を強めてしまう可能性は十分にあります。つまり、司法的な対応は、本人への治療的な対応という観点からは不適切であるということです。しかし、本人への適切な治療的対応を優先すれば、かかわった方々が多大な迷惑を被り続けることになります。言い換えれば、司法的な対応と治療的な対応は相反するものである ということです(ただし、「治療的司法」という概念があり、アメリカのドラッグコートなどはその実例ですが、日本では抽象的な概念レベルにとどまりますので存在しないのと同じです)。質問者のお悩みはまさにそこにあると思われますが、症状が周囲への迷惑をもたらすとき、周囲の迷惑への対策は、本人にとって不利益になることは避けられないのが事実です。結局はこの事実を直視して考え、決定しなければならないということです。
この問題が最も生々しく顕在化するのは、精神障害者による犯罪です。そして重大犯罪はその極限の実例であると言えます。
現在(2023年秋)に京都地裁で行われている京都アニメーション放火殺人事件の1審裁判の進行の中に、その問題をありありと見ることができます。あの事件は妄想が動機であることがあまりに明白ですが、裁判では、妄想の影響は著しくないという判決が出され、被告人には極刑が言い渡されるでしょう。そこには、病気の症状としての行為を罰しなければならないことに伴う矛盾が露呈していると言えます。林の奥の京都アニメーション放火殺人事件に詳細に解説してありますので(この回答をしている2023.11.5.時点は1審公判中であるため、原稿は未完です。公判の進行にあわせて加筆していきます)ご参照ください。
(2023.11.5.)