【4567】純粋な被害についての相談を林先生にする方がいるのはなぜでしょうか
Q: 私は20代男性です。私の質問は件名の通りです。
たとえば、本人がストーカー被害を受けていると感じていて、でもそう感じている一方で、「これは私の妄想であり統合失調症なのでしょうか?」と病気だという認識が少なからずあるのなら、それを林先生にすることは理解できます。
ですが、本人がまったく病気とは思っていないような、純粋な被害の相談を林先生にするのは不可解だと思うのです。
たとえば、【4530】長い間嫌がらせを受け続けています、【3898】毎日上の階からの嫌がらせを受けています 、【3537】卑劣な超音波テロの被害に遭っています 、【4017】僕の家の食事には毒が盛られています などのように純粋な被害についての相談を精神科である林先生にする方がいるのはなぜなのでしょうか。
林: 精神病(特に統合失調症)の病識、すなわち、自分が病気であるか否かについての認識の本質にかかわるご質問です。ご指摘のように、質問文からは、本人は自分が病気であるなどとは全く思っていないことが読み取れるのに、精神科Q&Aに質問される方はたくさん存在します。
この点については、【1514】皆と同じようにipodの手術を受けたい の 続き に記したように、また 【3158】病識の無さのレベルについて の質問者が推定しておられるように、「自分が病気であるなどとは全く思っていない」という表面的な言葉に反して、内心では自分の精神の変調を自覚している、というのが一つの説明といいますか解釈ということになります。(その「自覚」は意識されていない「自覚」ですので、「自覚」という言葉の本来の意味とは異なりますが)。ただし「解釈」とはいうものの、現実には、「自分は病気ではない」と断言する一方で精神科に通院して薬も飲むケースは膨大に存在しますので、この「解釈」は、証明する方法こそありませんが、正しい解釈であることは確実に近いと思われます。
ただしもちろん、統合失調症の方すべてにこのような「自覚」があるというわけではありません。文字通り「完全に病識がない」ケースがあるのは、精神科Q&Aの実例からも明らかかと思います。また、病識が曖昧で、あるともないとも言いにくい、【3435】ここ10年近く、町を歩くと集団で私を見てあざ笑われたりします 、【3411】いじめが事実か妄想か分からず、実は統合失調症だったのではないかと疑っています のようなケースもあります。さらには【3513】林先生の答えには納得できません。悪口を言われているのは事実です(【2767】のその後) のように、「病識があるか、ないか」の二者択一の問いを立てるとすれば、「病識は、ない」としか言いようもなく、そうであれば【2767】の回答を読んだ時点で憤慨し精神科Q&Aなど無視するのが自然であると思われるのに、わざわざ「いや、自分の被害は事実だ」と(精神科医に)訴えてくるという行動の中に、病識の片鱗を読み取ることも不可能ではないでしょう。
このように、病識とは非常に複雑なものです。精神科Q&Aでは、「事実を回答する」という基本方針は堅持しつつも、多くの場合、質問者の病識のレベルを推定して答えています。第三者である読者から見ると不可思議だったり単純すぎる回答に見えるものの中には、こうした事情が隠されている場合があります。
関連して、病識は経過によって揺れ動くものです。治療を受ければ、それまではなかった病識が出てくるのはよくあることですが、治療とは関係なく揺れ動くことも稀ではありません。したがって精神科の実際の臨床では、その方の病識が今どのレベルにあるかを推定し、そのレベルに応じた対応をすることになります。
なお、病識については、【3227】統合失調症患者は、回復した後も本質的には病識が無いといえるのでしょうか?もご参照ください。
(2022.10.5.)