【3800】30 年間病名を告げられずに来た統合失調症の父の、服薬中断による再発

Q: 私は30代後半の男性です。
30年程前から父が統合失調症を患っており、現在入院2ヶ月目になりますが、少々特殊なケースだそうで、主治医も「あまり扱ったことのないケースである」と口にしており、自身でも書籍を片っ端から目を通しましたが同様の状況が見つからず、家族としては今後の対応に困惑するところが多く、ご相談させていただきました。

上記のとおり、父が発症したのは今から30年程前のことです。当時の職場での人間関係が良好ではなく、そのうちに幻覚・被害妄想などの症状が見られた為、母が病院に連れて行ったところ「心身症」である旨の診断を受け、投薬が始まりました。
父は転勤族であり、生活・職場環境の変化によって調子の波はありましたが、処方された薬は飲み続けておりました。
そのうちに私は大学入学のために実家を離れ、数年後には妹が同様に実家を出て、父と母の二人暮らしが始まります。

発症してから約10年後、当時の職場環境が特に合わなかったせいか、幻覚・被害妄想などの症状が強く現れ、加えて母に対する暴力も始まったため、母に連れ添って主治医に相談に行った際そこで初めて「精神分裂症」であると告げられました。

当時の医師からは「本人に病名を告知しよう」というお話も無かったため、我々も告げるべきではないのかと感じ、病名を知らせることなく投薬を続けて来ました。
現在に至るまで何度も主治医は変わっておりますが、現在の医師になるまで「病名を告知する」という話はありませんでした。
今となっては何故なのかは分かりませんが。

父は4年ほど前に定年を迎え、もう仕事でのストレスを感じることはなくなり、症状も改善されるのではと期待しておりましたが、それ以降は心身ともに非常に疲労した状態で、何もする気にならず、一日中寝たきりの状態になってしまいました。

そんな状態が二年ほど続いたのですが、そのうちに手が震えるようになり、病院で様々な検査を受けましたが原因がわからず、最終的に「服薬している薬の副作用である」ことが判明しました。

それから父は主治医に投薬を止めることを告げ、通院も止めてしまい、家族はどうなることかと心配していたのですが、投薬を止めてから父は心身ともに人が変わったように元気になり、明るく、活動的になりました。まるで今までの人生を取り戻すかのように。加えて当時の医師からは当人にも家族にも、投薬中断による再発のリスクの説明も無かったそうです。

今にして思えば、ドーパミンの過剰な分泌が引き起こした症状であったのでしょうが、当時我々家族は統合失調症に対する知識が無く、「病気から回復したのではないか」考えておりました。
本人も「自分の調子が悪かったのは全て薬のせいである」と考えるようになりました。

最初は調子がよかったのですが、状況はどんどんと変わっていきました。
父はほとんど睡眠をとらなくなり、深夜・早朝問わず街中を歩き回り、極端に買い物をするようになり、そのうち、近所の車を片っ端から洗車したり、他人の家の草刈を無断で行うなどの奇行が始まりました。
さらには、幻覚・被害妄想が再発し、毎日のように何十年も前の話をするようになりました。

一年ほど前に、父が母に「自分はやはりどこかおかしいのかもしれない」と言い出したので、病院に連れて行き、その時に初めて現在の主治医から「本人に病名を告知して、治療を再開しましょう」と申し出を受けました。

そこから投薬を始めたのですが、当人は投薬にも医師にも強い不信感を持っており、結局数日の投薬の後、止めてしまいます。

そうするうちに、今度は同居している母の精神状態が悪化し、このままでは一緒に生活できないと判断したため、家族四人が集まり、初めて父に直接統合失調症の話をしたのですが、本人には病識が皆無であり、何の話し合いにもなりませんでした。
そのため、母が主治医を尋ね、これ以上の同居が無理であることを告げた際、医療保護入院の話が起き上がり、今回の入院の運びとなりました。母も精神的に疲労していたので、精神科を受診させたところ「鬱である」旨の診断をうけ、投薬をしております。

二ヶ月間投薬を続け、母も父も症状はずいぶん治まったように感じておりますが、父は相変わらず病識が皆無であり、自分は正常であるのに無理やり入院させられたと感じているため、主治医に対する信頼も一切無く、退院したいから仕方なく薬を飲んでいるといった状態です。
なお、入院してからはインヴェガ6ミリを処方されておりましたが、手の震えなどの副作用が出たため、やむを得ず、インヴェガ3ミリを服用して様子を見ております。

主治医はもともと三ヶ月をメドに退院を考えているようで、そろそろ具体的に退院の話が出てきましたが、病識が無い状態で退院させて大丈夫なのかと感じております。主治医は「30年も病名を告げられず、今になって突然病気だと言われても納得はできない。病識を持たせるのはおそらく不可能である」と言っています。退院して薬を飲まないようであれば、相談してくれと。
ただ、退院後に投薬を続けられないからといって、またすぐに入院させれば良いといった簡単な状況ではありませんので、果たして現状での退院を許可していいものかどうか、判断に困っている状態です。

我々は治療に関して素人であり、現在の主治医にお任せしたいとは感じておりますが、上記のとおり「自身もこのケースを扱った経験が多くない」と仰っているため、ご連絡させていただきました。

 

林:
当時の医師からは「本人に病名を告知しよう」というお話も無かったため、我々も告げるべきではないのかと感じ、病名を知らせることなく投薬を続けて来ました。

これは実際にはよくあるケースです。すなわち、統合失調症(当時の病名は精神分裂病)の方で、病名告知のないまま、あるいは別の病気であると説明を受けたまま(たとえば、うつ病など)、統合失調症の薬を飲み続け、結果的に安定が続いているケースは非常に多く存在します。この【3800】のケースは「心身症」とされていたとのこと、この病名も当時は統合失調症の方に(またはそのご家族に)比較的よく告げられていたようです。有名な例としては1982年2月の日航機墜落事故で、当初はその機長は「心身症で治療中だった」と報道されましたが、まもなく統合失調症(精神分裂病)であったと正しい情報に修正されました。この事件については 三輪和雄『空白の五秒間 — 羽田沖日航機墜落事故』新風舎文庫 1993年 に詳しく記されています。

そのうちに手が震えるようになり、病院で様々な検査を受けましたが原因がわからず、最終的に「服薬している薬の副作用である」ことが判明しました。

非常に症状が安定していた統合失調症の方が、このような経緯で服薬を中断し、悪化してしまうことは少なからずあります。ですから、精神科の薬の副作用についての説明は慎重なうえにも慎重な姿勢が求められるところです。たとえ副作用であることが事実だとしても、安易な説明はむしろ非難されるべきで、薬には副作用があるのは当然ですから、どんな場合でもその副作用と効果のバランスを十分に考慮した説明が必要であるところ、そもそも本人が病識を欠いている場合には、薬の効果についての理解が困難ですから、副作用であると言われれば、では薬はやめようと考えるのは当然です。

それから父は主治医に投薬を止めることを告げ、通院も止めてしまい、家族はどうなることかと心配していたのですが、投薬を止めてから父は心身ともに人が変わったように元気になり、明るく、活動的になりました。まるで今までの人生を取り戻すかのように。

統合失調症の方が服薬を中断したときに非常によくある現象です。服薬を中断すれば、一時的には非常によくなったように見えるのは稀ではありません。

当時我々家族は統合失調症に対する知識が無く、「病気から回復したのではないか」考えておりました。
本人も「自分の調子が悪かったのは全て薬のせいである」と考えるようになりました。

ご家族、ご本人がこのように誤解してしまうのもよくあります。そしてこの誤解は悲惨な結果につながるのが常です。この【3800】のケースもそのごくありふれた経過になっています。

最初は調子がよかったのですが、状況はどんどんと変わっていきました。

全く当然のことです。
父はほとんど睡眠をとらなくなり、深夜・早朝問わず街中を歩き回り、極端に買い物をするようになり、そのうち、近所の車を片っ端から洗車したり、他人の家の草刈を無断で行うなどの奇行が始まりました。
さらには、幻覚・被害妄想が再発し、毎日のように何十年も前の話をするようになりました。

服薬中断後のごくありふれた経過です。

一年ほど前に、父が母に「自分はやはりどこかおかしいのかもしれない」と言い出したので、

これは幸運なケースだと言えます。このように病感(自分はどこかおかしいという漠然とした感覚)が生まれるのは、ありうることではありますが、すべてのケースで生まれるわけではありません。したがって、治療を再開して回復する期待は持てると言えるでしょう。
しかし、残念ながら、

そこから投薬を始めたのですが、当人は投薬にも医師にも強い不信感を持っており、結局数日の投薬の後、止めてしまいます。

このような経過となり、ご家族が困窮される結果となっています。
これもまた、非常によくある経過ですが、ここからが治療の正念場と言えるでしょう。

主治医は「30年も病名を告げられず、今になって突然病気だと言われても納得はできない。病識を持たせるのはおそらく不可能である」と言っています。退院して薬を飲まないようであれば、相談してくれと。
ただ、退院後に投薬を続けられないからといって、またすぐに入院させれば良いといった簡単な状況ではありませんので、果たして現状での退院を許可していいものかどうか、判断に困っている状態です。

この【3800】のケースのこれからの治療の考え方としては、まず、薬の治療が必要であるという大前提の確認が必要です。それ以外では改善の希望はありません。まずこの事実を強く認識したうえで、方策を考えることになります。
このとき、単純な理屈からいえば、「病識がない以上、服薬は期待できない」ということになりますが、統合失調症の治療というものはそのように単純に割り切れるものではなく、このケースでも本人に病感(自分はどこかおかしいという漠然とした自覚)がある時期もあった以上、完全な病識はなくても、だからといって自発的な服薬が全く期待できないということにはなりません。病感がどこまであるか、真の意味で病識を持たせることができないとしても、どのような説明ならある程度納得することが期待できるか、そうしたことを、症状との兼ね合いをみながら考えていくことになります。主治医の先生が

退院して薬を飲まないようであれば、相談してくれと。

とおっしゃったのは、そうした方策を念頭においてのことであると推定できます。

退院後に投薬を続けられないからといって、またすぐに入院させれば良いといった簡単な状況ではありませんので、

主治医の先生がそのように簡単にお考えになっているということはないと思います。
ただし、ケースによっては、そのような形で入退院を繰り返す場合もあるのもまた事実です。また、薬による治療は、服薬以外に、デポ剤という注射(月に一回程度)による方法もあります。
こうしたことすべてを総合して、これからの最も適切な方策を考えていくことになるでしょう。その「最も適切な方策」は、ケースごとに異なるものです。

(2019.3.5.)

05. 3月 2019 by Hayashi
カテゴリー: 精神科Q&A, 統合失調症, 薬の副作用 タグ: , |