【3472】実の息子に会ってもわからないという状態は解離性健忘なのでしょうか

Q: 私は50代女性です。同居する80代の父親についての質問です。

先週、父のきょうだいの配偶者の葬儀に父と出席しました。葬儀が終わったあとでありがちな会話だと思いますが、「あの人は誰それの兄さんだから顔がよく似ている」とか「あそこに座っていたのは誰?」「それは誰それの奥さんだ」とか「2列目に座っていた人の名前がわからないが○さんの友人らしい」という話をしていたときに、父が「親族だけしかいないはずの場所に一人だけ得体の知れない人がいた」というので具体的に聞いてみると、その「得体の知れない人」は別居している私の弟(つまり父の実の息子。以下「息子」)でした。父は数十センチの距離にいた息子の顔を見て言葉を交わしたのに、息子だとわからなかったのです。父は自分が「得体の知れない人」と会って話したと思いこんでいたことに大きなショックを受けています。父が最後に息子に会ったのはおそらく8-9ヶ月ほど前で、そのときと息子の相貌はほとんど変わっていません。同居する私が見る限り、父にいわゆる認知症のような症状は出ておらず、少々耳が遠い以外は日常生活を支障なく送っていますし、理解力や判断力や記憶力など著しい変化は感じられません。ほぼ毎日犬の散歩に出かけ、月に2回はかかりつけ医に通院(血圧を測って血液をさらさらにする薬と尿酸値を抑える薬をもらうため)、月に2-3回ほど趣味の外出など電車に乗ってでかけることもあります。親戚や近所の方々や友人、かかりつけ医などの顔ももちろん認識しており混乱はありません。

実の息子に会ってもわからないという状態は解離性健忘なのでしょうか。私がそう思った理由は、父と息子との間にはこの2年ほどかなり深刻な確執が続いているため、父が潜在意識下で息子を息子と認めたくないという思いが強くなっている、あるいは息子のことが大きなストレスになってそのストレスが父にとって耐えられないほどつらいことなので、自分の心の平安を保つために息子を見てもわからなかったのではないかと考えた次第です。

少し長くなって心苦しいのですが、ここ数年の息子と父のことを以下に記します。
息子はいわゆる有名大学の大学院を修了後、一部上場企業に入社しました。その勤務先での激務を経て数年前にうつ病と診断され休職、自宅療養した後いちおう回復したようですが、4-5年前に「勤務先の会社を早期退職して自分で起業する」と父に報告に来ました。父は失敗するに違いないと思ったものの鬱をぶり返して自殺でもされるよりはましと思い、「3年間やってみてうまくいかなければ潔く廃業すること。父からは事業に関する金銭的援助は一切しない」という条件で、起業に反対はしないことを明言しました(その場に私も同席していました)。

なお息子はうつ病のことを父には話していません。息子の配偶者から聞いた話では、息子は配偶者にもはっきりうつ病だとは伝えておらず、治療を受けていたクリニックの医師からも「個人情報だから」と治療について教えてもらえなかったようですので、配偶者は治療の内容や病状について正確にわからないとのことです。

起業といっても、自分一人で新たに事業を興した訳ではなく、自宅にペーパーカンパニーを作ってフランチャイズビジネスの加盟店になったというものです。業種は息子の大学の専攻や勤務していた会社の業務とは無関係、かつアルバイト程度でも関わった経験のないもので、ただ「興味があるし、フランチャイズの親企業の説明会で相談に乗ってもらって大丈夫と言われたから」という程度で始めた事業でした。現実逃避をしたかったのと、子供相手の業種だから未経験でも高学歴の自分ならできると思ったのでしょう。息子は学歴や職歴がアイデンティティの唯一のよりどころであり、自分の知っていることが世界のすべてだと思っているタイプで、そういうタイプにありがちですが実はあまり世間的な知恵はありません。

結局、開業後3年間ずっと赤字続きで退職金も含めて何千万円かあった貯蓄を使い果たし、生命保険を担保にした借り入れと数件のカードローンで自転車操業を続けたものの、すぐ行き詰まり、父に泣きついて借金を肩代わりしてもらいました。それでも息子は自宅や自家用車を手放さず、子供たちも私立の学校に通わせています。一切返済をしないまま、生活費という名目で父に借金を続けてその総額は累計で2000万円ほどになりました。

弟は毎回のように空疎な美辞麗句を連ねた詫び状兼依頼状と返済期日を空白にした借用証書とを用意して、父に借金を重ねてきました。父から「これが最後だし、何月何日までに状況と見通しを報告せよ」と言われながら、一度も期日までに報告をしたことはなく、お金に困ったときだけ無心にやってきます(息子に大きな問題があり、息子が甘い人間だとわかっていて金を貸し続ける父も父だという議論は当然あり得ますが、ここでは本題ではありません)。廃業の目処がついた去年の暮れからは父は息子と距離を置くと決めたようで、歳暮や正月の挨拶に来たいという息子とその配偶者から電話連絡があっても拒否して自宅に上げず、最後に面会したのは昨年の8月頃で、その後は書簡と電話のみのやりとりです。

この一連の経緯についてはもちろん父は記憶しており、借用証書や詫状など関係書類も時系列にファイルして保管していますが、息子の顔だけが認識できなくなっていました。林先生にご教示いただきたいことをまとめると以下の通りです。
1)父は解離性健忘なのでしょうか。
2)解離性健忘だとすると、治療により治癒するのでしょうか。
3)治療や治癒の可能性があるとしても、弟の生活状態や性格が劇的に改善するとは思えず、弟の顔を強いて父に思い出させる必要があるのでしょうか(無理に思い出させることで父がまた極度のストレスにさらされ、その結果、高齢の父が著しく体調を崩すなどの弊害を私は恐れています)。

林先生のご助言をいただけるとありがたく存じます。

 

林: 「他には問題がないのに、ある特定の人物の顔だけがわからない」「その特定の人物は、本来とてもよく知っていてわからないはずのない人物である」「その人物との間に強い確執がある」「その確執は本人にとって忘れてしまいたい、すなわち、なかったことにしたい内容である」

メールに状況を詳しく書いていただいているので、この【3472】には上記のような事情があることが読み取れます(いずれも精神医学的に非常に重要な事情です)。そうしますと最も考えられるのは質問者が指摘されている通り、解離性健忘です。その中でも選択健忘と呼ばれているものにあたります。【1937】一人の人間の存在だけが記憶にない【1938】彼の存在だけが記憶から消えた

もご参照ください。(【1937】、【1938】は、顔ではなく、存在そのものが記憶から消失している点、この【3482】とは異なりますが、症状発生のメカニズムとしては一致していると考えていいでしょう)

したがってご質問への答えは次の通りになります。

1)父は解離性健忘なのでしょうか。

そうです。解離性健忘の中の選択健忘にあたります。

2)解離性健忘だとすると、治療により治癒するのでしょうか。

解離が永続することはまずあり得ません。但し問題は、解離における治癒とは何かということです。下の3)がこれに関連しています。

3)治療や治癒の可能性があるとしても、弟の生活状態や性格が劇的に改善するとは思えず、弟の顔を強いて父に思い出させる必要があるのでしょうか(無理に思い出させることで父がまた極度のストレスにさらされ、その結果、高齢の父が著しく体調を崩すなどの弊害を私は恐れています)。

おっしゃる通りです。解離性健忘では、健忘の内容を「思い出す」ことを治療目標にするのが適切とは限りません。というより、それは適切でないことのほうが多いです。

父と息子との間にはこの2年ほどかなり深刻な確執が続いているため、父が潜在意識下で息子を息子と認めたくないという思いが強くなっている、あるいは息子のことが大きなストレスになってそのストレスが父にとって耐えられないほどつらいことなので、自分の心の平安を保つために息子を見てもわからなかったのではないかと考えた次第です。

まさにその通りと考えられます。すなわち、この健忘には目的があるということです。(お父様ご本人がその目的を意識しているという意味ではありません。もし意識していれば詐病ということになります。無意識の目的に適合した形の症状が出るのが解離です)。【3298】役に立つ解離って存在しますか の回答に

解離とは、そもそもが自我の防衛のための症状(というより心理現象)ですので、「役に立つ」のはあり得る、と言うよりむしろ、役に立つ点があるのは当然で す。ですから解離性障害の治療は、必ずしもその解離症状を取り除くことが目標になるとは限りません。おそらく最もわかりやすいのは解離性健忘の場合で、健忘の内容は多くの場合本人にとって耐え難い外傷体験ですので、記憶を取り戻すことはかえってよくないこともしばしばあります。

とお書きした通りです。

(2017.7.5.)

05. 7月 2017 by Hayashi
カテゴリー: 相貌失認, 精神科Q&A, 解離性障害