【3028】妄想性障害のため、性格が「悪く」なることはありますか。また、妄想性障害は、妄想性人格障害の人がなるのですか。

Q: 70歳の母についてです。私は長女、40代です。
母は50代半ばから、(今にして考えると)嫉妬妄想が始まりました。
父の浮気を疑い、あたかも真実のように臨場感をもって、ありもしないことを娘である私に伝えてきました(例:お父さんが出張から帰って来たら、スーツケースに女のストッキングが入っていた云々)
思い込みが激しく、何の悪意もない事象について、「○○がわざとやった」 というようなことを言う母について、 「こんな人だったかしら?」とモヤモヤとした気持ちがありましたが、 母の妄想の対象が、離れて暮らす娘(私の妹です)の夫や、 近所の人に及び、事実でないことは事実のように話すようになったことをきっかけに、私の会社の産業医(精神科)に相談したところ、 「妄想性障害」の可能性を指摘されました。
元々、40代半ば頃から発病していた可能性があり、 加齢により問題が表面化したのだろうと。
父は母の問題を機に、家を出て行き、 妹は「お母さんは病気じゃない、そういう性格だった」と言い、絶縁。
関わっているのは長女の私だけです。

お訊きしたいことは以下の項目です。
(1) 妄想性人格障害(妄想性パーソナリティ障害)の人だから、妄想性障害になるのでしょうか(普通の善良なる人は妄想性障害にはならない?)。妹は、「お母さんは元々、自分勝手で自己中心的な人だった。病気はその性格の延長だよ」と言います。
(2) 妄想性障害のため、性格が「悪く」なることはあるのか。頑固になったり、自分の意見に固執したりするのは、症状としてあるのでしょうか(妄想性障害の問題が顕在化してから、大好きだった明るい母が、頑固で、人の好き嫌いが激しい人になってしまいました)。
(3) 母が不眠症で通っている精神科の主治医に相談しようと思います。本人に病識がないままに薬を飲ませて、症状は改善するでしょうか?

 

林: ご質問の3点は、いずれも現代の精神医学における未解決の難題にかかわる事項です。
回答は二段階に分けて行います。【1】は現代の精神医学で標準とされる回答。【2】は林の見解に基づく回答です。

【1】現代の精神医学の標準的見解
(1) 妄想性人格障害(妄想性パーソナリティ障害)の人だから、妄想性障害になるのでしょうか。
妄想性人格障害(妄想性パーソナリティ障害)と妄想性障害は、別のものです。「妄想性人格障害の人だから、妄想性障害になる」ということはありません。

(2) 妄想性障害のため、性格が「悪く」なることはあるのか。
ありません。但し、妄想内容(本人にとっては事実)が周囲に理解されないため、周囲に対して猜疑的になったり、敵意を持ったりすることはあります。これを「性格が悪くなる」ことと同一とみることはできないでしょう。

 (3)本人に病識がないままに薬を飲ませて、症状は改善するでしょうか?
妄想性障害には薬が効きにくいというのが臨床的常識としてはよく言われていますが、実証的研究では、意外に薬の効果はあるというデータが優勢です。

【2】林の見解
(1) 妄想性人格障害(妄想性パーソナリティ障害)の人だから、妄想性障害になるのでしょうか。
妄想性人格障害(妄想性パーソナリティ障害)と妄想性障害はどちらも、現在日本でも広く使われている国際的な診断基準のDSM-5に収載されている病名です。DSM-5は原則として病気の原因にはふれない形を取っており、そして妄想性人格障害(妄想性パーソナリティ障害)と妄想性障害が独立した病名として収載されている以上、両者には因果関係はないとするのが診断基準に基づけば正しい考え方であるといえます。
けれどもここには未解決の重大な問題があります。
妄想性障害については、その中には、統合失調症にかなり近いものから、疑い深い・執念深い性格にかなり近いものまで、かなり幅のものが含まれているというのが第一点です。つまり、はっきり病気といえるものと、性格の偏りにすぎないと思われるものまでが、同じ妄想性障害という病名になっているという点です。
妄想性パーソナリティ障害については、それを病気とみなすのか、性格の偏りとみなすのかという問題があります。これが第二点です。 伝統的な精神医学の考え方に基づけば、パーソナリティ障害は性格の偏りであって、病気ではありません。けれども、最近の脳科学的な研究によれば、パーソナリティ障害にも脳の異常があるというデータが蓄積されつつあり、するとパーソナリティ障害を病気でないとする根拠は薄弱であるということになります。こうした状況を受けて、DSM-5も、パーソナリティ障害を他の病気と殊更に区別する構成にはなっていません。(つまり、統合失調症や双極性障害と並列に位置づけられています)
このように、妄想性障害はその内容にかなりの幅があるという第一点、そして妄想性パーソナリティ障害を病気とみなすか性格とみなすかは曖昧であるという第二点、この二つの問題がまず前提としてあります。
そこであらためて
(1) 妄想性人格障害(妄想性パーソナリティ障害)の人だから、妄想性障害になるのでしょうか。
というご質問に目を向けますと、この質問文の「妄想性障害」の実態は何であるかということが最大の問題として浮上します。つまり、【3028】の「妄想性障害」が、疑い深い・執念深い性格にかなり近いものであれば、それはすでに妄想性パーソナリティ障害との境が曖昧ですので、「妄想性人格障害(妄想性パーソナリティ障害)の人だから、妄想性障害になるのでしょうか」に対する答は、「その二つはそもそもほぼ同じものです」というものになるでしょう。(そうなると、この【3028】のケースの妹さんの 「お母さんは病気じゃない、そういう性格だった」という見解も一理あるということになります。これについては後ほどまた触れます)
一方、【3028】の「妄想性障害」が、統合失調症にかなり近いものであった場合はどうでしょうか。この場合は、元々の性格とは無関係とみるのがすっきりした考え方で、その考え方はおおむね正しいといえます。
けれども正しいのは「おおむね」です。
というのは、精神科の病気は、たとえそれが明確な病気であっても、元々の性格と何らかの関係があるように見えることが少なからずあるからです。このとき、「元々の性格の延長として病気が発症した」とみるか、それとも「元々の性格とみえたものが、実は病気の潜在的な始まりだった」とみるかは、非常に難しい問題です。
統合失調症やうつ病でもそういうケースはありますが、妄想性障害は特にそういうケースが多いといえます。

そうしますと、「妄想性人格障害(妄想性パーソナリティ障害)の人だから、妄想性障害になるのでしょうか」に回答するためには、まずこの【3028】の「妄想性障害」が、妄想性障害という病名の中のどのあたりに位置づけられるか(つまり、統合失調症に近いか、性格に近いか)の検討から始める必要があります。

母は50代半ばから、(今にして考えると)嫉妬妄想が始まりました。
父の浮気を疑い、あたかも真実のように臨場感をもって、ありもしないことを娘である私に伝えてきました(例:お父さんが出張から帰って来たら、スーツケースに女のストッキングが入っていた云々)

これは、短い記載ですが、嫉妬妄想の典型例でよく見られる内容です。性格とは一線を画した症状であるとみるのが妥当でしょう。この症状が50代半ばになって初めて出て来たとすれば、病気(妄想性障害。その中で性格の延長としては捉えられないもの)であるという判定はさらに強まります。

思い込みが激しく、何の悪意もない事象について、「○○がわざとやった」 というようなことを言う母について、

この記載からはほとんど何も言えません。具体性がない記載だからです。精神科の症状についての判定においては、ほとんどの場合、具体的な記載が必要です。抽象的な記載ですと、それは健康な人にもみられるものと区別がつかないからです。

「こんな人だったかしら?」とモヤモヤとした気持ちがありましたが、 母の妄想の対象が、離れて暮らす娘(私の妹です)の夫や、 近所の人に及び、事実でないことは事実のように話すようになった

この記載も具体性がなく、情報としての価値があまりありません。

すると、比較的はっきりしているのは嫉妬妄想の存在だけということになりますが、その嫉妬妄想ひとつをとってみても、この【3028】のケースでは病気の症状といえそうですので、「性格の延長としては捉えきれない妄想性障害」ということになります。そして、嫉妬妄想以外については、上記の通り抽象的な記載しかありませんので情報としての価値はかなり限定されますが、質問者の見解のとおり50代半ばになってから、嫉妬妄想に続いて出現したとすれば、この判定(「性格の延長としては捉えきれない妄想性障害」という判定)は強化されます。

けれどもここには、大前提としての重大な問題があります。それは、この【3028】のケースの変化が、本当に50代半ばになってから現れたものかどうかということです。
質問者はそのように判断しておられます。
しかし、質問者の妹さんは、

「お母さんは病気じゃない、そういう性格だった」
「お母さんは元々、自分勝手で自己中心的な人だった。病気はその性格の延長だよ」

という見解であるとのこと、すると質問者の

大好きだった明るい母

という見解とはかなり異なります。
質問者の見解と妹さんの見解と、どちらが正しいかをメールから判定することは不可能です。お母様の性格についての見解として、どちらかが正しくどちらかが間違っているという可能性もあれば、姉(質問者)と妹に対するお母様の態度が全く違っていたという可能性もあります。

そうしますと、この【3028】の「妄想性障害」が、妄想性障害という病名の中のどのあたりに位置づけられるか(つまり、統合失調症に近いか、性格に近いか)は不明であると結論せざるを得ません。それが不明である以上、「妄想性人格障害(妄想性パーソナリティ障害)の人だから、妄想性障害になるのでしょうか」(この【3028】の「妄想性障害」が妄想性人格障害(妄想性パーソナリティ障害)だったから、妄想性障害になったのか)という問いに対する答は

わかりません

ということになります。
長文を読ませた末に「わかりません」が結論とは何事だと憤慨されるかもしれませんが、妄想性障害と性格についての、これは現実です。

(2) 妄想性障害のため、性格が「悪く」なることはあるのか。
上記【1】に記した通り、妄想内容(本人にとっては事実)が周囲に理解されないため、周囲に対して猜疑的になったり、敵意を持ったりすることはあります。
上記【1】では、
これを「性格が悪くなる」ことと同一とみることはできないでしょう。
と書きましたが、ここにはそもそも「悪い性格」とは何を意味しているのかという重大な問題があります。
「病気の症状であれば、性格が悪いこととは違う。病気の症状でなければ、性格が悪いということになる」
と二分法で考えるのが普通ですが、上記(1)に記した通り、性格の偏りとされてきたパーソナリティ障害にも脳の異常所見が示されてきている現代において、もはや病気と性格を明確に区別することは困難ですから、この二分法は科学的には崩壊しています。

(3)本人に病識がないままに薬を飲ませて、症状は改善するでしょうか?
上記【1】に記した通り、妄想性障害には薬が効きにくいというのが臨床的常識としてはよく言われていますが、実証的研究では、意外に薬の効果はあるというデータが優勢です。
するとこの「本人に病識がないままに薬を飲ませて、症状は改善するでしょうか? 」に対する答は、「改善が十分に期待できる」ということになるでしょう。
しかしここにも問題があります。少なくとも二つ。
第一は、その実証的研究における研究対象をめぐる問題です。「妄想性障害に薬は効く」というデータが出されたとして、そのデータそのものは信頼できるものだったとしても、そもそもその研究における「妄想性障害」とは何か、が問題です。ここまで解説してきたとおり、妄想性障害という病名にはかなり幅があるものが含まれていますので、それら全体をひとまとめにして、薬が効くとか効かないとかいっても、意味は乏しいということになります。普通に考えると、「妄想性障害の中で、統合失調症に近いものは薬が効き、性格に近いものは薬は効かないであろう」と予想しますが、この予想には実証的な根拠がありません。
第二の問題も、研究対象にかかわる事項ですが、第一の問題とはやや違った角度の問題です。それは、「研究対象者は、研究に協力することに同意した人に限られている」という事項です。臨床研究にはインフォームドコンセントが必要です。研究への協力に同意しない人は、研究対象にはなりません。逆に言えば、研究対象者は研究に同意した人に限り、したがってある程度の病識がある人に限られます。
そうしますと、この【3028】の質問(3)、

本人に病識がないままに薬を飲ませて、症状は改善するでしょうか?

については、永遠に答はわからないということになります。
これは妄想性障害に限らず、精神科の病気のほとんどすべてに内在する問題です。つまり、治療効果を実証できるのは、ある程度の病識がある人、言い換えれば症状が非常に重くはない人に限られるため、逆に症状が非常に重い人については、治療効果の証明は永遠に不可能であるということです。

(2015.8.5)

05. 8月 2015 by Hayashi
カテゴリー: パーソナリティ障害, 妄想性障害, 精神科Q&A