【4659】アファンタジアについて

Q: 私は50代男性です。
私は幼少期から現在に至るまで、頭の中で映像(イメージ)を思い浮かべることができません。
具体的には「家族や親しい人の顔」や「以前に見たモノや場所」の映像はもとより、映像が伴う記憶を頭の中(つまり脳内)で再現することができません。
目を閉じればただ瞼の裏側の(外界の光が皮膚を透けてこなければ)黒の世界があるだけですし、目を開ければただ眼の前の現実があるだけです。
以前に見たものは「見たことがある」と識別できますので、映像の情報は脳に記憶されているようですが、その記憶されているであろう情報を映像として頭の中で思い浮かべることができません。
20代の頃に他者と自分の違いを知り、自覚しました。多くの人々は頭の中で映像を思い浮かべることができるようです。(推測ですが)

私は林先生のサイトを読み始めて20年以上になるのですが、「いつか、このことを林先生に相談したい」と思いながらも、あくまで主観ですし、言葉による説明が難しく、とくに困っているわけでもないし、精神的な問題でもなさそうだし、奇妙な質問になるかと思い、ずっと相談できずにいました。
ところが2015年以降とくにここ数年で、私のような人間はアファンタジア(Aphantasia)と呼ばれるようになりました。
世界の影響力のある誰かがこの事象に気が付いて名前を付けてくれました。
そして、この名前は一部ではありますが世界の人々に知られるようになりました。
そのおかげでアファンタジアに関する情報をネットでも得られるようになりました。
私が自覚した20年以上前では考えられなかったことです。

そこで、今回とくに相談というわけではないのですが、アファンタジア一般に関して、林先生のご見解をお聞きしたく、なにかの機会にご考察などを伺えましたらと思いメールさせていただきました。

最後に、自覚している私のことについて以下に記します。

・生まれてから今日まで、情報を頭の中で映像として思い出すことがない。 というかできない。感情や音や匂いや感触などは頭の中で思い浮かべることはできる。(主観ですが)
・これまでの人生で過去の日常をあまり思い出さない人間でありますが、とくに20代以前の人間関係・家庭生活・学校生活・職場生活などの日常や自我(自分が自分の意識で存在を実感しているようなフィーリング)を、当時はもとより20代以降もほとんどまったく思い出さない。思い出せない。 (そもそも記憶として定着されてるのだろうか?とも思っています)
・しかしながら、これまでの生活(とくに思い出せる範囲での20代以降の生活すべて)で記憶や健忘などに関連してとくに困ったことはないし、とくに問題になったこともない。
・職業はソフトウェア開発SE。

他にも書くべきことがあるかもしれませんが、何が必要で何が不要か分からず、無駄に長い文章になってしまうのでここで終わります。
よろしくお願いいたします。

 

林: アファンタジアは興味深い現象ですが、このメールにも質問者が繰り返しお書きになっているように、「主観にすぎない」という特徴が、研究の発展を阻んでおり、この症状が本当に存在するのかという点から問題になっているというのが現状です。

私の知る限りではアファンタジアがそれなりに注目を浴びるようになったのは2010年、Discoverという雑誌(学術誌ではない雑誌)の The Brain: Look Deep Into the Mind’s Eyeという記事 がきっかけです。そこには A particularly ‘pure’ case of imagery generation disorder, in a 65 year old man who became unable to summon images to the mind’s eye after coronary angioplasy が紹介されています。この男性は、もともとは頭の中で視覚的イメージを思い浮かべる能力が人より優れていたようですが、心臓血管手術をしてからその能力が失われたとされています。ちょうどこの【4659】の質問者が書かれているように「目を閉じれば黒の世界があるだけ (when he closed his eyes, all was darkness)」になったと書かれています。この経過からは、血管手術の際に血管内に血栓ができ、それが脳の視覚あるいは視覚的記憶などにかかわる領域の血管のどこかを閉塞したために、彼のもともと持っていた能力が失われたと推定できます。アファンタジアという言葉を用いるとすればこの男性は後天性のアファンタジアということになりますが、この男性を診察・検査したDr.Zemanは後に、先天性のアファンタジアについての論文も書いています。 Lives without imagery — congenital aphantasia
この【4659】の質問者はこの先天性のアファンタジアにあたるということになるでしょう。

けれどもこの回答の冒頭にお書きしたように、アファンタジアの研究は遅々として進んでいません。自分はアファンタジアではないかと考える人はかなりいらっしゃるようですが、結局は主観的な体験であって、客観的に証明できないため研究が困難なのです。アファンタジアについての質問紙(つまり、質問項目をチェックしていき、その結果によりアファンタジアにあたるか否かを診断するという質問紙)も作られていますが、それを用いたところで、結局は主観的な体験にすぎないということに変わりはありません。
単純に考えると、頭の中で映像をイメージできないのであれば、絵や図を描けないのではないか、と想像されますが、私の知る限りにおいては、アファンタジアとされる人のでも絵や図は普通に描けるようです。【4659】の質問者はいかがでしょうか。たとえばありふれた物の絵、何でもいいのですが自動車やバナナの絵はお描きになれるでしょうか。あるいは、それらがどういう形をしているか言葉で説明できますでしょうか。おそらく説明できるし、お描きにもなれると思いますが、それでもアファンタジアとされる人ご本人は、「知識として知っているから説明できる・描けるだけで、イメージを思い浮かべているわけでない」と説明されるのが常ですが、そうなりますとアファンタジアを客観的に証明する方法はありそうにないということになります。また、自宅の見取り図や、自宅から駅までの道順はお書きになれますでしょうか。これも私の知る限りにおいてはアファンタジアとされる人でも書くことができ、やはり本人としては知識に基づいて書いているにすぎないと説明されるのですが、自宅の見取り図や駅までの道順を、イメージを思い浮かべずに書けるのかは疑問という感じもぬぐえないところです。

ただアファンタジアとされる人には、他の症状を合併していることがあり、それらの症状の存在は客観的な検査で証明することができることが多いので、そうなりますと、それらの症状と共通するメカニズムがある、あるいは、共通するないしは近縁の脳領域の障害による症状としてのアファンタジアというものが存在するという説明に説得力が生まれることになります。
アファンタジアに合併しうるとされている症状は、
・共感覚 シネステージア synesthesia  (精神科Q&Aの【4135】文字に色がついて見えます【4171】曜日が円柱で自分の周りに並んでいるイメージについて )
・相貌失認 (【4574】人間の顔が苦手です【3053】発達性相貌失認がまれな病気というのは本当ですかなど)
・自閉スペクトラム障害
・anauralia (聴覚的イメージを思い浮かべられない)
・自伝的記憶 autobiographical memory の障害
などがあります。
【4659】の質問者にはanauraliaはないようですが、

20代以前の人間関係・家庭生活・学校生活・職場生活などの日常や自我(自分が自分の意識で存在を実感しているようなフィーリング)を、当時はもとより20代以降もほとんどまったく思い出さない。思い出せない。

これは自伝的記憶の障害であるとみることができます。すると上記のように質問者の症状は、自伝的記憶と共通するないしは近縁の脳領域の障害による症状としてのアファンタジアであるとみるのが妥当かもしれません。

なおアファンタジアについての日本語で書かれた論文としては
高橋純一、行場次朗: アファンタジア(aphantasia)に関する研究の動向
Japanese Psychological Review 64: 161-174, 2021
がありますのでご参照ください。
(2023.4.5.)

05. 4月 2023 by Hayashi
カテゴリー: 精神科Q&A タグ: |