【4399】SNS でのアカウントと解離性同一性障害がリンクしています

Q: イラストや映像デザイン、イベントの裏方などを生業としている20代男性です。

高校時代からTwitterなどのSNSを続けており、そこで知り合った様々な人との会話を経て、中学時代以前とは全く別の思考回路や興味関心を持つようになりました。

質問内容に関わるであろう一例として、チベット密教などの教えを用いたタルパ(イマジナリーフレンド)の作成などを行い、頭の中で会話などを楽しんで生活してました。また、DXMなどのオーバードーズや、当時合法であったLSDのアナログを摂取したりもして、脳にある程度の変容を与えてしまったと思っています。

しかし、その後しばらくしてSNS上で何度か人間関係などのトラブルに巻き込まれたり、匿名掲示板などに悪意のある晒され方をされた結果、自分が自分だと悟られないように何度もハンドルネームや性格を変え、アカウントを複数に分けて活動するようになりました。

その結果、元々あった1つの私という存在のほかに、

『社交的ですが多少無責任で技術的なことに関心のある男性人格I』
『内向的で依存癖があり、芸術やデザインに関心のある女性の人格Y』
『心理学や宗教、哲学、地域の土着文化などに興味関心がある男性人格P』
『Yの付き添いとしていつの間に発現していた対人恐怖症の無性別人格のU』
『人格の中で対立した場合中立の立場で話をまとめてくれる先生という人格T』

が自分の頭の中に住み着いていました。住み着いているという表現をしたのは、頭の中に小さい屋敷があり、そこの中で彼らが生活しているのがイメージできてしまうからです。リビングにあるテレビに私の視界(生活)が映っていて、その前にある椅子に各人格が座ると自分の身体を制御できるという感じです。部屋の中では、各々の人格が会話をすることもできるらしいです。

自分でもこの症状を調べたときに同じく解離性同一性障害のビリー・ミリガン氏の記事にあった『頭の中のスポットライトの下にいる人格が身体を制御する』という一文を見て、これがかなり近いのかなとも感じました。

以上を踏まえたうえで、悩みが2つあります。

1.
現在IとYの人格でSNSを運用しています。現在私自身は就活中で、これから社会的にアーティストとして活動していくうえで、『彼らは自分とは違うので、彼らの作った作品は彼らの感性や技術であり、私は裏で仕事をするしか能はない』としてしまう(アーティストとしての権限を人格に与えて、私自身はサポートに徹する)か『彼らもまた私の一部なので、全ての感性や技術もまた私の物である』としてよいのか、ということです。

簡単に言い直すと、オリジナルの私と実際に社会的に活動をしている人格のどちらに重きを置けばよいのかということになります。

2.
人格Yの性自認が女性であるということです。
ある程度仲のいい人には自分が複数の人格の中の1人で、性自認と体の性別が異なるので、部分的な性同一性障害になっている。ということを伝えて理解してもらっているのですが、それを知らせないでいるファンの方々に対して、これは事実上騙して集客しているのではという罪悪感が定期的に襲ってきます。また、当人も女性的な格好をしたいという欲求を持っているらしいのですが、実家の親にこんな複雑なことを相談することも薬などで対処することもできず、叶えられてあげられません。

また、私には女性の恋人がいますが、身体が制御されている間に他の男性に対して恋心を抱くなどもあります。複数人の感情が同時に流れてくるのがつらいときもあります。現在はなんとか上手い具合に接していられますが、今後どうなっていくのかが不安です。このまま彼らと向き合っていくままでいいのでしょうか?

 

林: メールの記載には一部曖昧な部分、多義的で質問者の意図が不明な部分がありますが、一応次のような状態であると仮定して回答いたします:

(1)「自分」のほかに、I, Y, P, U, Tの5つの人格がある。
(2)「自分」はこれらの人格があることをすべて認識している。
(3) そして「自分」は、各人格の行動等について、すべてではないが十分な記憶がある。
(4) 当初はSNSで複数の人格を故意に演じていたが、ある時点から、これらの人格が独立するに至った。

このうち、(1)は典型的な解離性同一性障害の当事者の認識に一致しています。
(2)については、解離性同一性障害では、その中の任意の人格は他の人格を認識していることもしていないこともあるので、解離性同一性障害として特に珍しいことではありません。
(3)については、解離性同一性障害では、その中の任意の人格は他の人格の行動等の記憶がないことが普通とされていますが、このケースのように記憶がある場合もあります。(ただしメールの記載からはどの程度の記憶があるかは不明で、また、「自分」以外の人格が他の人格を認識しているか、そしてその行動等の記憶があるのかは不明です)
(4)は、この【4399】のケースがかなり特殊な発生の経過をたどった解離性同一性障害か、それとも特に特殊とは言えない解離性同一性障害かを判断するうえで重要な点ですが、メールの記載からは発生経過がはっきりしません。
すなわち、発生経過については、

自分が自分だと悟られないように何度もハンドルネームや性格を変え、アカウントを複数に分けて活動するようになりました。
その結果、元々あった1つの私という存在のほかに、・・・が自分の頭の中に住み着いていました。

と書かれており、これは自然な記述ではありますが、厳密に考えようとしたときには、「その結果」という表現と、「住み着いていました」という表現の曖昧さが浮上します。
すなわち、「その結果」という表現は因果関係をいう表現ですが、少なくともこの記述からは、「アカウントを複数に分けて活動するようになった」ことと、「複数の人格が頭に住み着いた」の間には、時間的前後関係があるとまでは言えても、因果関係については不明だからです。すると、質問者は、時間的前後関係のみを根拠に因果関係ありと推定したのか、それとも他に何らかの根拠があったのか。この点がこのケースの解離性同一性障害発症のメカニズムを考えるうえで重要です。(さらには、具体的な発生経過と現症によっては、解離性同一性障害ではないという結論もありうるところです)

このように重要な点が不明ではありますが、一応ここでは、その二つ(「アカウントを複数に分けて活動するようになった」と「複数の人格が頭に住み着いた」の二つ)に因果関係ありと仮定して話を進めます。

ご質問への回答は次の通りです。

1    別人格を自分とみなしていいのか

メールには上のようには書かれておらず、1の質問の要約として、 オリジナルの私と実際に社会的に活動をしている人格のどちらに重きを置けばよいのか と書かれていますが、この要約は多義的で意味の把握が困難です。「オリジナルの私」とは何を指しているのか。上の説明で用いてきた「自分」を指すのか、それとも人格が解離する以前の統一された人格を指すのか。「実際に社会的に活動している人格」とは何を指しているのか。それぞれの場面で活動している、「自分」, I, Y, P, U, Tのそれぞれの人格を指すのか。また、「重きを置く」とはどのような意味で言っているのか。
おそらく質問者自身は オリジナルの私と実際に社会的に活動をしている人格のどちらに重きを置けばよいのか という文章は簡潔な要約であると認識しておられると思われ、通常なら確かにこれは簡潔な要約と言えるかもしれませんが、解離性同一性障害をめぐる文脈になると突如として曖昧で意味が把握しにくくなります。それは、通常なら「人格」という語は確固として一つのものを指しており、文章の中に「人格」という言葉が出てくればそれが指すものは明確ですが、解離性同一障害では「人格」の意味が通常の意味からは崩壊するからです。
そこでご質問の1の要約を上の通り「別人格を自分とみなしていいのか」と言い換えてみました。この言い換えが質問者の意図にあっているかどうかはわかりませんが、ここでも一応あっていると仮定しますと、回答は、
みなしていい
になります。
その根拠は、解離性同一性障害によっていくつの人格に分かれていても、それは「分かれている」にすぎないのであって、本来の人格は一つであるとみなせるからです。

但しこのような考え方は将来においては変遷する可能性があります。
この【4399】とは直接的には無関係なケースですが、解離性同一性障害の人のある副人格が犯罪を犯し、その副人格は主人格とは全く異なった性格で、かつ、主人格はその犯罪の記憶が全くないとき、主人格が有罪か無罪かという問題は、「別人格を自分とみなしていいのか」という問いと密接に関係した問題であると言えます。現代の刑事裁判ではこのようなケースでは主人格は有罪で刑罰を科すべきであるという考え方が優勢ですが、将来にわたって不変の考え方かどうかはわかりません。

2   人格Yの性自認が女性であるということをめぐる問題

これについては、「人格Yの性自認が女性である」ことを、関係する方々に説明することが適切でしょう。その説明においては、上に述べたとおり、「人格」という言葉の使い方について慎重な姿勢が必要です。

 

なお、この回答では、質問者が使用していたという薬物の影響は度外視していますが、実際には薬物の影響があることも考えられます。薬物使用は過去のこととのことですが、薬物の種類と量や使用期間よっては後遺症があることも考えられます。また、「過去に薬物を使用していた」と語る人の中には、一定の割合で(かなりの割合かもしれません)、実は現在も薬物を使用していてそのことを隠していることがありますので、その可能性も考える必要があるでしょう。

(2021.10.5.)

05. 10月 2021 by Hayashi
カテゴリー: 精神科Q&A, 解離性障害