【4331】 幼少期の記憶がほとんどない

Q: 20代女です。精神科Q&Aで幼少期の記憶がほとんどないという相談を読んで、私もほとんど幼少期の記憶がなく、解離性健忘なのだろうかと思い相談させて頂きました。

幼少期のことを思い出そうとすると、思い出される記憶は全て大人になってから親に聞かされたり、ホームビデオで自分の幼少期を見たものであったり、写真であったりから得られた情報だと思います。だと思います、としたのは、自分でもそれが元々の自分の記憶なのか、写真や動画や伝聞から得た風景なのかあやふやだからです。でも、大抵の記憶で自分の姿が第三者的にうつりますし、実際親から聞かされる記憶ばかりなので本当にそうなのだと思います。自分一人で思い出せる記憶はほとんど思い当たりません。これは、普通ではないのでしょうか?

自分で思い出せる…というか、なんとなく覚えているのは、幼少期小学校受験に対する親の圧がかなり強く、殴られて鼻血を出したり、怒鳴られて不思議の国のアリス症状や、怒鳴られている時に少し解離のような気持ちが出た記憶などは少しあります。親が自分の背後を通ると殴られると思って怯えたり、なんでもない場面で頭に親の怒鳴るのがよぎるような感覚が幼少期にあった気もします。

こうして書くと、幼少期いかにも辛い日常を過ごし、そのために健忘があるような文章になってしまいましたが、親は昔から今もずっと優しいですし、仲良く過ごしているので、上に書いたような辛いことは日常のほんの一部だったと思います。
それでも、やはり人より幼少期の記憶が薄いのはなにか関連があるのでしょうか。
それとも皆このくらい幼少期のことは覚えていないものでしょうか。
ちなみに、小学校低学年頃からの記憶はぽつりぽつりあるように思います。

 

林: これは典型的な解離性健忘として説明がつくケースです。(ただし、「説明がつく」から「正しい」とは限りません。この回答の最後までお読みください)

なんとなく覚えているのは、幼少期小学校受験に対する親の圧がかなり強く、殴られて鼻血を出したり、怒鳴られて不思議の国のアリス症状や、怒鳴られている時に少し解離のような気持ちが出た記憶などは少しあります。親が自分の背後を通ると殴られると思って怯えたり、なんでもない場面で頭に親の怒鳴るのがよぎるような感覚が幼少期にあった気もします。

このような出来事が当時常態化しており、それが耐え難かったために、記憶から消えている(正確には消えているのではなく思い出せなくなっている可能性が高い)、これが典型的な解離性健忘のメカニズムです。
そしてこのメカニズムによって、次の一文も説明がつきます。

親は昔から今もずっと優しいですし、仲良く過ごしているので、上に書いたような辛いことは日常のほんの一部だったと思います。

解離性健忘は、その出来事が耐え難かったために記憶から消えている(思い出せなくなっている)というメカニズムで発生するものですから、「そんな出来事は自分には起きていない」と信ずることで、心の安定を維持していると言い換えることができます。この【4331】のケースではその耐え難い出来事とは親からの虐待ですから、その記憶を消す=現実を否認し、「自分の親はそんな親ではない。優しい親である」と信じなければ、心の安定を維持できなくなることになります。上に引用したような虐待の記憶があるにもかかわらず、「親は昔から今もずっと優しい」と強調することは、現実否認の証であるとみることができます。

解離性健忘には様々な程度があり、たとえば【4330】のように全く記憶が失われているケースでは、健忘の原因は不明と言わざるをえません。それに対しこの【4331】のように、わずかに記憶が残っていると、原因についての重要なヒントになります。さらには【1944】ある日唐突に幼少期の記憶が思い出されました【1948】7年前に父から受けた虐待の記憶がよみがえった や【4228】子どもの頃母親にされた嫌なことが突然甦った のように、失われていた記憶が鮮やかに蘇ることもあります。このことから、【4330】のように記憶が完全に失われているケースでは、思い出すことが到底耐え難い強烈なトラウマがあったと推測できることになります。

ただし、ここからが問題ですが、たとえ記憶が鮮やかに蘇ったと本人は信じていても、その記憶内容が事実かどうかはわかりません。この【4331】でも、わずかに残っている虐待の記憶内容が事実かどうかはわかりません。偽記憶と呼ばれるこの問題は、解離性健忘において、いかにしても解決できない問題です。【4329】私の記憶か本当かどうか確かめる方法はありますか もご参照ください。他方で、過去の虐待が客観的に証明できる場合もありますので、解離性健忘のケースの中にはかなり高い率で虐待などのトラウマを原因とするものがあることは確かです。しかしだからといってすべてのケースがそうであるかどうかはわかりませんし、逆に虐待されたという記憶が明らかに偽記憶であることが証明できる場合もあります。

この【4331】のケースは、おそらく事実を明らかにすることは不可能だと思います。この回答の冒頭に記した通り、これは典型的な解離性健忘として説明がつくケースではありますが、「説明がつく」から「正しい」とは限りません。説明に「納得できる」からその説明が「正しい」とは限らない、と言うこともできます。実際には「納得できない、納得しにくい」説明のほうが「正しい」ことが、精神科ではしばしばあるものです。

(2021.6.5.)

05. 6月 2021 by Hayashi
カテゴリー: 精神科Q&A, 虐待, 解離性障害